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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第二章 ドッキドキ☆学園生活は恋の予感♡
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12限目 もうわたしはぜったいに死にません

 前回のあらすじ:ヒナ死亡。

 

 葬式シーンである。

 今回は新たに教師キャラである一ツ橋樹も加わっている。

 

 シュルツ的には「よう新人、おまえここは初めてか?」といった感じだ。

 子猫のくせに、まるで牢名主のような貫禄がある。

 この地域一帯の葬式を取り仕切るボス猫なのかもしれない。



 一方、喪服姿の樹は暗い顔でうなだれていた。

 

「……どうして、藤井さん……

 こんな、どうして……」

 

 先ほどからずっとこの調子だ。

 両手で顔を覆い、その指の隙間からヒナの遺影を見て、また顔を伏せる。


「急に、あんな……

 目の前が真っ赤に、なったんだ……

 血が、血の臭いが、取れないんだよ……」


 その顔はまるでベトナム戦争帰りの兵士のようだった。

 優斗や椋に比べても、ひどいショックを受けているように見える。

  

 それもそうか。

 目の前で生徒があんなにショッキングな死に方をしたのだ。

 まともでいられる人は頭おかしいだろう(一行内の矛盾)。

 

「今でも、目を閉じると……

 頭がぱかりと割れて……

 ああっ、ああっ……窓に、窓に……」

 

 ああ、だめだ。

 完全にトラウマになってしまっている。

 多分SAN値とかも一桁台に違いない。


 目の下のクマが痛々しい。

 登校拒否になってしまうのではないだろうか。

 

 樹は確か、学生時代は不良で、

 だけどそこを恩師に救ってもらい、

 そのために教師を志した立派なキャラクターだ。

 

 その辺りの事情は彼のルートを進めればわかることだが……


 まさか彼も女生徒の肩を叩いただけでこうなるとは思わなかっただろう。

 いくらセクハラに厳しい社会とはいえ、これはやりすぎだ。

 

 彼はきっとこのまま一生、誰にも見えない十字架を背負って生きていくのだ。

 きっと今までどおりのようには生きられない。

 まったくもって樹には落ち度がないのに、だ。

 ずっと苦しめられ続けるに違いない。

 

 なまじ、責任感の強い心優しいキャラクターとして生まれてしまったために……

 その罪から、決して目を逸らすことはできないのだ。


「ぼくに、罪をあがなうことは、

 できるんですか……ふじいさん……」

 

 樹はハンカチを目に当てていた。

 それでも現実を見つめ続ける樹先生は、さすがの大人で……



 いつものようにニコニコと葬式を見ているんだろうな、とシュルツが思い、横を見やる。

 ぎょっとした。

 

 ヒナは両手を胸元で組んで、完全に恋する乙女の表情をしていた。

 ぽー……という感じだ。


「一ツ橋先生、かっこいい……」

「今この場で言うようなことか……?」

「わたしが死んで、あんなに傷ついて……

 ああ、まもってあげたいです……

 ……一生そばにいて、尽くしてあげたい……」

「なんというマッチポンプだこれ」

「夢枕に立つ機能とかないんでしょうか、これ……」

「これ以上先生を追い詰めるのはやめろぉ!」


 思わず叫んでしまうシュルツ。


 彼女のブレスレットに表示されている数字が、

 なんだか見たこともないようなケタを叩き出していたような気がしたが、

 シュルツは見なかったことにした。

 葬式内もスキップできるようになるまでは本編のうちなのだ。


「ていうかキミ、さんざんこのゲームのコンセプトを『趣味悪い』って言っておきながら」

「いやあ……これはこれで、いいものですね……」

「おいおいおい……」


 シュルツの言葉も届かない。

 ヒナの目はもう完全にハートマークだ。


「落ち込みながらも、必死に傷に耐える樹さんの横顔……

 母性本能をくすぐられちゃいます……

 ……ああ、わたしのためにあんなに傷ついて、かわいそう……

 わたしが働いてお金を稼いで家計を支えて家事も身の回りの世話も全部してあげるから、

 彼を何の不安も苦しみもない世界へと連れて行ってあげたいです……

 ……えへへへ……」

 

 53万の恋愛力を持つ清純そうな女子高生は、

 陶然し切った笑みを浮かべながら、とんでもないことを口走る。

 

 

 シュルツの営業仲間たちは、半分笑いながら言い合っていた。

『誰がこんなゲーム買うんだよ……』って。

 

 いたよ……

 購買層がここにいたよ……

 

『乙女は辛いデス』は、人の悲しみをも愉悦に変えてしまうゲームだ。

 なんだろう。この業の深さ。

 

「ひょっとして恋って、ボクが思うよりも、

 もっとずっと、すごいものなのかな……」

 

 とかなんとか言っていると、

 お経が流れ、ようやくスキップができるところまで場面が進む。


「ふぅ……」

 

 よだれまみれの口元を拭い、ヒナはしゃっきりと背筋を正す。

 彼女はパンパンと手を叩いて、シュルツを促した。


「……さ、それでは、次まいりましょう」

「お、おう……」


 

 けれど。

 ヒナのめげない心は、この地獄で唯一の光かもしれない。

 

 

 

 ◆◆ 

 

 

 

 と、色々あって。



 再び職員室の前である。

 優斗と椋とわかれて、ヒナは息を整える。

 

 やることは同じだ。

 自ら運命をぶち壊す。

 

 魔王城の門を破るような気持ちで、扉を開く。

 

「ええいっ!」


 と、同時にヒナはスカートをはためかせ、後ろに大きく飛び退いた。

 無駄に両手で構えを取っていたりもする。


 するとほら、今まさに職員室から樹が出てこようとしているではないか。

 距離を取って正解だった。

 

 イベントだから仕方ないとは言え、ヒナがやってくるのを今か今かと待ちかまえていたのだろうか。

 だとしたら普通に怖い。ストーカーのようである。

 

 そんなことを思っていると、ブレスレットの数値がわずかに減少をした。

 よしよし、これなら耐えられる。

 

 でも、自分のことをストーカーするほどに大切に思ってくれているのなら……

 と、今度はブレスレットの数値が跳ね上がった。

 なんだこの機械、感度が良すぎる。

 

 落ち着こう落ち着こう。

 彼と自分は初対面だ。初対面。

 

「おや、君は転校生の子だね」

 

 胸をなで下ろしながら、うなずく。


「は、はい、藤井ヒナです。

 きょうから、よろしくお願いします」

「はは、ぼくは一ツ橋樹だよ。

 古文を担当しているんだ。よろしくね」

「はい」

 

 小さく頭を下げる。

 流れる髪を耳にかけて、顔をあげる。

 

 彼はにこにこと、まるで宝物を見るような顔でこちらを眺めている。


「きょうから始まる学校生活で、

 わからないことがあったらなんでも聞きに来てね」

 

 

 うっ……

 


 教師、強い。

 というか。

 ヒナが教師に弱い。

 というべきか。

 

 ヒナは腹に力を込める。

 へその下。丹田の辺りだ。

 

 これはゲームだ、これはゲーム。

 ゲームなんだゲームなんだ。

  

 だめだ。これだけじゃ自分を納得させられない。

 自分の横腹を一生懸命殴るが、そんなことで恋する気持ちは止まらなかった。


 ヒナは更なる説得力の補強に努める。

 

 教師と生徒の関係なんて、今のご時世冷め切っているではないか。

 ビジネスだ。そうだ、彼は仕事だから微笑んでいるだけなんだ。

 お金がもらえるから、こんな自分の面倒を見てくれるのだ。

 内心はすごいいやだけど、仕事だから仕方なくやっているんだ。


 彼にとって自分はただの一生徒だからなんとも思われていないし、

 彼にとって自分は路傍の石と変わらないし勘違いしちゃだめ勘違いしちゃだめ…… 

 

 心の中、呪文のようにつぶやく。

 ちらり、と横目でブレスレットの数値をチェック。

 

 99万9783だった。

 ぎりぎりもいいところだ。

 

 でも耐えた。

 ……耐えたのだ!


 なんと二度目でだ!

 苦手な『年上』の『教師』を、たったの二度目で!


 これはもはや革命だ。

 恋愛革命(ラブレボリューション)2013だ!

 

「じゃあクラスに案内するから、ついてきてね」

「はい!」 


 もうちょっとやそっとでは死なない。

 ヒナには自信が生まれた。

 

 なんとなく、このゲームの攻略法が掴めてきた気がする。

 とにかく感情を排除すればいいのだ。


「……目指せ、脱出!」

 

 小声で決意する。

「うん?」と振り返ってくる樹に、ヒナは笑顔で「なんでもないです」とごまかした。

 

 その場面だけを切り取ればまるで普通の乙女のようだ……とシュルツは思った。

 多分、気の迷いだ。

 


 二十三回目。

 死因:椋に心配されて。

 

 二十四回目。

 死因:よろめいたところを優斗に肩を抱かれて。(Over Kill!)


 シュルツより一言:ついに教室までたどり着いた……。

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