夢
「ねぇ、圭くん。どうして結婚できないの? 」
砂浜に打ち寄せる波の音をかき消すかのように隣にいる幼い少女の声が響いた。
僕は言葉に詰まってしまった。
「だって・・」
西の空にぼんやりと浮かぶ夕日の柔らかい光線が、僕たちの顔をやさしく照らした。
僕は横目で彼女の顔をちらちらと見た。
彼女はオレンジ色に輝く砂浜のじゅうたんの上で、体育座りをしながら腕を組み、可憐な瞳で僕を見つめていた。
海辺の夕日の不思議な光で、まだ幼い彼女の顔はまるで大人の女性のように力強く美しく見えた。
・・・・・
目を覚ますと薄いカーテン越しに、太陽の明るい光りが目に入った。
はっ、夢か。
夢・・
またあの夢を見てしまった。
今日、5月7日は夢に出てきたその少女の命日。
彼女が死んでから、ちょうど20年になる。
20年間、僕はこの夢を見続けている。
時計の針はちょうど12時を指していた。
そうだ。昨日僕は先輩と飲んでいて、その後・・。
その後・・。
しばらくその後のことが思い出せなかった。
・・そうだ。僕たちはソープランドに。
あれから、ちょうど12時間。
まるで、1ヶ月も前のような遠い過去の出来事に感じた。
目を閉じると、ソープランドでの60分間の記憶が少しずつ蘇ってきた。
彼女の姿が頭の中でゆっくりと再現され始めた。
セミロングの髪、細い目、懐かしい声の響き、やさしい笑顔。
彼女の輪郭が頭の中で明確に形づくられようとしたその時、先輩の加藤さんの一言が頭の中に響いた。そして一瞬にして彼女の姿が打ち消されてしまった。
「もう、その子のことは忘れた方がいい」
そうだ。先輩の言う通りだ。現実を見よう。忘れろ。忘れるんだ。
僕は着替えて、銀座に向かった。
向かった先はクッキーの専門店KID-G。こじんまりとしたお店だが、手作りのやさしい味わいのクッキーが人気だ。
実は昨日ここでクッキーを買ったのにはわけがある。
5月7日、その人の命日には毎年ここのクッキーを買って、ある場所に行く。
そのために買ったものだった。しかし、僕は昨日ソープ嬢と一緒にその大切なクッキーを食べてしまった。
今思い出しても、よく分からない。なぜ彼女に大切なクッキーをプレゼントしてしまったのか。
僕はクッキーの詰め合わせを買い、電車に乗った。
これから、ある場所に向かう。
その場所は、夢で見た美しい海辺の砂浜。