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恋をしたら死ぬとか、つらたんです  作者: イサギの人
第八章 ラッブラブ☆ふたりの愛は死に至る病♡
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92限目 エンドエンド・エタニティ

 大怪獣。

 とりあえず名付けるとしよう。キングツラタンでいいか。


「いきますよ、キングツラタン!」

『なんなのその名前』

「怪獣さんの名前です。すっごくつらたんな相手なので、キングツラタンです」

『お、おう』


 一歩を踏み出してくるごとに、地震のように地面が揺れる。

 はっきり言って、人ひとりがどうにかできる相手のはずがない。


『よそうよヒナさん、ウルトラ警備隊とかに任せようよ……。これ、恋をしなくても死んじゃうパターンだよ。踏みつぶされたら死んじゃうなんて、つらたんです、だよ。ごく当然の運命さだめだよ』

「わたしはキングツラタンより、凛子ちゃんのほうがこわいです」


 三分歩けばひとつの都市を破壊し尽くすような怪獣を見上げ、そのようなことをのたまうヒナ。

 それはおそらく――本心ではあるのだろう。


 だがそんなことを言ったところで、互いの戦力差はまさしく蟻と象ほどもある。

 いるんだったら『早くきてくれー! ヒーロー!』とシュルツは叫びたい気分だ。


 だが、シュルツはふと気づく。


『あ、あれ……これでもしヒナさんが負けてヒーローが助けに来たら、そのヒーローに惚れちゃってヒナさん死ぬんじゃね……?』


 その声は震えていた。


『詰んだ、マジで詰んだ。これ終わりだろ。あの怪獣は死そのものじゃないか……』


 悲観に暮れるシュルツ。

 どしんどしーんと音を立ててやってきた怪獣は、再び吠えた。

 

 とにかくデカいということは、強いということだ。

 あの大きさの中にはしっかりと肉が詰め込まれており、それが防御力であり、攻撃力となる。

 

 ヒナがいくら強くても、壮絶な戦いになるだろう。

 

 血が飛び、肉が裂け、町は怪獣の体液で赤く染まってしまうに違いない。

 シュルツはそう思い、戦慄した。


『ああ、ボクにはもう祈ることしかできないのか――』


 そんなことを言っている間に。


「ちょあー」


 ヒナはたったったった、と駆けてゆく。

 金色の気をまとう彼女はくっきりとアスファルトに食い込むほどの足跡をつけながら、音速に近い速度で走っていたのだが、それでもあえて表現するとしたら軽快な「たったったった」としか言えそうにないものである。


 そしてそのまま、ヒナは跳んだ。


「シュルツさん、足場とか出せたりしますー?」

『ええ! ちょ、ま、ええと! はい!』


 数十メートルの距離をひとっとびし、さらに空中に固定された真っ白なブロックを蹴る。それを何度も繰り返し、ヒナは高々と舞い上がった。

 まさしく鳥のようにセーラー服を翻し、そしてヒナはついにその怪獣、キングツラタンを眼下に捉える。


「風が気持ちいいですねー」

『こわいこわいこわいこわい!』


 空中で何度もきりもみ回転を繰り返し、そしてヒナはその拳にさらなる黄金色の気を集め、凝縮してゆく。

 その輝きはまるで天に突如として出現した太陽のようであった。

 

 キングツラタンは今さらにヒナに気づいたようにその姿を仰ぎ、そしてその巨大なあぎとを開く。

 大怪獣対ヒナ。その第一の激突は空中で行なわれた。


 蒼穹より打ち下ろされる黄金の拳撃――。


 ヒナの小さな拳のハンマーがキングツラタンに渾身の力で叩きつけられる。

 ――ぱぁんと弾け飛んだその気が、中空で大輪の華を咲かせた。

 

 オォォォ……。

 

 腹の底がビリビリと痺れるような低い叫び声をあげ、キングツラタンはゆっくりと体を傾げてゆく。


 尻尾を揺らしながら、そのままキングツラタンは真横に――倒れていった。


 辺りの町並みを残さずなぎ倒してゆき、大地に巨大な爪痕を残したまま、怪獣は動かなくなった。

 ヒナの地元をすべて覆い尽くすほどに立ちこめる砂煙の中、セーラー服の少女は華麗なたたずまいで地面に降り立つ。


「ふう」


 パンパンとスカートのホコリを叩くヒナ。

 それから彼女は軽く手を払って――それだけで周囲の土煙を吹き飛ばした――まるでエンジェル・ラダーのようにそこだけが陽に照らされた中、小さく微笑んだ。


「久しぶりだったんですけど、うまくいきました。七門勁の三門同時開放トリニティアーツ覇門はもんよりい出て、裏巳門うらみもんを辿り、そして命門めいもんをこじ開けたんです。これによって体内の龍脈は加速気アクセラレータの力を得ます。拳から破城槌のように打ち出すことによってわたしの――」

『――なにを言っているかぜんぜんわかんないんだけど!』

「えと、はい、結構難しい技なんです」

『とにかくひとつだけ言わせてほしい』

 

 もはやたったの一撃で動かなくなった怪物を横に見やりながら、シュルツはつぶやいた。


「ヒナさん、ぱねえ」






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 恋をしたら死ぬとか、つらたんです

『92限目 エンドエンド・エタニティ』



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 怪獣はなにやらゴゴゴゴゴと微動しながらも、黒い霧となって消えてゆく。

 その全長百メートルはあるかという中から日記を探すのは、非常に骨が折れそうであった。


 目の上に手をかざして辺りを見回すものの、それっぽいものは見つからない。


「シュルツさーん、日記はどちらにありますー?」

『えーと、ちょっと待ってね……』


 いまだ先ほどまでの衝撃冷めやらぬシュルツである。

 なんだか夢を見ているような――というか実際ヒナの夢を追体験しているのだが――気分であった。


『いや、そうだ、そうなんだ。これはいいことだ、いいことなんだ……ヒナさんが怪獣を一撃で倒した……なんか手がすごい輝いて、手がすごく大きくなって、殴ったら怪獣が倒れた……それでいいじゃないか、それがすべてさ……』

「シュルツさん? もしもーし? シュルツさーん?」


 現実の折り合いをつけようとがんばっているシュルツにも気づかず、声をかけるヒナ。


 そこに――。


「あ、ヒナちゃん、こんなところにいたの?」

「――っ」


 新たに現れた声に、ヒナはびくっと震えてしまう。

 一難去ってまた一難。


 まさか、まさかまさか。


 振り返るのが怖い。いや、というか振り返るのはやめよう。このまま全力で逃げ出そう。

 ヒナの背後に突如として出現し、徐々に溶けてゆく怪獣や壊滅した町並みにまったく触れず、ヒナだけに忍び寄る美女――。


 言うまでもない。百地凛子――。


「ちょっといったん、態勢を立て直します! わたし、離脱します! シュルツさん、日記はあとで取りにきます!」

「あっ、ちょっ、ヒナちゃーん?」

「アーアー聞こえなーい!!」


 ヒナは叫びながら走り去る。

 その脚力、これまでとは比べものにならないほどの、まさしく雷鳴のような速度であった。


 


 ――今度は本気で息切れし、ヒナは塀に手をつく。


 壊れていたはずの町並みは、あっという間に元通りだった。さすが夢だ。整合性など物ともしない。


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……。ま、まったく、もう……わたし、別に、凛子ちゃんと、そんな、そんなこと全然思っているわけじゃないですし……」

『ホントに?』

「わかりませんけど!」


 思わず叫ぶヒナ。自分のことが自分で一番わからない。


『とりあえず、日記は、さっきの怪獣が倒れている場所にあるみたいだよ』

「そ、そこに戻ってゲーム終了を選べば、元の世界に……っていうか、ゲームの世界に戻れるんですよね?」

『うん、まあ、そのはず』

「よし……」


 屈伸し、ヒナは改めて振り返る。


「――ハァイ」


 胸の前に小さく手を挙げた美人が立っていた。

 百地凛子だ。


「もしもしヒナちゃん、あたし今ヒナちゃんの後ろにいたの」

「ひいいいいいいい!」

『怪談かよ……』


 だが今度はすでにシュルツも手を打っている。

 百地凛子の全身にしっかりとモザイクが張り付けられていた。

 

 どの角度から見たところで、凛子の本来の姿を視認することは不可能である。

 はぁ、とため息をつくヒナ。


「助かりました……」

『ヒナさんって基本的に、自分を甘やかしてくれる人が好きだよね』

「そうなんでしょうか……いや、でも、厳しくズバズバと言ってくれる人も大好きですよ?」

『構ってくれるならなんでもいいのか』

「そう言われちゃうと、なんか、アレですケド……」


 和やかなムードで口を尖らせ、ヒナは歩き出す。

 謎の言語を喋るモザイクお化けと化した凛子を横目に、通り過ぎようとしたそのときだった。


「ヒナちゃんってば、どこいくの?」


 凛子の後ろから、さらにもうひとりの凛子が――くすくすと笑いながら現れた。


 転進。ヒナが逃走を決意するまでの時間は、一瞬であった。




 どんどんと日記から遠ざかってしまっている。

 ヒナは汗だくで俯いた。生きている心地がしない。


「どういうことですか? どういうことなんですか? どういうホラーですかこれ。何人もいるのはずるくないですか!? ずるいですよ!」

『ボクが聞きたいよ……深層心理下の、ヒナさんの願望なんでしょう……』

「そうなのかな、そうなんでしょうか……わたし、凛子ちゃんにどういう欲望を抱いているんでしょうか……」

『知らないけど、凛子ちゃんがいっぱいいてくれたら楽しいなーエヘヘーアハハー、とかじゃないの?』

「そんな短絡的な!」


 叫ぶ。叫ぶが、否定はできそうにない。


「なんだか、今までの乙女ゲーに出てきた親友キャラが、全部凛子ちゃんに上書きされてしまっている気がします……」

『ふうむ……』

「やはりこの血塗られた拳を使うしかないのでしょうか……それしかわたしには、うう、残っていないのでしょうか。でも殴りかかる前にその笑顔を見たわたしが死んでしまう気がします……」

『どうすりゃいいんだ……』


 ふたりの周囲には、陰の気が立ちこめてゆく。

 だがそんなものを振り払うように、ヒナは力強く叫んだ。


「でもでも! シュルツさん! あとちょっと、あとちょっとなんですよ! 恋をしたら本当に死ぬこの世界から脱出して、ふたりでの蜜月の時に戻れるんです!」

『どっちみち地獄のような気がしてきた』

「そのために、わたし、がんばります! やれることはなんだってやって、どんな悪事にだって手を染めます! シュルツさんのために!」


 そう言い切って走り出すヒナ。その光輝く姿はまさしく不死鳥のごとくなんたらかんたらで、シュルツにはとてもまぶしく見えていたかどうか定かではないが、とにかく走り出す。

 

 が、すぐにつまづく。


「ねえねえ、ヒナちゃん、こっちにおいでよ」

「あたしと遊ばない?」

「ふふ、ショッピングいこうよ」

「さ、ヒナちゃん」


 少しいった先に、凛子がいた。

 それもいっぱい、すごくいっぱいいた。


 わらわらいる凛子が、笑顔を浮かべ、こちらに手を振っている。

 すごい光景だった。


 ダッ――と、ヒナは地を蹴る。


『あっ、ヒナちゃん!』


 大量の凛子の呼び声にも耳を貸さず、ヒナは一目散に逃げ出した。


『先ほどの強気な発言はどこへいったんですか』

「むりでしょ!?」


 ヒナは泣き笑いしながら叫んだ。

 まさしくここは天国で地獄だった。



 

「凛子ちゃんとか、優斗くんとかが、50億人ぐらいいて、そんな世界で、たったわたしひとりを取り合って、みんなが争ったり、仲良くなったり、ああ、みんなやめて、わたしのために争わないで、わたしはたったひとりしかいないから、凛子ちゃん、凛子ちゃんと戦うのはやめて、凛子ちゃんが見ているから、あっ、だめ、凛子ちゃん、そんなの……的な! 的な!」

『アッハイ』


 ヒナはあえて手元のドキドキメーターを見ないようにしていた。認識したらその瞬間に死んでしまうような気がしたのだ。

 

「でも、そんなのまやかしなんです……50億人はひとりひとりが別々で、すばらしい方々で、だからそんな、わたしのためだけの、わたしにとって都合の良い世界なんて、まっぴらなんです。あっていいはずがないんです。それなのに、そのはずなのに、どうして……」

『あ、でもでもほらほら』


 シュルツが弾んだ声をあげた。

 

 ぴぴぴ、とヒナの目の前に見慣れた青いウィンドウが表示された。それはマップであった。


『何度も逃げまくった挙げ句、一周ぐるっと回って、あの怪獣の死んだところに戻ってきたんだよ。怪我の功名だね』

「は、はい……」


 なんかもう、己の暗部を色々と突きつけられてグロッキー状態のヒナは、暗い顔でうなずく。

 こんなにテンションが落ち込んだのは、イケメンに殺され続けた七海光以来かもしれない。


 とぼとぼと歩くヒナ。だがその足取りは確かに日記の元へと近づいていた。


 もう少しでこの世界から脱出できる。

 そうして、苦のないゲームの世界へと戻ってこれるんだ。


「あとちょっと……あとちょっと……」

『あれ?』

「ふぇ?」


 これ以上なにかあるのか、と驚いて声を上げたヒナに、シュルツは怪訝そうにつぶやく。


『あれ、でも、なんだこれ……日記が、近づいてくる……?』

「……え?」


 顔をあげたヒナ。


 目の前には、怪獣が押し潰した崩壊後の町並みが広がっていた。

 そんな荒廃した世紀末のような大地をバックに――。


 ひとりの女性がいた。


 セーラー服に、黒髪。そしてわずかに灼けた肌をして、太いストールを巻いた女性。

 隅々まで完全に行き届いた彼女のメイクは、まさに至上の美であった。

 

「……フフ」


 そんな彼女は周囲に男性・女性をはべらせていた。


 赤髪の青年、三島優斗。メガネ男子、九条椋。お兄さん教師、一ツ橋樹。

 親友キャラ、百地凛子。実の弟、翔太。ヤンキー弟、一ツ橋虎次郎。

 超イケメン、七海光。生徒会長、八宮龍旗。副会長、五弥省吾。

 幸運体質、二子玉空。不幸体質、六実陸。


 11人は全員、彼女を褒め称え、その足元にひざまずき、あるいはうっとりとした顔をしていた。まるで彼女のために生きている従者のようだった。

 

 その中心に立つ女帝は、手に持っているもので自らを扇ぎながら、にっこりと艶やかな笑みを見せる。


『あっ、あれ日記だ!』

「えっ」


 シュルツが思わず叫ぶ。

 ヒナの目の前にいたその女性は――。


「う、うそ、どうして……!?」

『え、えええええええええ!?』


 ――紛れも無く、藤井ヒナの分身だった。



「ずっと、ずっと、会いたかったわ、ヒナちゃん」


 そしてダークヒナは、女王のように微笑む――。


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