連絡ください
「やだ、私ったら、もう残り10分しかない。ホントごめんなさい。せっかく来てくれたのに」
「いえいえ、とても楽しかった。」
「そんなことあるわけないです。私、ただ泣いてただけなのに」
彼女は自分の財布から、お札を取り出した。
「今日、私、最初席外しちゃったし、その後もずっと泣いてただけでした。こんなんでお金払ってもらうわけにはいきません。」
彼女は1万円札を4枚取り出し、僕に手渡した。
「これは受け取れません。」
「でも、私・・」
「一緒に居て、時間を共有できただけで、お金以上の価値がありました」
「なんで、なんで、、そんなに優しいんですか?」
「優しくないですよ。本当にそう思ったから・・」
「私、、あなたにもっと早く出会いたかったです。。」
彼女の言葉は本心なのだろうか。
僕も同じことを思っていた。
彼女とだったら、きっと恋愛ができたに違いない。
初めてだ、人を好きになったのは。
いや、これから恋愛をすればいいじゃないか。彼女がソープ嬢であれ、そんなことは全く関係ない。
妹との約束は果たせなくても、彼女は妹に限りなく似ている。
この人を愛さなければ、僕は本当に一生人を愛すことはないだろう。
「あっ そうだ。ちょっと待っててください。」
彼女はペンを取り出し、名刺に何かを記し始めた。
「あの、これ」
彼女が名刺の裏に書いたのは番号とアドレスだった。
「あの・・・もし、迷惑でなかったら、連絡ください。私こんな気持ちになったの初めてなんです。」
「・・・」
僕は何と答えて良いか分からず、ただ彼女に軽くお辞儀をした。
こんな気持ちになったのが初めて・・・ってどういうことだろう。
部屋の電話が鳴り、彼女は受話器を取った。
「はい。・・・わかりました。」 「時間になっちゃいました。行きましょっか。」
部屋を出て、階段を降りた。
「ありがとうございました。」
店員の明るい声が響いた。
僕はこの時、あることを思い出した。
そうだ。手帳。返してなかった。彼女の涙でそのことをすっかり忘れていた。
僕は急いでバックから手帳を取り出し、彼女に手渡した。
「あっ、これ 落としましたよね」
「ええっ!! どうして、これを!?」
彼女はとても驚いていた。
店員に見られているので、これ以上話をすることができず、僕は一礼して、彼女とお別れした。
結局、彼女がなぜ真鶴にいたのかを訊くことはできなかったし、僕が手帳を拾ったことも説明できなかった。
僕が手帳を持っているなんて、彼女は絶対不思議に思うだろう。
ストーカーだと思われたらどうしよう。
彼女が書いてくれたアドレスにメールをしても良いのだろうか。
今日のこと自体、すべて営業なのだろうか。
いや、そんなはずはない。
でも、連絡なんてできない。
女性にこちらからメールや電話をしたことはプライベートでは一度もない。
どうすればいいんだ。