第6話 ご褒美?
「そこっ!!!サボらない!」
陸上部はすでに練習を終えて、クールダウンの段階に入っていた。
森元先生は疲労でクールダウンをサボろうとしている部員に向かって厳しく指摘している。
俺達はクールダウンをしている部員達を見ながら、各学年のマネージャーに作りたてのサンドウィッチを渡していく。
そして、すべての学年のマネージャーに渡し終わると、俺と恵子はまだ練習をしている一彦の所へ向かう。
「ハルちゃん、いつも通りでいいよ。カズちゃんも悪いと思ってるんだし」
コソッと俺に助言するかのように言う。
もしかして顔に出てたのかもしれない。
「わかった。今はたぶん文句言ってしまいそうだから会うのは止めておく」
「そっか。あ、そうだ。さっき、佐久間さんが言ってたけど、北条さんはまだ練習してるみたいだから、これを持っていってあげて」
「佐久間?あぁ、マネージャーか。分かった」
「手を出しちゃだめだよ?」
「出すか。それよりも頑張れよ」
「うん、ありがとう」
一彦の所へと向かって歩いていく恵子にエールを送ってから、紙袋の中に入っているサンドウィッチを見る。
3つも入っているが、陸上部なら余裕で食べられる量だろう。
それにしても…他はもう片付け終わっているのに、練習とは…やっぱりセンスだけじゃないんだな。
走高跳を行っている場所へと向かうと、1人で落ちた棒を掛けては、足の踏み場を確認して、練習をしている北条を見つけた。
周りにはすでに誰も居ない。おそらくだが3年生たちがクールダウンをしていたから、部活が終わってからかなり経っている。
あまりの真剣っぷりに邪魔をするのも何なので、視界に入らない距離から彼女が跳ぶ姿を見る。
走高跳のことはハッキリ言って良く知らない。
助走を付けて、ジャンプして、棒を超える単純なスポーツだと思っている。
だから、彼女が何度も確認するかのように歩幅を考えている姿は俺から見れば不思議な風景だったりする。
しかし、彼女が凄いということは俺にも分かった。
一歩一歩の歩幅が広く、ジャンプする瞬間に翼が生えたかのように宙を舞う。
凄いの一言だ。
素人目から見ても助走からマットに着地するまでの過程は綺麗だと断言できる。
無駄が感じられず、助走や棒を超える時のフォームは高く飛ぶための過程に過ぎない。とでも言わんばかりに自然の流れがそこにはあった。
「へぇ…」
自然に言葉が出てくる。
昔から陸上に真剣に取り組む一彦を見てきたから分かる。
真剣に取り組んでいる奴は周りの状況を知らない。自分が如何に高みに上れるかという考えのもとに競技に取り組む。だから、その高みに上る際に必要なコミュニケーションなら彼らは積極的に取り組み、1人で出来る事は1人で取り組む。そんな人種だ。
北条を見ていると、彼女もその人種であることが分かる。
俺が見ている事も気にせず、失敗から1でも2でも学ぼうと必死に練習に取り組んでいる。
そして、成功した時も喜びを一瞬で打ち消し、次の高みへと上ろうとする。
何分ぐらい、彼女の練習を見ていたかは分からない。
空の色が黒く染まり始めた頃、ガシャン!と棒が落ちる音と共に俺は現実へと戻される。
「あ~~~もう!!!」
マットに倒れ込んだ北条を目にして、慌てて俺は彼女に駆け寄る。
もしかして、怪我でもしたのか?!と心配になったからだ。
しかし、その心配は必要なかったらしい。
北条はマットの上でぶつぶつと今の失敗がどこに原因があったのか頭の中でシュミレーションをしていた。
「おい、いい加減やめろよ」
「……うわっ!?は、ハトくん!?」
「周りも暗いからさっさと帰れよ。これ以上したら怪我するぞ?」
「へ?あ…あぁ~~…またやっちゃったか」
ようやく辺りが暗くなり始めていることに気が付いたのか、慌てて走高跳の道具を片付け始める。
しかし、彼女の体力…いや、空腹感というべきか。
暗くなり始める景色の中に盛大な「ぐぅぅぅぅぅ~~~」というお腹の虫が鳴る。
その大きさには俺も呆れてしまうほどだ。
そのお腹の虫を宿した当の本人もあまりの大きい音に俺の視線から逃れたいらしく、ふかふかのマットの中心へとダイブする。
「い、いや!今のなし!!今のは私じゃない!ハトくんだよ!」
「………」
「そ、そんな目で見ないでよ…。私じゃないんだから!ハトくんでしょ?!」
「…………」
「あぅぅ…み、認めるから…私のお腹の音って認めるから…そんな私に呆れたような目で見ないで…」
「はぁぁ。別に2割はその腹の音に呆れたわけじゃない。そんな音を出すまで練習するお前に呆れただけだ」
「そっか。うん、それだったら良いか…………ん?残りの8割は?」
「腹の音に決まってるだろ?」
「なっ!?……ん?何もってるの?良い匂いがする」
クンクンと犬のように鼻を動かす。
こいつは犬か?
それもふかふかのマットの上で、思うように動けないのか四つん這いにしている。
たぶん、北条に尻尾が生えていたら今はブンブンと振っているだろう。
「ほら、俺らからのご褒美だ」
北条に向けて、紙袋ごと投げる。
北条は「わわっ」と投げられた紙袋を受け取り、中を確認する。
そして、中に入っているサンドウィッチに気が付くと俺とサンドウィッチを交互に見て、目をキラキラと輝かせた。