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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第二章 ドッキドキ☆学園生活は恋の予感♡
21/103

19限目 死にません死にましし死ににににません

 今回のあらすじ:ヒナ生きろ。

   

 美術の授業は、やはりあっという間に終わった。

 というわけで、念願の(禁断の)昼休みの始まりである。

 

「ふぅ……」


 徐々にヒナの体にも、緊張感が高まってきた。

 なんといっても午前中が終わったのだ。

 あとは午後の授業を二時間行なってきょうはおしまい。


 帰りにもなんらかのイベントはあるかもしれないが。

 というか、確実にあるのだろうが。

 それでも半分以上が過ぎたことになる。

 

 快挙だ。

 喝采されるべき快挙だ。 

 

 つまり残り――半分以下なのだ。


 もしかしたらきょう一日、生存できるかもしれない。

 しかも今は、凛子が計り知れないほどに弱体しているボーナスタイム。

 この機会を逃すと、次にこの時間帯まで来るのは何週間後になるかわからない。

 

「シュルツさん、わたし、生きたいです……」

「う、うん……そうだね……」

「命ってこんなに大切なものだったんですね」

「そういうゲームじゃなかったはずなんだけどな……」

 

 と、お昼休みになった瞬間、ウィンドウがポップした。


『お昼休みには自由行動をすることができます。

 キャラクターとの仲を育みましょう』

 

 そういえばまだ初日だった。

 チュートリアルすら終わっていないようだ。

 

「自由行動って……」

 

 いくらなんでも自ら死地に飛び込むような真似をするわけがない。 


 と、教室を見やる。

 なんということだ、優斗も椋もいない。

 自分から近づかなければ、お昼休みは干渉されないのではないだろうか。

 

「チャ~ンス……?」

 

 凜子の姿を探す。

 子リスのようにおとなしくなった彼女と一緒にいれば、お昼休みも無難にしのげると思ったのだが。

 そのリンコリスも見当たらない。


「……どこにいったか、わからない……」

 

 探しに行くのはあまりにも危険だ。

 わかっている。

 

 この学園には優斗と椋、樹という三人の殺人鬼が潜んでいる。

 ばったりと出くわしたが最後、ヒナの命は野花のように手折られる。


 なんてこわい学園だ。どう考えてもホラーだ。

 だが、ここで待っていても状況がよくなるとは考えにくい。

  

 優斗や椋はトイレに行っただけかもしれない。

 彼らはヒナを殺すために、牙を研ぐように髪型をキメているのかもしれないからだ。

 

 

 ヒナはクラスメイトの間をかいくぐり、教室のドアに背をぴたりとつけた。

 鞄を抱え、遮蔽物に身を隠したまま、廊下を覗く。

 

 今のところは、優斗も椋も凛子もいない……

 何事もなくこの教室を脱出できるかと思った。



 ――が、向こうから教師・一ツ橋樹が近づいてきている!

 


 まずい。

 ヒナに用があるのかはわからない。

 けれど、見つかったら声をかけられるかもしれない。

 イベントが始まってしまうかもしれない。

 

 やり過ごそう。でもどうやって。

 駆け抜けようか。

 でもそんなことをしたら、教師に呼び止められるかもしれない。

 

 慌てて鞄をまさぐるが、だめだ。

 着火剤とマグネシウムの粉を混ぜて作った簡易スタングレネードは、ここにはない。


 悩める時間はそう多くない。

 決断せねばならない。

 


 ヒナは勇気を振り絞って、飛び出した。

 鞄で顔を隠しながら、だ。

 

 どうか気づかれませんように。

 祈りながら足を進める。

 

 恐怖で心臓が痛い。

 吊り橋効果も相まって、誰かに声をかけられたら即死に違いない。


 ここまで来たんだ、死にたくない。

 生きたい。生きていたい。


 お願いします。お願いします神様。

 もう新婚夫婦の仲を引き裂いたりしませんから。

 あの頃の自分は法律も知らないような子供だったんです。本当です。


 祈りながら、歩く。

 一歩一歩が震えるように重い。


 この廊下はこんなにも長かっただろうか。

 踊り場までたどり着ける気がしない。

 

 後ろから声はかからない。

 手が置かれることもない。


 日の光照る廊下をさらに歩く。

 生徒たちの喧噪は明るく、にぎやかである。


 ……脱したか?

 危機を脱したのか?

 

 しかし振り返ることはできなかった。

 首を回せば、そこに目を光らせた樹が立っているような気がしてしまって。

 

 やあ、と声をかけられて。

 そしてその恐ろしい顔を見た自分は死んでしまうのだ。

 

 

 可能な限り目立たないよう、早足で急ぐ。

 通りすがってゆく生徒たちは皆、優斗か椋に見えてしまう。


 そこに彼らが紛れ込んでいたら、おしまいだ。

 一刺しで心臓を貫かれ、ヒナは一撃で殺される。

 

 緊張で目がかすむ。

 あとは祈るしかない。

 

 どうやってこの昼休みを無事に過ごすか。

 行く先は決めていた。

 美術室へと向かう途中に、見つけておいたのだ。


 そう、人気の少ないところ。

 ――二階特別教室エリアの女子トイレだ。

 

 

 

 奇跡的に誰にも出会うことなく、

 ヒナはそこまで到達することができた。

 

 女子トイレの一番奥の個室に飛び込んだ瞬間、

 そのまま背中を扉につけたまま、崩れ落ちてしまいそうになる。

 肺の中の空気をすべて吐き出すようなため息をつく。


 額の汗をハンカチで拭いながら、

 ポケットに突っ込んでいたシュルツを取り出して、手のひらの上に乗せる。

 

「やった……来れた……

 逃げ込めましたよ、シュルツさん……」

「よくやった……」

 

 黒猫のぬいぐるみもぐったりとしていた。

 どちらも精神の消耗がひどい。

 

「ここで、お昼休みが終わるまで、

 身を潜めていようと思うんです……」

「ボクも賛成だ。外を出歩くのは危険すぎる。

 この扉の外は殺意をみなぎらせた魔物がばっこする魔界だ。

 生身ではとてもではないけれど、三分も持たないだろう」

「あれ今、外から女の子の悲鳴が聞こえてきたような……」

「きっと風の音と聞き違えたんだよ」

「ちょっとわたし見てきますね。

 大丈夫です、すぐに戻ります」

「露骨な死亡フラグを立てるのはやめろぉ!」

 

 叫ぶシュルツ。

 その決死の声で、ヒナは思いとどまった。

 

「……わかりました。このままお昼が終わるまで、閉じこもっています」

「それがいい。そうしよう。それ以外ありえない」

「わたし、初日が終わってセーブしたら、

 一度思いっきり優斗くんと樹先生に甘えるんだ……」

「しゃらーっぷ!」

 

 ぴしゃりと怒鳴りつけるシュルツ。

 もう気が気ではないようだ。

 

 しかしそれはヒナも同様だ。

 動揺しているからこそ、そんなことを口走ってしまうのだ。

 

 ヒナはケータイを開いて時間を確かめる。

 お昼休みはあと28分も残っている。

 どうしてこんなときだけスキップできないのか。

 今は生き延びることが先決なのに。

 

 春の陽気に汗がにじむ。

 ヒナもシュルツも、徐々に口数が減ってゆく。

 

 一秒一秒を数えながら、待つ。

 息苦しくて、深い海の底にいるようだ。

 

 あとたった1680秒だ。

 すぐじゃないか……

  

 

 と、その時。

 まさに死を告げるように。

 

 サイレンが響く。


 ぴんぽんぱんぽーん、と。

 ヒナの覚悟をあざ笑うような素っ頓狂な音色で。

 

『二年B組、藤井さん。藤井ヒナさん。

 一ツ橋樹先生がお呼びです。職員室へお越しください』

 

 血の気が引いた。


 一ツ橋樹。

 最後の最後まで、ヒナを逃がさないつもりだ。

 なんという執念。

 これが攻略対象キャラの底力か……


 顔をあげたヒナは、シュルツを見つめる。

 そこには涙すらも浮かんでいた。


「シュルツさぁん……」

「……これこそが、絶対的絶望……」

 

 女子トイレの中、二頭の子羊は、

 運命に翻弄され続けるその身を呪うのだった。

 

 

  

 シュルツより一文。

 

『恋は炎であると同時に、光でなければならない。』

 アメリカの思想家、ヘンリー・デイヴィッド・ソローはかく語る。

 

 藤井ヒナの恋は燃え、彼女の道に真の光をもたらすのか。

 あるいはそれは浄火となり、色欲(lust)の罪背負う少女の身を焼き滅ぼすのか。

 

 なぜ人は恋をするのか。

 本能と生殖機能を越えた先に、答えはあるのか。

  

 森羅万象生きとし生けるものに告ぐ。

 至愛の時は来た。

 


 次回、『乙女ゲーなのに恋したら死ぬとか、つらたんです』第二章end。


 無限目「一億と二千年後も愛してる」

 

 

※話数、タイトル、内容は一部変更される可能性があります。

※この物語はフィクションです。

 

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