17限目 友達を克服するので死にません
前回のあらすじ:ヒナが死んだ。ヒナがいっぱい死んだ。
ヒナは死に続けた。
そりゃもう死んだ。
その回数、なんと27回。
シュルツはもはや廃人のように横たわって、
「あー……」とか「うー……」とかうめくだけの人形になってしまった。
こわい。
ヒナもまた、頭を抱えていた。
難攻不落だ。陥落することのないコンスタンティノープルのようだ。
強靭、無敵、最強の凜子だ。
もちろんヒナとて、ただただ死に続けたわけではない。
様々な対抗策を講じてはみたのだ。
嫌われようとしてみた。
逆に愛のある説教を受けた。
ヒナは死んだ。
完全に無視した。
すると「スルーしないでよー」と笑いながら抱きつかれた。
ヒナは死んだ。
あからさまに避け続けた。
すると辛そうな顔をされた。
ヒナは死んだ。
打開策などない。
どこにもなかった。
だが――
「でも……わたしは、負けません……」
27回の死因とそれを防ぐための手段を書き綴りながら、ヒナは進む。
不屈の精神力だ。
一体なぜそんなことができるのか、とシュルツが問うと。
ヒナはこう答えた。
「恋とは、振り返らないことです!」
53万の恋愛力は、
彼女自身に諦めることを許さないのだ。
そしてヒナは再び乙女ゲーの世界に戻る。
生きるために、そして死ぬために。
長い旅路に挑む彼女は、映画アルマゲドンのブルース・ウィリスのようだった。
◆◆
とはいえ。
具体的な策があるわけではないので、やはり考え込んでしまう。
ただのゲームならそのままにしておけば、時間は流れないけれど。
このバーチャル乙女ゲーには制限時間があるようなものだ。
「わたし、世話焼きキャラに弱すぎると思います……」
小声でうめく。
結局、優しい子が最強なのだ。
遠目から見ているなら、はちゃめちゃな子も好きだけど。
つき合うならやっぱり、思いやりのある子だ。
シュルツの前では元気でいたけれど。
でも不安はやはり、ある。
もしかしたら一生この世界に閉じこめられるのではないかと。
ちょっと怖い気もする。
校門、職員室をクリアーし、教室までやってきた。
ここまでの道のりは慣れた。たぶん。
問題はここからだ。
『乙女は辛いデス』の北緯38度線を踏み越えなければならない。
いつものように凛子が後ろからやってくる。
ここまでは平気だ。
問題はこの先。
凛子との受け答えだ。
「転校初日だけど、勉強についてこれそう?」
そんな彼女の変わらぬ笑顔を見たら、涙がこぼれそうになる。
可愛いすぎる。こんなの可愛さの暴力(物理)だ。
もうどうしようもないのか。
死んでもいいから、一度くらい思いっきり甘えたい。
ヒナはそんなことを思ってしまう。
でもだめだ。秘めないと。
代わりにぽろりと不安が口から出た。
「えと……あのね、凛子ちゃん」
「うん?」
「わたし、もしかしたら好きかもしれない子がいて……」
「お、本当に? 初日からすごいね!」
凛子はしっかりと食いついてきた。
そういえばキャラクター説明にもあった。
恋愛経験豊富な彼女は様々な場面で自分を助けてくれる、と。
助けてほしい。本当に。
心から思う。
スタイルの良い凜子は背筋を正し、胸を張った。
「へへへ、困ったことがあったら、
なんでもこの凛子さんに聞いてみて。
恋愛のことだったらちょっとしたものだと思っているからさ」
「そうなんだ……凛子ちゃん、すごい」
「まーね。たっくさん恋をしてきたから。へへっ」
えへんと笑う凜子。
思いをぶちまけたいけれど、そんなことはできない。
得意げな凛子の笑顔に、またクラッといきそうだ。
しかし、今は好奇心が勝った。
ヒナは友達たちと恋愛の話をすることはもう滅多にない。
だから平均というのが、よくわからない。
乙女ゲーやマンガではほとんどが一途な人ばかりだが、
あんなのはきっと、創作上のフィクションだろう。
実際はどの程度なのか……といっても、凛子もゲームのキャラクターなのは間違いないのだが。
それはそれ、おいといて。
自分はどうやらシュルツの言い分では少し気が多いほうらしい。
豊富というと一体何人ぐらいとつき合っていたんだろう。
ほぼ初対面ということも忘れ――ヒナ的にはもう出会ってから相当な時間が経っているからだ――質問してしまう。
すると凛子は、頬をかきながら。
「あ、あたし?
そうね、中学時代は……
その、先輩も後輩も合わせて、合計八人とつき合ったからね!」
「え?」
八人……?
耳を疑ってしまう。
思わず、ヒナは聞き返していた。
「……八人?」
「そ、そうよ。別にビッチってわけじゃないの。
告白したし、されたことだってあるよ。
そのときは結構本気のつもりだったんだけど、
ただ、なんとなく相性が合わなかったりして、長続きしなくてね」
「……」
「本当の恋って難しいなって思って、今はちょっと休憩中だけどさ。
ヒナちゃんにはあたしみたいにはなってほしくないなって。
よけいなお節介だけどね、あはは」
心配してくれている。
それは嬉しい、けれども。
「八人って……八百人の間違いじゃないよね?」
「……へ?」
「あ、もしかして、同時に最高八人ってことかな?」
「いや、三年間で八人だし……
ふ、二股とかしたことないけど……?」
「え?」
「え?」
瞬き。
お互い、言っていることがすれ違っている。
ヒナは改めて問いかける。
相手をバカにする意図などまるでない。
あくまでも本気だ。
「たった八人、なの? 三年間で?」
「え? え?」
「それで豊富……なの? 本当に?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ヒナちゃん。
誰と比べているのかわからないけどさ、
別に数を自慢するならそりゃもっとすごい人だっていると思うよ?
でもあたしは本気だったんだから。
大体、ヒナちゃんはどうなの」
軽く睨まれて。
このゲームの主人公はうぶなキャラということになっているにも関わらず、ヒナは答えた。
「中学三年間では、誰ともつき合わなかった、かな」
「ほらー、もー。
変な雑誌とかで聞きかじった知識はやめてよね。
あたし、そんなに軽くないし」
「うん、ごめんね。
でもわたし、小学生二年生までに、400人ぐらいとつき合ったよ」
「え?」
ぽかん、と。
凛子は口を開けていた。
「わたしもひとりひとり本気だったよ。
期間は短かった……かもしれないけど」
その彼女に気づかず、語るヒナ。
「みんなと真剣に結婚したかったけど、でも子供だったからダメだったんだ。
法律とか条例もあったし。
当時は押さえがきかなかったから、二股が悪いことだとわからなくて、
最高三十股ぐらいして、分単位でデートの約束とかしていたんだよね」
「……8才で?」
「バレンタインデーはすっごく大変だったなあ。
貯めてたお年玉も全部使って、チョコレート500個ぐらい作っちゃったんだ」
「……業者?」
「ううん、ただの小学生だったけど……」
小声でつぶやき、眉をひそめる凛子。
なんだろう。彼女の様子がおかしい。
ああそうか、とヒナは気づく。
ついつい自分のことばかり話してしまった。これはいけない。
そんなことよりも、凜子のほうが大切だ。
ヒナは凜子に微笑みかける。
「凛子ちゃんすっごく綺麗だし可愛いんだから、
恋をしないなんてもったいないと思うなあ、えへへ」
「あ、はい」
「八人なんかじゃ運命の人は見つからないよ。
もっともっといっぱい恋しなくっちゃ」
「そうですね」
「凛子ちゃんならきっと素敵な人がいっぱい見つかるよ。
あ、なんだったらわたしが手伝う?
一日中ずっと街で名刺配って歩いたら、1000人ぐらいすぐ集められると思うよ。
凛子ちゃんはその中でいいなって思う人を選んでくれれば」
「いえ結構です」
凛子はなぜか表情を失ったような顔で、こちらに手を挙げた。
「えと、じゃあもう少しで授業が始まるので」
「あ、もうそんな時間なんだ」
「また後でにしましょう、藤井さん」
「うん、じゃあねー……って」
後ろの席に座り直す彼女を見て、ヒナは首を傾げた。
口の中でつぶやく。
「……藤井、さん……?」
先ほどまであんなに感じていた凛子からの親愛の情が、
今ではまるでジュラ紀の化石のように硬く、遥か遠かった。
――かくして、
ついにヒナは一時間目後の休み時間を生き延びた。
百地凛子;再起不能。
To Be Continued...(ドドドドド)
シュルツより一言:おまえは……自分が『ビッチ』だと気づいていない……もっともドス黒い『ビッチ』だ……