もう終わり
信じられなかった。カウンターに座った女性はサキさんだった。
彼女は目を丸くして、ただ呆然としていた。
僕の目と彼女の目を定規で一直線に結んだように、お互いが見つめ合ったまま、身動き一つ取らなかった。
突然の出来事で僕の頭の中は真っ白になっていた。
「マティーニでございます。」
マスターの一声が沈黙を破った。
その瞬間、彼女はどうしたら良いかわからないような複雑な表情を浮かべながら、怯えるように立ち上がった。
「あの、お勘定・・お願いします」
そう言うと、彼女は千円札をカウンターに置き、僕に向かって小声で囁いた。
「ごめんなさい」
その表情は、何か辛そうで、悲しそうだった。
彼女が僕に向かって一礼すると、背を向けて小走りで店を出て行った。
「あっ、ちょっとっ・・」
僕は立ち上がったものの、追いかけることはできなかった。
嵐のような出来事だった。
何が起こったのか、しばらく把握できないほど、僕は混乱していた。
テーブルに突っ伏し、酔った頭で、冷静に今起こった出来事を整理した。
・・・・
・・・・
あの女性は確かにサキさんだった。
なぜ、僕の顔を見た途端、逃げ出したんだ。
やはり、客と外で会うのは、まずいことなのか・・
僕は嫌われているのか・・
加藤さんの言う通り、もう忘れた方がよいのか・・
悪い考えばかりが頭をよぎり、現実から逃げるようにそのまま眠りについてしまった。
・・
・・
・・
「お客様、お客様、間もなく閉店でございます」
目を開けると、朝日に照らされたマスターの優しげな顔がぼんやりと浮かんだ。
朝・・
確か僕は・・
昨夜の出来事を思い出した時、猛烈な孤独感と絶望感が襲ってきた。
ああああっ
なぜ、彼女は逃げ出したんだ。
やはり、ダメなのか。
僕はお勘定を済ませ、店を出た。
眩しすぎる朝日が、傷ついた僕の身体を突き刺すように照らした。
もう、彼女のことは忘れよう。
それが一番良いのだと思う。
もう終わりだ。




