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(19.5限目) どこにでもあるごく平凡な朝の死亡風景

 

 うららかな春の朝。

 おはようの挨拶があちらこちらで咲く校門前。

 

 通学する生徒たちの中、ひとりのセーラー服姿の少女が立っていた。

 大和撫子然とした黒髪の小柄な娘だ。

 

 その少女――藤井(ふじい)ヒナは少しだけ緊張した面持ちで胸元に手を当て、深呼吸。

 これから通うことになる学校を見上げ、期待と少しばかりの不安を抱えていた。

 

「……よっし」

 

 きゅっと手のひらを握り締めて。

 両手で黒猫のキーホルダーがついた鞄を抱えながら、歩き出すヒナ。

 

 スカートを揺らしながら細い足を動かして。

 たれ目がちな大きな瞳で、まっすぐに前を見て。

 

 と、そこに。


「おいおい、ヒナ。ひとりで勝手にいくなって」


 若い男が彼女を呼びかけた。

「あ」とヒナは瞬きをしながら振り返る。


 学ラン姿の青年は鞄を肩に担いだまま彼女の元へと駆け寄り。

 形の整ったその眉を寄せる。

 

「だめだろ、お前方向音痴なんだからさー。

 転校初日は一緒に行こうぜって誘っただろ。

 ったく、あんまり俺に世話かけんなよー?」


 そんなことを言いつつも、その美青年の顔には笑みがあった。

 まるで彼女と一緒に学校に通えることが、嬉しくてたまらないとでも言うように。

 

「ごめんね、優斗(ゆうと)くん。

 もしかして、待っててくれた?」


 ヒナが困ったように微笑みながら尋ねると。

 優斗は口元に手を当てて、吹き出すように笑う。


「いいや、俺もまっすぐこっち来たよ。

 お前のことだから、学校に向かってんだろうなって思ってさ」

「……えへへ」

 

 照れたように頬をかくヒナ。


「優斗くんには、なんでもお見通しなんだね」

「べ、別に、そんなんじゃないけどさ。

 つか、お前がわかりやすすぎんだよ、ヒナ」

「えへへ」

 

 彼の言葉には、親愛の情が多分に含まれていた。

 笑い合いながら歩くそのふたりは、まるでカップル同士にも見えただろう。

 

「お前体弱いんだからさ、なんかあったらすぐ言えよ。

 保健室の場所もあとで教えてやっからさ」

「うん」

「無理はすんなよ?」

「ありがと、えへへ……」

「ったく……けど、なんかこれ、いいよな。

 同じ学校……ってさ」

「うん、楽しいね」


 春は出会いの季節だ。

 春は新しい恋の始まる季節だ。

 

 小鳥の鳴き声に祝福されながら、校舎へと続く道を辿り。

 そこはあたかも、世界で一番幸せに包まれていた場所のようで。

 

「でも……ごめんね、優斗くん」

「ん、どした?」

 

 きょとんとした顔の優斗。

 彼に、ヒナはやはり申し訳なさそうに。


「ごめん、わたし、もむり」


 表情は変わらず、されど絞り出すような声。

 それがスイッチであったかのように。


 ――ふいに。

 歩いていたヒナの体が、傾げた。

 

「……え?」

 

 まるで踏み出す地面を失ったかのように膝を折り、前のめりに倒れてゆくヒナのその様子を。

 優斗は、まるでスローモーションのように眺めていた。

 

「……ヒナ?」

 

 急速に音が遠ざかってゆく。

 アスファルトに倒れ込んだ少女に、一体なんの冗談かと思ったけれど。


「……ひ、ヒナ……?

 お、おい、なにやってんだよお前……!」


 妙な体勢で倒れたまま微動だにしないヒナは、とても正常には思えなくて。

 優斗は思わず彼女の元に屈み込んで。


「おい、ヒナ! しっかりしろよヒナ!

 ちょっと、まてよ……おい、うそだろ……?

 なんで、息してないんだよ、おい、ヒナ!」

 

 叫ぶ優斗の元にたくさんの学生たちが集まってきて。

 その中心でヒナを抱きながら、優斗は吠えた。


「ヒナああああああああああああああああ!」

 

 これから始まるはずだと信じていた、

 バラ色の生活のすべてが砕かれた悲しみとやるせなさに。

 

 優斗は冷たくなってゆくヒナの体を抱きながら涙を流す。

 ああ、この世界は悲しみに溢れている。


「ヒナ……なんなんだよこれ、ヒナ……

 返事してくれよ……ヒナぁ……」


 一羽の小鳥は飛ぶことをやめ、地に落ちた。

 これがこの世界の(ことわり)なのだった……。

 


 


 失敗だ。

 再びヒナは、失敗してしまったのだ。




 

 ヒナの鞄にくくりつけられていた黒猫のキーホルダーが動き出して。

 顔を手で覆い、ぼそりとつぶやいた。


「また最初からやり直しだ……」

 




 ――それでも。


 何度も何度も、何度でも挑むより他ない。

 ひとりと一匹はこの世界を脱出するために、だ。


 立ちはだかるのは、あまりにも強大な壁。

 最強にして最悪な、たったひとつのルール。



『――乙女ゲーなのに恋をすると死ぬ』



 これから始まるのは、


 黒猫のぬいぐるみシュルツと、

 ちょっぴりホレっぽい“普通の女の子”のヒナが挑み続ける、

『つらたん』な物語であった……。

 

 

 死亡回数:62回目。

 死因:優斗の優しい笑顔を見て。

 

 シュルツより一言:終わりの始まりです……。


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