手紙
妹が亡くなってから、母も父も、僕も抜け殻のようになってしまった。
妹の死から1週間経ったある日、あることを思い出した。
桜が死ぬ間際に言っていた言葉だ。
「私の机の2番目の引き出し・・」
そうだ。確かに桜はそう言っていた。
僕は妹の部屋のドアを開けた。桜が死んでから、僕はもちろん、母も父も彼女の部屋に決して入ろうとしなかった。
彼女の部屋は、きちんと整理整頓されていて、妹の几帳面な性格がそのまま表れていた。
あのときのまんまだ。桜が生きていたあの時の。
彼女がこの世を去ったことが信じられない。
「圭くん。勝手に入らないでよ。何してんの?」
この部屋にいると、今にも妹がこんな風に語りかけてきそうな気がした。
桜、どうして死んだんだ。どうして。
目に浮かんだ分厚い涙の膜に映し出されたのは、桜のやさしい笑顔だった。
涙を拭った自分の小指はとても温かくて、まるで、桜と指切りをしているような感覚だった。
僕はそのまま泣き崩れた。
どれくらい泣いていただろう。いくら泣いても、悲しみは一向に消えなかった。
たった一人の妹を亡くした悲しみは、言葉では言い表せないくらい辛いものだった。
いや、妹・・というより、好きな人を亡くした悲しみは・・。
僕は妹の机の、2番目の引き出しを開けた。
そこには1冊のノートがあり、そのノートには3通の封筒が挟まっていて、それぞれに宛名が記されていた。
お母さんへ、お父さんへ、圭くんへ
僕は自分の名前が書かれた封筒を開けた。
中の入っていた手紙を読み終えた時、
流れていた涙が、一瞬にして止まった。
信じられなかった。
妹は自分が死ぬことをわかっていたのか・・
そんなことあるわけない。
どうしてこんな手紙を、一体いつ書いたんだ。。
聡明な妹らしく、とても、しっかりした文章だった。
7歳でこんな手紙を書く妹を本当にすごいと思った。
いや、冷静に考えれば、子供が書けるような手紙じゃない。
これは、恋してる女が、書く手紙・・そう思えてしまうほど、大人っぽい内容だった。
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圭くんへ
いつもだらしないぞ。
私のお兄ちゃんでしょ。もっとしっかりしてよね。
お母さんとお父さんの言うことちゃんと聞かなきゃだめだよ。
でも、私にとっては
世界一やさしくて、世界一頼りになる自慢のお兄ちゃんだよ。
いつも、すっごくやさしくしてくれてありがとう。
浜辺での約束覚えてますか?
あの約束、実現させようね。
私がもし死んだら、生まれ変わるから。
他人同士だったら、約束果たせるでしょ。
同じ名前で、1年後に生まれ変わるから・・
必ず私のことつかまえてよね。
また、必ず会おうね。
桜より
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桜・・
また会いたい。また会いたい。また会いたい・・・
この手紙を読んでから20年、僕は女性との恋愛を一切断ち切った。
どんなにきれいで、どんなに性格のいい人に出会っても、恋愛感情を抱くことは絶対になかった。
桜が死んだときから、人を好きになる感情が、消え失せてしまった。
いや、そうじゃない。
きっと20年間、桜だけを本気で愛し続けているから、他の人を好きになれないんだと思う。
彼女以上の人は絶対この世に存在しない。
桜。また会えるって、信じてる。
それまでは、誰のことも好きにならない。
あの浜辺で約束した日から、僕は桜に恋をしてしまったんだ。
永遠に叶うことのない恋かもしれない。
でも、一生かかってでも、叶えてみせる。