20限目(Aパート) 死に続けますよ、生きるまで
職員室に呼び出されたヒナ。
向かわないわけには、いかないだろう。
どっちみち、だ。
無視すればこの場はしのげるかもしれない。
だが樹は、放課後か、あるいは五時間目の休み時間に現れる。
まるで寿命を取り立てる悪魔のように、彼はヒナを決して逃さない。
それなら、今行くしかない。
不意打ちで襲い掛かられるのではなく。
心構えをし、万全を期して挑みかかるのだ。
成功確率は1%もないかもしれないけれど。
たとえ99%死んでしまうイベントだとしても。
ヒナがときめかず死なない可能性がある限り。
ヒナは挑むのだ。
そうだ。
どんなイベントだって、立ち向かおう。
そこに光がある限り。
それがヒナの、藤井ヒナの恋愛道だ。
ヒナはシュルツを手のひらに乗せ、微笑む。
「……今まで楽しかったです、シュルツさん」
「そんな、やめろよ……縁起でもない……」
「いいんです……わたしは生き返ったんです。
シュルツさんに乙女ゲーのモニターに選ばれた時、
この世界に飛び込んで優斗くんやみんなと出会った時……に。
恋もできず、ゆっくりと死んでいくだけだった、わたしの心は生き返ったんです。
シュルツさんのおかげなんです」
「ヒナさん……!」
ヒナは女子トイレの鍵を外し、ドアを開く。
外から差し込む光が後光のように彼女を照らした。
その中で慈しみ深い眼差しで微笑む少女。
まるで女神のようだ。
恋愛力53万。この世界の恋を司る女神だ。
藤井・アフロディーテ・ヒナだ。
「さよなら、シュルツさん……
……どうかまた、逢いましょうね」
恋の女神は小さく手を振ると、
シュルツをその場に残し、駆けてゆく。
「ヒナさぁぁぁぁん!」
シュルツの叫びは空しく響く。
その目からは涙がこぼれていた。
だけど、思う。
これで良かったのかもしれない。
彼女にとってこの女子トイレの空間は狭すぎる。
ヒナはいつまでも巣の中で餌を待つ雛ではない。
彼女はきっと、大空を羽ばたきに行ったのだ。
恋という翼を手に入れて、遠い空へと。
そう、まるで太陽に憧れたイカロスのように。
樹に呼び出された用事は、
「そういえば君のお母さんに頼まれていたんだけれど、
もし学校生活で困ったことがあったら言ってね」と、
そんなの帰り際でもいつでも構わないだろう、というレベルのものだった。
しかし、電話番号とアドレスを渡されたヒナは、冷たくなって崩れ落ちた。
樹がそんなに自分のことを思ってくれているなんて、だ。
案の定である。
99%の致死率は、彼女を99%死に至らしめた。
だが、どうだろう。
果たして『覚悟』して『死』に臨む彼女を、愚者と言い切れるだろうか。
ヒナは精一杯やったのだ。
それを罵倒する権利など、誰にもありはしないだろう。
「ほんっと、ばか……」
そう、近くで喜びと悲しみを分かち合った、シュルツ以外には。
かくして、物語は再び流転するのである――
◆
「ひ、ヒナ!? おい、ウソだろ!?
目を開けろよ、ヒナ!」
◆◆
「ちょっとヒナちゃん、とつぜん……
え、ヒナちゃん……? そんな……」
◆◆◆
「え? なになに。
藤井さん、わからないところがあるのかい?
ここはね……あれ、藤井さん?
……ふじい、さん?」
◆◆◆◆
「うるさい、黙れ。
一瞬の油断が命取りだ。
……ン? どうした?
突然倒れて……おい、おまえ……」
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……
時が流れた。
長い、長い、時が。
ノートはすでに三冊目に突入していた。
だが、もういいだろう。
やるべきことはやった。
「できたね……」
「はい……」
ヒナとシュルツはうなずきあう。
ついに完成したのだ。
ルートが。
初日を抜けるための、チャートが。
「あ」
一部誤字を見つけて、シュルツが指差す。
「そこ」
「これ?」
「そう。それ、あのあれだから」
「ああ、りょかいです」
ヒナはうなずいた。
もはやふたりの意思の疎通に固有名詞はいらないのだ。
「じゃあいってきます」
「いってらっしゃい」
初日を攻略するときが来た。
ふたりの表情は透き通っていた。
――さあ、運命に抗おうではないか。
◇
校門前に降り立つヒナ。
やることは覚えている。
すべて頭に、体に叩き込んだ。
あとは一手順も間違わずに、こなすだけ。
大丈夫。できるはずだ。
そのために、何度も何度も死に続けたのだ。
いざ、開戦――。
「おいおい、ヒナ。ひとりで勝手にいくなって」
「あ、優斗くんおはよう」
七秒後、右斜め後ろから優斗が声をかけてくる。
手を挙げて挨拶。彼のほうは見ない。
すぐに次のステップに移る。
「そんなことより今すぐ番号とアドレス交換しよう?」
「お? お、おう」
彼と電話番号とアドレスを交換。
ここで完了しなければ、放課後前にイベントが発生してしまう。
はい取得。
「転校初日だから探しに来てくれたんだねありがとうあんまり世話をかけないようにするよじゃあいこうかこれからよろしくね」
「あ、ああ」
相手と交わすべき会話を、一方的に終わらせる。
これで校門前の優斗とのコミュニケーションの必要は、もうない。
よし、次だ。
「おい、そこのお前」
二分後、椋に呼び止められる。
彼が近づいてくるよりも先に頭を下げた。
「わたしは藤井ヒナです。きょうこの学校に転校してきました。二年B組ですよろしくお願いします」
「む、そ、そうか」
ヒナの殊勝な態度に言葉を飲み込む椋。
聞くべきことも彼には、もうないだろう。
と、次は優斗と椋の掛け合いが始まる。
ここではやることはない。ただの強制イベントだ。
ヒナはノートをめくって次の手順を確認する。
「じゃあいこっか、ヒナ」
優斗の言葉をきっかけに、ゲタ箱に移動。
そこで椋とも番号交換だ。
言い方は単刀直入で構わない。どうせ彼は断れない。
「椋さん、メールアドレスと番号を教えてください。
はい、これわたしのです」
「あ? あ、ああわかった」
一方的に紙とペンを押しつける。
一枚は無地のメモだ。
すると彼も番号とアドレスを返してくれた。
このイベントをこなすことにより、椋との本日の強制イベントは終了だ。
あとは彼と一言も言葉を交わす必要はない。
完全無視で大丈夫。
もしかしたらその後に支障をきたすのかもしれないが、
そんなことは言っていられない。
「じゃあいきましょうか」
ふたりと連れ立って、職員室へ向かう。
廊下ですれ違う男子と女子は17名。
そのうち、顔がタイプなのは8番目と12番目の男子。
目を合わせないようにして、ゆっくりと行動。
あまり早く職員室に着くと樹イベントがロングバージョンに変化してしまうのだ。
また、このとき優斗と椋との会話において、あらかじめ美術室の場所を聞いておけば、
三時間目の休み時間の接触を避けることができる。
やることはここまで。
仕込みは済んだ。
Chapter1クリアー、である。
樹と番号も交換し、教室へと案内される。
さて、ここからだ。
席についてノートと時計を確認する。
凛子の言動をパターン化するのは苦労した。
シュルツ曰く、
『乙女ゲーはどんなに柔軟な対応をしているように見えても、
所詮は人工AIによるプログラムでしかない。
だから変動する乱数値を常に固定することができれば、
ゆらぎの範囲内で常に同じ結果が現れるはずなんだけど……』
ということだが、ヒナにはよくわからなかった。
さらにシュルツはこう続けた。
『だけど、ボクたちの時代の乱数値は、キミたちの時代と違って、
呼吸回数や心拍数、感情によっても左右される。
気分、機嫌と呼んでもいいぐらいのレベルだ。
だからそれを一定値に固定するのは不可能だ。
その上、AIは常に学習し、進化する。
それを暴くとなると、試行回数は億や兆では効かないよ』とも。
つまり、凛子の行動パターンを網羅するのは不可能、ということだ。
通常の方法では。
以前、昼休みにたどり着いたようなボーナスモードを再び作り出すことには、何度か成功した。
どうやってそうすることができるのかも、十分に理解した。
AIのモラルと尊厳をズタズタにするほどの精神破壊を繰り出せば、
彼女を籠絡するのはたやすいらしい。
だが、一度それをやってしまったヒナは罪悪感で死亡してしまったし、
どっちみち、完全な依存状態にまで堕落させた凛子を前に、ヒナがときめかないはずもない。
さらにその状態で進めたとしても、
初日から凛子の手助けをなくしては、クリアーをするのは難しくなるようだ。
シュルツも「おすすめしない……」と、
ドブのような邪悪を見るような目でヒナを見つめていた。
だから、ヒナは考えた。
“484回”のトライ&エラーを繰り返し。
生き、死に、閃いて。
――そして、作り出したのだ。
法律を順守し。
ゲームのルールに則って。
人道的にも反しない範囲で。
百地凛子を完全に行動不能にするための、その手段を――。
To Be Continued...
六十回目。
六十一回目。
六十二回目。
六十三回目。
六十四回目。
六十五回目。
六十六回目。
六十七回目。
六十八回目。
六十九回目。
七十回目。
七十一回目
(中略)
五百三十二回目。
五百三十三回目。
五百三十四回目。
五百三十五回目。
五百三十六回目。
五百三十七回目。
五百三十八回目。
五百三十九回目。
五百四十回目。
五百四十一回目。
五百四十二回目。
五百四十三回目。
死因:阿鼻叫喚。
シュルツより一言:勝ちへの途中。




