約束
衝撃の告白だった。
桜とは今まで一度も、異性の話などしたことはなかった。
幼いながらも、賢い妹がなぜあの時あんなことを言ったのか、20年経った今も分からない。
全身が硬直し、金縛りのような状態に陥った。
そんな中、桜は容赦なく言葉を続けた。
「圭くんは、私のこと・・好き?」
僕は、一気に咳込んだ。普通に呼吸することができないくらい、動揺していた。
何か答えないと・・ 何か・・。
妹の性格はよく知っている。
冗談でそんなことは絶対言わないし、
何より、彼女の真剣な態度が、その言葉が本心であることを十分過ぎるほど示していた。
僕はゆっくりと深呼吸をし、言葉を発した。
「桜は・・やさしいし、んん、、可愛いし、・・・大切な妹だよ」
「・・好き?」
「えっ!・・・・ もちろん・・好き、だよ」
妹に対して、「好き」と言っている自分が信じられなかった。
今話している女性は本当に桜なのか。
そう疑わざるを得ないほど、現実では考えられない出来事だった。
妹はさらに、言葉を続けた。
「大人になったら、結婚してくれる?」
「!!・・・」
桜は一体何を言ってるんだ。
7歳の幼子とはいえ、それが不可能なことぐらい賢い桜にはわかってるはずだ。
恐る恐る言葉を発した。。
「それは・・無理だよ」
「どうして?」
「どうしてって・・」
「ねぇ、圭くん。どうして結婚できないの?」
「だって・・」
僕はまともに桜の顔を見ることはできなかったが、確実に、彼女は僕の顔をしっかりと見つめていた。
「兄妹だから?」
「!! 」
わかってるのに、なぜ訊くんだ・・
「そうだよ。兄妹は結婚できないだろ。桜、今日大丈夫か? 絶対変だよ」
「圭くん、約束して」
「何・・を?」
「大人になったら、結婚してほしい。法律的に無理でも、一緒に居てほしい。」
一緒に・・って。今日は一体何なんだよ。全部冗談なんだろ? 冗談だって言ってくれ。
僕はこの会話を一刻も早く終わりにしたかった。
「・・・わかった。 ずっと一緒に居よう」
本心ではなかった。とりあえず、早くこの状況を終わらせるために、こう言うしかなかった。
すると、妹は小指を僕の方に差し出した。
「指切りしよ」
「・・・わかった」
ゆ~びき~り げ~んまん うそついたら
はりせ~んびん の~ます ゆびきった
この日、僕は妹と約束してしまったんだ。
この時の光景が、鮮明に僕の記憶に焼き付き、それから20年もの間、この夢を見続けている。
しかし、この約束は二度と果たされることはない。
指切りをした後、僕たちは家に戻った。
お互い無言で、とても気まずい帰り道だった。
しかし、家に帰ってからは、いつも通りの普通の桜に戻っていた。
さっきは何だったんだろうと思うくらい、何事もなかったかのようにお互い接した。
その後も、一切その話は出ず、いつしか僕は「あれは夢だったんだ」と思うようになっていた。
浜辺での約束から2ヶ月経った5月7日、妹は死んだ。
急な出来事だった。桜は風邪をこじらせ、肺炎にかかった。
もともと身体の弱かった妹は、そのまま帰らぬ人となった。
妹が死ぬ間際、病院のベッドでか細い声でこう言った。
「・・圭くん 私の机の2番目の引き出し・・」
その時、彼女は小指を立てた右手を弱弱しく僕の方に向けた。
僕は黙って、その細く小さな小指に、自分の小指を絡めた。
この瞬間、僕は誓った。
妹のために、あの約束は絶対守るって。