14限目 友達がいるからこそ死にます
今回のあらすじ:ヒナ死亡。
ヒナは今まで数々の乙女ゲーをクリアーしてきた、
言うなれば乙女ゲームの百戦錬磨である。
下した兵は数知れぬ。
百万の兵を恐れぬローマも、ヒナただひとりを恐れた。
乙女ゲー界の将軍ハンニバルである。
そのヒナが思うことは、
乙女ゲーのお助けキャラは、とにかく良い子ばかりだ、ということだ。
ゲームの中の登場人物にこんなことを言っても際限ないことだとは思うが、
現実にこんな女の子がいたらなあ……と思うレベルに、みんながみんな、可愛らしいのだ。
ほとんどの作品で親友ルートが存在しているという事実は、やはり開発者もある程度狙っているのだろう。
まさしく女性の思い描く、完璧な親友を具現化したキャラばかりである。
さっぱりとしていて、友情に厚く、涙もろく、
時には厳しく、時には優しく、励ましてくれる子だ。
きっと凛子もそういう娘なのだろう。
ああ、たまらない。
まさか現実(じゃないけど)に出会えるなんて。
うれしい、たのしい、だいすき。
「凛子ちゃん……」
「え、な、なに? ヒナちゃん」
彼女は味方なのだ。
味方なのだ。
こんな綺麗な子が、自分の味方。
絶対的な味方だ。
誰ともくっつけなかったときでも、
彼女は自分と一緒にいてくれるだろう。
決して彼女は自分を見放さないのだ。
ああ、ああ……
味方。
なんて甘美な響きなのか。
とろんとした目つきに変わってゆくヒナ。
やべぇ、とそのときシュルツは思ったけれど。
時すでに遅し。
うっとりした笑顔のまま、ヒナはゆっくりと傾いてゆき。
隣に座る男の子の机をなぎ倒し、そのまま横に倒れた。
「……え?」
凛子は目をぱちくりしながら、ヒナに手を伸ばす。
「ちょ、ちょっとなにそれ。
まじうけるー……って、体張りすぎでしょ、ヒナちゃん。
ほら、起きて、起きて……」
ゆさゆさ、と揺らす。
けれど、動かない。
「……ば、ばか、なにしているの。
ほら、みんな見ているってば。
転校初日からそんな悪目立ちするの、よくないよ。
起きなさいってば、ほら、ほら」
ゆさゆさ、と揺らす。
けれど、動かない。
目は白目を剥いていた。
……まさか。
「ちょ、ちょっと、ヒナちゃん……?
うそ、うそでしょ……?
ねえ、ちょっとぉ、起きてよぉ……ねぇってばぁ……」
まだ会ったばかりだというのに、
彼女はその目に涙を浮かべていた。
きっと、とても優しい娘なのだろう。
それゆえに……いじらしい。
なんだなんだとクラスの生徒たちが群がってくる中。
凛子はヒナの亡骸を抱きしめながら、叫ぶ。
「誰か! 誰か助けてよ!
藤井ヒナちゃんが、ヒナちゃんが息していないの!
ねぇ誰かぁ! ねえ、ねえってばぁ!」
後半はもうほとんど金切り声だった。
けれど、彼女を助けられる人物はいない。
もう誰も……いないのだ。
◆◆
連日連夜の葬式祭りである。
葬儀社も儲かって儲かって仕方ないだろう。
きょうはさらに参列者が増えている。
幼なじみの優斗に、担任教師の樹。
そして、転校初日に少し話しただけの、凛子だ。
彼女はヒナのゲーム内の母親と言葉を交わしていた。
母親は「ヒナは体の弱い子だったのだけど……どうしても学校に行きたがっていて……」と言っていて、
それを聞く凛子は、わんわんと泣いている。
「ヒナちゃんかわいそう、ヒナちゃんかわいそう」と、だ。
人の痛みを自分のことのように感じられる子なのだろう。
なんて良い子だ。
自然と顔がにやけてしまいそうになる。
夢枕に立ちたい。夢枕欲がもりもりと高まってゆく。
だが、その幽霊ヒナちゃんは、凛子の隣に座らされていた。
というか、正座させられていた。
彼女の前には、サングラスをかけたシュルツがいる。
「ちょっとぉ、ヒナさんよぉ~」
クッチャクッチャとガムを噛んでいる(フリをしている)シュルツ。
ちょっと怖いし、ヒナは俯くことしかできやしない。
「はい……」
「優斗くんとか、樹さんとかに殺されるならわかりますよぉ?
彼らは攻略対象キャラですからねぇ?」
「はい……」
「それなのに、いったいどういうことですか、ええ?
なんで親友の凛子ちゃんに殺されるんですかねえ?
彼女なんにもしてなかったよねえ?」
「返す言葉もありません……」
ねちっこい口調で絡んでくるシュルツに、ひたすら頭を下げるヒナ。
勝手に盛り上がって、勝手に自分で死んでしまったのだ。
全面的にヒナが悪い。真面目にやっていないと思われても仕方ない。
「でも、違うんです……
別にわたし、女の子が好きってわけじゃないんです……
ただ、なんかその、凛子ちゃんがこれからもずっと、
わたしのそばにいてくれるんだって思ったら、すごい嬉しくなっちゃって。
体がかーっと熱くなっちゃってもう止まらなくなっちゃって」
「どうせ高校卒業するまでの友情だよ。
凛子ちゃんは頭良いから、まともな学校に行くよ」
「じゃあそのためにわたしも勉強頑張りますし!」
「張り合われても」
「一生、一生そばにいるんです……
……ハァ、ハァ……ずっと、一緒だよ、リンちゃん……
ずっと、一生、もう他には誰もいらないからね……
わたしとリンちゃんで、ず、ずっと、支え合って……
……病めるときも、健やかなるとき、も……えへへへ……」
「もうこれ恋愛力じゃないよな」
頬に手を当てて悶えるヒナを見てつぶやくシュルツ。
53万の恋愛力は嘘だ。それはきっと53万の妄想力だ。
上に報告するときはそういうことにしよう。
まあでも、この症状も葬式が終わるまでだ。
そのときになったらセーフティ機能が作用して、彼女の中から凛子への思いは消え去るだろう。
そうでないと、すごく困るし。
「まったくもう……」
ぷしゅん、とサングラスをどこかに消し去り、シュルツは改めて言い直す。
「いいかい? これから一緒に学園生活を送る友達に欲情して死ぬなんて、言語道断だからね。
ちゃんと真面目にやってよね」
「う、はんせいしてま~す……」
縮こまってうなだれるヒナ。
さすがに自分でも情けなかったようだ。
「じゃあ、また再スタートするよ。
いつまで経っても校門から、
永遠に校門から……その、がんばってね」
「はい」
立ち上がって、決意を新たに固めるヒナ。
なんで味方に殺されないといけないのか。
本末転倒もいいところだ。
ふつふつと理不尽に対する怒りが湧いてくる。
「もうぜったいに、凛子さんには殺されませんっ」
決意新たに告げる。
だってほら。
彼女の悲しい顔は、もう二度と見たくないから。
だが、ヒナはまだ知らない。
真の死神無双は、ここから始まるのだと……
二十五回目。
死因:凛子との未来予想図を描いて。
シュルツより一言:もう嫌な予感以外の予感が働かない。
次回のネタバレ:ヒナが死にます。