表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第二章 ドッキドキ☆学園生活は恋の予感♡
13/103

11限目 教師にすら殺されるご時世です

 

 再び最初からやり直しだ。

 

 だが、いくらなんでもそこは成長を続ける少女ヒナ。

 もう彼女は優斗の笑顔程度では死なないほどの頑健さを手に入れたのだ。

 

 そう、ついにヒナは優斗を完全に克服したのだ。

 ブレスレットの数値もせいぜい到達して96万程度だ。

 ……あと3万も猶予がある!

 

 

 というわけで。 

 優斗と椋のふたりがかりの殺人攻撃をくぐり抜け。

 ついに校舎に侵入することに成功をしたヒナ。

 

 しかし本当の恐怖はここからだ。

 

 優斗と椋を左右に引き連れての、職員室へゴーである。

 次なる刺客は一体どこから襲いかかってくるのか。

 

 右か、左か、前か後ろか。

 

 校舎内では一分一秒たりとも気が抜けない。

 すれ違う生徒たちのすべてが恋の矢を携えた刺客に見える。

 

 学校はイベントの宝庫だ。

 しかもまだ登場人物も出揃っていないから、なおさら余計に、である。

  

 

 ああ、あの人もかっこいいし、こっちの子もかわいい……

 目移りしてしまう。


 転校ってすごい、とヒナは思う。

 ひとつの学校の数百人の人物と、一気に出会えるきっかけなのだ。

 

 下級生も上級生もそれぞれに魅力がある。

 しかも乙女ゲーの世界だからか、

 みんながみんな、平均以上の美男美女で。

 ああもう、なんということだろう。

 

「おともだちからはじめましょう!」と、名刺を配って歩きたいぐらいだ。

 あの人のこともあの人のこともあの人のことも知りたいし、自分のことも知ってもらいたい。


 昔、近所の駅前で気に入った人を見つけては似たようなことをしたときには、

 いとこのお兄ちゃんに思いっきり怒られたんだった。

 あの頃のヒナは若かった。(小学一年生)

 何百人も恋人ができたところで、結局手が回らなくなってしまうのだ、ということがわからなかった。

 

 似たような失敗はもうしない。

 名刺にメアドも電話番号も住所も載せたりしないし「こいびとぼしゅーちゅー!」とか書かないぞ。

 せいぜいクラス番号を載せるだけにとどめよう。


 夢はどこまでも広がってゆく。

 ああ、なんて素敵なところなんだろう。

 自分がこの学校の恋人になるのだ。

 マザーヒナだ。

 

 なんたってここはゲームの中の世界で!

 やりたい放題で……


 ……と、気づく。

 ちょっと待ちなさいヒナ、と。


 だめだ。

 だめでしょう。

 なに完全に舞い上がっているのか。

 秘めないと。

 シュルツのために、秘めないと。


 うう。

 ……つらたんだ。

 

 

 現実に引き戻されたところで。


「まずは先生に挨拶してこないとな、ヒナ」

「う、うん、そうだね」

 

 優斗にうなずくヒナ。

 急に名前を呼ばないでほしい。

 なれなれしすぎる、と思う。


「……この売女め、とか、

 ゴミクズめが、とか、脳みそド腐れ女、とか、

 そういう風に呼んでくれたら、ドキドキしなくていいのになぁ」

「あの笑顔でそんなこと言う優斗くん見たくねぇー……」

 

 小声でつぶやけば、鞄のキーホルダーについたシュルツがそんなことを返してくる。

 

 そんなことを言っている間に、職員室だ。

 優斗くんは自然に話題を振ってくれていたのだけど、まったく聞いていなかった。

 悪いことをしてしまった。

 罪悪感でブレスレットのメーターが再び跳ね上がる。


「……うっ」


 ヒナは自らのわき腹をつねることによって、なんとかそれをごまかす。

 涙ぐましい努力だ。

 シュルツは思わず感動してしまう。

 

 

 というわけで、イケメン男子ふたりのエスコートは一旦は終了だ。

 ……どうせ同じクラスになるのだろうが。

 

 優斗はこちらに手を振り、

 椋もメガネを押さえながら「じゃあまた後でな」と告げてきた。

 

 よし、よしよし。

 とりあえずこの場はしのいだ。


 ヒナは小さくガッツポーズする。


「よ、ようやくまたひとりになれました。

 もうずっとこのままひとりでいたいです」

「まあ、うん、まあ。

 でもこのゲームの目的、男子を攻略することだからね。

 そこ忘れないでね」

「そうでした。最終日まで生き延びることだと思ってました」

「乙女オブザデッドかなにか?」

「水と食料をかき集めないといけないかと」

「乙女オブザデッドかなにか?」

「72時間後にヘリが屋上に迎えに来てくれるそうなので、それまでがんばります」

「乙女オブザデッドかなにか?」


 その三連続ツッコミはちょっと手抜きなんじゃないかな、と思うヒナ。

 それはそうとして。


 深呼吸をして、ヒナは職員室の扉に手をかける。

 なかなか勇気が出ない。


「……どうせ、先生キャラがいるんですよね」

「そら、まあ」

 

 乙女ゲーの王道だ。

 イケメン教師がいないはずがない。

 いないのなら、学園ものなど作る必要はない。

 それほどに教師キャラは大事だ。

 スシで言ったら醤油のようなものだ。

 

 ヒナは、自分が年上に弱いのだと自覚していた。

 実際これまでに恋をした人物も、その多くが年上の人だった。

 でもそれは単純に、人口比率的にこの世界にはヒナより年上の人間が多いからだったのかもしれない。

 なんだかよくわからなくなってきた。

 

 ええいもう。

 どうせ死んだって最初からスタートするだけだ。

 

 乙女は度胸。

 ヒナはがらっと扉を開いた。


「おっと」

 

 

 目の前に。

 彼が。

 いた。

 

 

 やばい――。



 脳内アラームが大音量で鳴る。

 ビー、ビー、ビー、なんて音ではない。

 死、死、死、と真っ赤に鳴り響く。



 スーツを着た短髪の男性が立っている。

 その顔立ちは彫りが深く、まるでモデルのようだ。

 肩幅が広く、背が高いから、とってもスーツがよく似合う。


 彼は少し驚いた顔をして、こちらを見下ろしてきた。

 微苦笑しながら、固まるヒナに手を伸ばしてくる。


「大丈夫だったかい? おや、見ない顔だね」

 

 しかし、

 なんということだろう。


「……ふぅぅぅぅ……はぁぁぁぁ……」


 おお見よ。

 神よ、ひれ伏すがいい。

 

 ヒナは耐えた。

 死ななかったのだ。

 

 彼女は生きていた。

 自らの恋心を律し、そこに立ち続けていたのだ。


 シュルツは落涙を禁じえない。

 まさか、視界いっぱいにイケメンを捉えた彼女が、恋をしなかったとは……

 

 涙を拭いながら、シュルツはふと気づく。

 あれ、それふつうじゃね……? と。


 我に返った途端、心は冷めきった。

 完全に、泣いて損した……

 

 

 それはともかく。

 

 教師の胸元には一枚のウィンドウがポップしていた。

 いつもの、キャラ紹介だ。


一ツ橋(ひとつばし)(いつき):数星学園の新米教師。新学期からあなたのクラスを担当します。

 初めてのクラス担任ということもあり、どこか頼りないところもありますが、熱い心を持つお兄さんです』


「おや、君はもしかして……」

 

 一ツ橋は手元にあったファイルをめくり、

 その顔写真と魂が抜け出そうになっているヒナを見比べる。


「転校生かな?

 来るのが遅いから、迎えにいこうと思っていたんだよ」

「ひゅぅぅぅ……ひゅぅぅぅ……

 ……はふぅぅぅぅぅぅ……」

 

 細い息を吐きながら、ヒナ。

 完全に虫の息だが、なんとか耐えている。

 その顔色は蒼白だ。

 ブレスレットの数値は90万と99万の間を激しく行き来している。

 

 がんばれ……がんばれヒナ……

 シュルツは心の中でエールを送る。

 

 だが、ほら。

 そんな風に変わった態度を取っているから。


「どうかした? 具合でも悪いのかい?」

 

 ぽん、と。

 肩を叩かれた。

 

 そこが彼女の限界だった。

 むしろ、よく耐えたと思う。

 

 次の瞬間、ヒナの額が割れた。

 ぶしゅぅぅぅと血が飛び出た。

 

 決壊したのだ。

 恋愛力の破裂だ。

 

「え?」

 

 一ツ橋教師はなにが起きたのかわからないといった顔。

 だがその右半身は、ヒナからあふれ出た血で真っ赤に染まっていた。

 

 シュルツもびっくりだ。

 開いた口がふさがらない。


 なんで死に方が派手になっているんだ……


 レベルアップしたから、か?

 ちょっと意味がわからない。


 廊下を歩いていた女生徒が、その血を見て悲鳴を上げた。


「キャーーーーーーーー!!!!!」

 

 それはまるで連鎖するように、

 次から次へと、叫喚を呼んだ。

 あっという間に職員室前は惨劇の舞台と化した。


 その中心に立ち、教師はまだ呆然としている。


「え? あの、え?

 ふじい、さん?」


 ずるり、と。

 まるで殻から黄身が零れ落ちるように、

 ヒナはその場に滑り落ちた。

 倒れた彼女はぴくりとも動かなくなった。

 

 廊下には血溜まりが広がってゆく。

 まだまだ悲鳴は止まらないどころか、拡大し続けてゆく。

 

 職員室から慌てて飛び出してきた教師たちは、一ツ橋に事態の説明を求めるが……


「え、いや、え……

 あの、ぼくは……」

 

 一ツ橋はなにも言えず、ただただ目を白黒させていた。

 目の前で急に少女が額から血を噴き出した。

 それ以外に判明していることなど、なにひとつないのだ。


 きっと彼はこのままなにもわからず、周囲の環境に押し流されて、

 教員職を辞任させられることになってしまうのだろう。

 

 初めて受け持つクラスで、転校生の突然の死。

 それは一ツ橋の人生において、決定的な楔となり、突き刺さり続けるのだ。

 

「ぼくは……なに、も……」

 

 あらゆる音が遠ざかる中、彼はその場に佇んでいた。


 乙女の死体を見下ろしながら、

 いつまでも、いつまでも、そうしていたかったのだ……

 

   

 22回目。

 死因:一ツ橋に肩を触られて。(Over Kill!)


 シュルツより一言:先生かわいそう……。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ