妹
列車の窓から見える青々とした海を、懐かしい気持ちで眺めていた。
東京を出てから約2時間、ようやく目的の駅に到着した。
列車のドアが開いた瞬間、懐かしい潮風の香りと街の温もりを肌で感じ取り、この街に住んでいたあの頃にタイムスリップしたような錯覚に陥った。
神奈川県 真鶴町
僕はここで生まれ育ち、高校卒業までをこの町で過ごした。
父と母は4年前に交通事故で他界し、住んでいた家も売ってしまったので、今はここへ来ても帰る場所はない。
しかし、この真鶴の海は僕にとって思い出の場所だ。
夢に出てきた少女が死んでから20年間、僕はこの海辺で彼女と一緒に居る夢を見続けている。
駅の改札を出て、僕は海に向かって歩き出した。
懐かしい。
田舎の素朴な景色も、波の音も風の香りも全く変わっていない。
砂浜に辿り着き、僕は改めて大きく深呼吸をし、海の懐かしい空気を思いっきり吸い込んだ。そして、持ってきたビニールシートを砂浜に敷き、腰を下ろした。
バックから銀座で買ったクッキーの箱を取り出し、シートの上に置いた。
西の空にある太陽が、少しづつ光を弱め、ナメクジよりも遅いスピードで水平線を目指していた。
腕時計の針は4時半を指していた。
僕は海の彼方を眺め、ただぼーっと時の流れに身を任せていた。
気がつくと、夢で見るのと全く同じ景色がそこには広がっていた。
海も砂浜も、夕日の色に染められ、オレンジ色に美しく輝いていた。
夢と違うのは僕の隣に、幼い少女がいないことだけだった。
その幼い少女は20年前に死んだ。
歳は7歳だった。
その女の子は・・僕の妹。
名前は桜という。
そう、僕は死んだ妹の夢を20年間も見続けている。
不思議な妹だった。
歳は僕より2つも下なのに、妙に大人っぽくて頭が良かった。
子供なのに、経済や金融のことをよく父親に質問していた。
妹のくせに、僕を上から見るような態度をとっていて、腹立たしくも思っていたが、そこがまた可愛いところでもあった。
桜は僕の実の妹だが、全く妹という感覚はなかった。
兄妹というよりは、かなり親しい友達のようだったと思う。
僕は妹が死ぬ2ヶ月ほど前までは、妹に対してなんら特別な感情などは抱いたことはなかった。
しかし、ある日僕は妹からある告白を受け、特別な感情を抱くようになっていった。
その告白が、僕に大きな衝撃を与え、今もその夢を見続けている。