告白
1991年 3月10日
この日の出来事が僕の運命を大きく変えた。
この時、妹の桜は7歳、僕は9歳だった。
両親が親戚の墓参りに行くということで、
僕と桜の2人だけで留守番をすることになった。
この日は学校が休みで、家で2人でのんびり過ごしていた。
夕方の4時を過ぎた頃だっただろうか、桜が僕にこんなことを言いだした。
「圭くん、海行かない? 行こう」
僕はこの時、とても驚いた。
両親から、くれぐれも、危険だから2人だけでは海に行かないようにと言われていたのだ。
この頃、桜はまだ幼かったが、いつも両親の言いつけをしっかりと守っていて、逆に僕のやんちゃな行動を常に監視し、いつも僕に注意していたほどだ。
それが、この日は桜の方から両親の言いつけを破るようなことを言い出したのだ。
「ダメだよ。お母さんに言われてるだろ?」
すると彼女は懇願するような、必死な目で僕を見つめた。
「大丈夫、砂浜までだから。お願い。お兄ちゃん」
今まで、妹にお兄ちゃんと呼ばれたことなど一度もなかった。
なぜこの時、彼女はこんな言い方をしたんだろう。
「お、お兄ちゃん・・? どうしたんだよ 急に。 分かった。行こう」
妹がなぜ言いつけを破ってまで砂浜に行こうと言ったのか、不思議でならかったし、こんな妹を見たのは初めてだった。
僕と桜は家を出て、砂浜に向かって歩き出した。
眩しくて、それでいてやさしい光を放つ夕日が、海と砂浜を見事にオレンジ色に染めていた。
「きれい」
柔らかな夕日の光線に照らされた妹は、まるで大人の女性のように美しく見えた。
僕たちは砂浜に腰をおろし、2人でぼんやりと海を眺めていた。
この直後、妹が発した言葉がこれから20年間、僕を苦しめ続けることになろうとは、この時は考えもしなかった。
「ねぇ、圭くん。」
「ん?」
「好きな人・・いる?」
「え!? なんだよ。急に! 桜、今日おかしいよ」
「答えてよ」
「んん・・」
この時の会話は今もはっきりと覚えている。
まだ7歳の妹が、僕に好きな人がいるかと訊いてきたのだ。
もちろん、これまで兄妹同士でこんな話をしたことはない。
この日の妹はまるで別人だった。
水平線に浮かぶ夕日の不思議なエネルギーが彼女の心を大人の全く別の女性に変えてしまったとでもいうのか。
僕は言葉に詰まった。
「んん・・そんなの、考えたことないよ。」
「そう。。」
「なんで急にそんなこと聞くんだよ?」
「私、好きな人がいるんだ。」
僕はとても驚き、勢いよく体ごと桜の方を向いた。
すると彼女は恥ずかしそうに下を向き、組んだ腕に額をピタリとつけた。
体育座りの彼女は殻にこもったヤドカリのように、
一向に顔をあげようとしなかった。
2人の間にどうしようもないくらい気まずい空気が流れた。
この状況を一刻も早く打破すべく、僕は妹に問いかけた。
「同じクラスの子?」
妹は下を向いたまま頭を振った。
「わかった。聡だな。あいつと桜、仲いいから」
妹はまたかぶりを振り、小声でつぶやいた。
「違う」
「誰だろ・・ まさか先生!?」
「違うよっ」
怒ったようにそういうと、彼女は突然立ち上がった。
夕日に照らされた桜の横顔は、小さな女の子ではなく、明らかに大人の女性の顔つきだった。
彼女は夕日をまっすぐ見つめ、大きな声で叫んだ。
「わたし、圭くんのことが好きっ」
僕はその言葉を聞いた瞬間、呼吸も、心臓の鼓動も、手足の動きも、何もかもが一瞬にして止まった。
僕の身体のすべてが、いや時間そのものが止まったかのようだった。