電話
「こんばんは、あの、佐々木と言います。」
「えぇっ! 佐々木さん? うそぉ えっ どうしよ・・」
電話の向こうの彼女は僕と分かって、明らかに動揺しているようだった。
彼女は僕の名字を知っていたのか。
そっか、きっとお店を予約したから、店員から名前は知らされてるか・・。
何を話せばいいんだ。
落ち着け、落ち着け。
「あ、先程はどうも、ありがとうございました。」
「えっ、いえ、こちらこそ、ありがとうございました。」
「・・あのっ、すみません。遅い時間に。しかも、突然、お電話してしまって・・今大丈夫ですか?」
「あっ・・はい。大丈夫です。 お店終わって、外にいますから。 連絡くれるなんて、うそみたい・・信じられません、うれしいです。」
「手帳のことで、お話が。」
「あっ!! そう、あの・・どうして佐々木さんが私の手帳を?」
「先週の5月7日の夕方、真鶴の海で、あなたらしき人が手帳を落とすのを遠くから見かけて・・」
「えぇっ!・・ あの日、真鶴の海にいたんですか!?」
「はい。浜辺にいました。ただ、落とした手帳に挟んであった名刺を見るまでは、あなただとは分かりませんでした。」
「ぇ・・・・・ 偶然、、・・ですね。」
「はい、僕もしばらくの間、信じられませんでした。」
「・・・・ こんなことって・・あるんですね・・」
「ええ、偶然、、というより奇跡に近いかもしれませんね」
「はい、、、、ホントですね・・・ あ、あの、その、なんというか、また・・会えますか?」
え! なんて答えればいいんだ、、
会いたい、会いたい、、また会いたいよ。
「 ・・ また、会いたいです。あの、来週、またお店に行きます。その時また詳しく話します。」
「え!、お店・・ お店じゃなくて・・その、、んん。・・・・待ってます。 来週、お店に来てください」
「はい、必ず行きます。今日は遅いので、これで。 なんか、すみませんでした。」
「いえ、電話くれて嬉しかったです。」
「じゃ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
ふぅ~。
終わった。
はぁ、はぁ。
すごく緊張した。
「すみません、マスター。お水もらえますか。」
「はい、かしこまりました。」
そう言えば、さっき彼女は、「お店じゃなくて・・」と言ってた。
外で会ってくれるということなんだろうか。
ダメだ。
彼女はソープ嬢で、僕は客。
それは、ダメだ。
あんなきれいな人と僕が!? ダメだ 絶対ダメだ。
アルコールが体中に回り、視界がぼやけてきた。
かなり酔ってしまった。ふらふらだ。帰れるだろうか。
突然、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
「あの、ここ何時までやってますか?」
「朝の5時までやってますよ」
「あ、よかった」
どうやら、女性客が来たようだ。
「・・ すみません。マティーニください」
「かしこまりました。」
かなり酔っていたので、女性の声がかなりぼんやりとこだまするように聞こえてきた。
なんだか、懐かしい声・・
ええっ!! この声・・
僕とは反対側の一番端のカウンターに座った女性の横顔を見て、とても驚いた。
一気に酔いが覚めた。
肩ぐらいまであるしなやかな髪、細くてやさしそうな目、純白の肌。
サキさんだ。
女性もこちらを振り向いた。
「えっっ!!! うそっ!! 佐々木さん・・?」