第4話 絵心は皆無です。
「ふ~ん、ふふふふ~ん、ふふ~ん」
俺の横では午前の授業をフルで寝ていたという偉業を成し遂げた北条湊が、小さな鼻歌を歌いながらノートにペンを走らせる。
本来なら、ノートには黒板に書かれたモノ、先生が言ったモノなどが書かれるはずなのだが……こいつのノートはお絵かき帳らしい。それもかなり下手だ。
というか、お絵描きするぐらいなら教科書要らないんじゃないのか。と思っているとそうでもないらしい。
とても下手な、かなり下手なモノを書いたかと思うと、人の教科書ということを気にせずに今説明されている範囲とはかけ離れた場所を読みだす。
世界史の教科書と言えば写真が多い。それも偉人達の。
彼女はその偉人達の写真を見つけるとペンを持ち、これから現れる彼女の中で最大限に面白い絵に対してニコッと笑みを浮かべる。
「誰の教科書だと思う?」
「…あ………」
ナポレオンの写真に吹き出しで「やほーーーい!」と小学生以下の落書きを加えた所で黒板の方を見ながら、北条湊に聞こえるように言う。
横から何かが固まったような空気が流れ、視線を凄く感じる。
そして、俺の視線に入るように白いノートに「怒ってる?」と書かれたモノが出される。
こいつ…どれだけ筆談が好きなんだよ…。
「コソコソなら話してもバレない」
「…ご、ごめんなさい。ハトくん」
「ハトじゃない。鳰だ。にお」
「にお?これってハトでしょ?私もさすがに元大統領の名前ぐらい知ってるよ?それで知ってるもん」
鳩という字を使っていた大統領がいたなら俺が知りたい…。
「ハトくんだよね?」
「ニオだって言ってるだろ。九じゃない、入口の入だ」
「…ん?言ってる意味が分からないんだけど。ハトくん」
「…もういい。それよりも鳩という字が入っている大統領って誰だ?」
「ぷぷぷ、そんなことも知らないの?ハト君」
「あぁ、俺はバカだからな」
「知っておかないと恥ずかしいよ。私が教えてあげるね、鳩山邦夫だよ」
北条湊はドヤ顔をしながら俺に教えてくれる。
もうどこを突っ込んでいいのか分からないが、なぜ邦夫の方なのか知りたい。
ここで訂正してやってもいいが…まぁ訂正させるのも面倒だし、適当に流すか。
「そうか、勉強になった。まとめていいか?」
「まとめ?」
「北条湊が言っている大統領ってのはどこの国の人だ?」
「どこって日本に決まってるでしょ?」
「日本の大統領だな。その名前はなんだっけ?」
「ハトくんは覚えが悪いなぁ」
「悪い、北条湊ほど賢くないんだ」
「ぷぷぷ、そっか。えっと、鳩山邦夫だよ」
「日本の大統領は鳩山邦夫だな?」
「そうだよ。勉強になった?」
「あぁ、とても勉強になった。ありがとう、北条湊」
「湊でいいよ。ハトくん」
「北条はぜひともそのハトくんってのを止めてほしいがな」
「湊でいいよ?ハト君」
ダメだこいつ。バカすぎる。
人をここまで呆れさせる人間がいたとは思わなかった。
それも北条は俺と会話ができたことで心を許したのか知らないが、ちょこちょことちょっかいを出し始め、話かけてくる。
俺はそれをすべて無視をしながら、黒板に書かれた文字をノートに写す。
そんなことをしていると5限目の授業が終わりを告げる。
何分ぐらい、こいつは人の勉強の時間を邪魔したんだろう?
書き終えたノートを机の中に仕舞い、次の授業の教科書とノートを取り出し、机の上に置く。
そして、再び休み時間になったと同時に北条の周りに集まり始めるクラスメイト達から逃げるように俺は教室を出る。
さて、10分間だけのこの休憩をどう過ごそうか…。
一彦のところへ行っても寝ているだろうし、恵子は一彦のためにまとめノートを作っているだろう。
適当にトイレに行って、廊下から外の風景でも見てるか…。
そうと決まれば行動へ移し、トイレで用を済ませ、教室の中が騒がしい中、廊下の窓から外の空気を吸う。
あと1つの授業で放課後だ。そうなれば、部活が待っている。
「ふぅぅ、今日は何作ろうか…」
流れる雲を見ながらそんなことを考えていた。