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泡姫  作者: ネンブツダイ
第1章
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帰りたい。

居酒屋の和やかなボックス席が、一瞬にして緊張感漂う取り調べ室のように変わっていった。

本当にこれから行くんだろうか・・。

どうしよう。



「なぁ圭、お前さ、童貞なの・・?」



この質問も、正直に答えるしかないか。



「はい・・そうです。」



「そっか、お前イケメンだから絶対童貞には見えないよ。」




「そうですか・・」



「今日さ、ソープ行こうと思ってたんだ。」




「ソープですか。 ソープって、確か・・」



「そう、本番あり。だから、お前は今日で童貞卒業ってことになる。やっぱ、やめとくか?」



嫌だ。初めての相手がソープ嬢なんて絶対嫌だ。

こう思ったが、僕が発した言葉は考えとは全く逆の答えだった。



「.....構いませんよ。行きましょう。」



酔っているせいなのか、先輩へのこれまでの感謝の気持ちからなのか。

なぜか分からないが、思っていることと逆の事を言ってしまう。



この日は何かがおかしかった。

すべてがぼんやりしていて、まるで夢の中にいるような気分だった。



僕と先輩は居酒屋を出た。

もう5月だというのに、冷たい風が足元と首からすっと忍びこむように入り込んできた。

緊張と寒さで、体が震える。本当に行くのか。嫌だ。家に帰りたい。



高田馬場から山手線で新宿に向かった。

先輩の行きつけの店は歌舞伎町にあるらしい。



新宿駅から徒歩で店に向かった。

歩きにくいほどの人混み、うるさいくらいの騒音、眩し過ぎるネオンの光。

すべてが、僕の緊張をさらに加速させていった。



ある店の前で先輩は立ち止った。


「ここだよ。」


そこはまるでお城のように豪華できらびやかな建物だった。

まるでヨーロッパの神殿のような佇まいで、僕はただ圧倒された。


店の入り口付近には小さな人口の滝が流れていて、流れ落ちた水がしぶきとなって飛び散り、その水しぶきがライトの灯りに照らされ、無数のダイヤのようにキラキラと輝いていた。


こんな高級感溢れる場所で、不純なことするのか。



「おい、どうした? 行くぞ」



「は、はい。」



この時、僕は緊張で心臓が破裂しそうだった。



「いらっしゃいませ」



店員の大きな声が響いた。



「ご予約はございますでしょうか。」



「いや、してないです。写真あります?」



「はい、ございます。今ですね、女の娘がちょうどこの2人でご案内最後になります。」



先輩が手なれた感じで、店員とやり取りをする後ろで、僕は、緊張でガタガタ震えながら突っ立っていた。



「おい、圭」



「は、はい」



「女の娘、もうこの2人で最後なんだって。お前どっちがいい?」



「どっちでも、いいです。加藤さん先に決めてください。」



「いいのかよ、じゃぁこの娘で」



「はい、ミキさんで、それではお客様はこちらの女の娘でよろしいでしょうか」



僕は写真も見ずに、ただうなずいた。



「はい、サキさんでよろしいですね。コースはいかが致しましょうか?」



「60分・・でいいよな? 圭」



「え、はい。大丈夫です。」



「お会計は別々でよろしいですか?」



「一緒でいいです。」



「加藤さん、自分の分は払いますから。」



「いいんだよ、気にしなくて。」



「それでは、お会計御2人様で7万円になります。」


7万ってことは・・1人3万5千円。高いな。



こんなもんなのかな。

先輩には後でお金を払おう。



番号札を渡され、待合室で待つことになった。



先輩はコーヒーを飲みながら、テレビのお笑い番組を見て、声をあげて笑っていた。



その一方で僕は、緊張で何も考えられず、ただ座り込んでいた。


10分くらい待っただろうか。


店員がドアを開けて、待合室に入ってきた。



「番号札12番でお待ちのお客さま、お待たせ致しました。ご案内になります。」



先輩が先に呼ばれた。



「じゃあ、また後でな」



先輩は一切緊張している様子もなく、笑みを浮かべながら楽しげに待合室を出ていった。


その後は、僕一人でただひたすら呼ばれるのを待った。


テレビの音がうるさく感じたので、リモコンに手を伸ばし電源を切った。

すると、かなり静かになり余計緊張が増してしまった。


落ち着こうと新聞を手に取ったが、

文字を見ても全く頭に入ってこない。


先輩が呼ばれてから10分くらい経った頃だろうか。


ガチャっと音がして店員がドアを開けた。

マシンガンのように速かった心臓の鼓動が、一瞬ピタリと止まり、息ができなくなった。



「お待たせ致しました。番号札13番でお待ちのお客様、ご案内になります。」



「は、はい。」



どうすればいい。どうすればいいんだ。


僕は完全に思考回路が停止していた。


もう、嫌だ。家に帰りたい。















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