一介の護衛騎士に過ぎない俺が、婚約破棄された姫様の婚約者役で夜会に出席することになったんだが!?
「あなたが私の護衛騎士のギルね? 今日からよろしくお願いするわ」
「――!」
俺が第三王女殿下であらせられる、エレン様の護衛騎士に就任したその日。
初めて謁見したエレン様のあまりの神々しさに、俺は脳を焼かれた――。
天変地異が起きようと微塵も動揺しなそうな、凛とした佇まい。
全てを見透かされているかのような、真っ直ぐな蒼い瞳。
そして振り回せば棍棒としても使えるのではないかというくらい、ぶっとい金髪の縦ロール――!
――これが王族のオーラ……!
この瞬間、俺は心に誓った――。
「ハッ、このギル・ベインズ、命に代えましても、エレン様のことをお守りいたします」
俺は片膝をついて右手を心臓に当て、頭を下げることでエレン様に忠誠を誓った。
「いえ、それはダメよギル」
「……え?」
エ、エレン様……?
「もしも私を守るためにあなたが命を落としてしまったら、私はとても悲しい気持ちになるわ。――だからあなたは、自分の命も守ったうえで、私のことも守りなさい。それがプロというものでしょう?」
「――!!」
エレン様――!!
「ハッ! 仰せのままにッ!」
感極まった俺は心臓に当てた手をグッと握り、拳を震わせた。
「フフ、面白い男ね」
――こうして俺の、エレン様の護衛騎士としての生活が幕を開けたのである。
――そして半年の月日が流れた。
「……マーヴィン様、遅いですね」
「そうね」
今日は年に一度の、王家主催の大規模な夜会当日。
国中から権力者たちが集う非常に重要な夜会なのだが、開場の時間になっても、エレン様の婚約者である、エッジワース公爵家の嫡男、マーヴィン様の姿が見えなかった。
この夜会では婚約者のいる女性は、婚約者にエスコートされて参加するのがマナーとされている。
なのでマーヴィン様がいらっしゃらないと、いつまで経ってもエレン様は会場に入れないのだ。
こんな大事な日に、いったい何をやってらっしゃるんだ、マーヴィン様は!?
「やあ、エレン」
「――!」
その時だった。
遅刻したことを詫びもせず、ヘラヘラした笑顔を浮かべながら、マーヴィン様が現れた。
だがこの瞬間、俺は目の前の有り得ない光景に絶句した。
――マーヴィン様は、男爵令嬢のメレディス嬢をエスコートしていたからだ。
なっ!!?
「あら、これはどういうことかしらマーヴィン? 私にはあなたが、メレディス嬢をエスコートしているように見えるのだけれど?」
「ああ、その通りだよエレン。――僕はやっと気付いたんだ。僕が本当に愛してるのは、君じゃなくメレディスだってね」
そ、そんなッ!?
「だから申し訳ないけど、君との婚約は破棄させてもらうよ。これからメレディスを父上に紹介しようと思ってるんだ。メレディスも、父上にちゃんと自己紹介できるよね?」
「はい、頑張ります!」
エレン様のことを蔑ろにして、二人だけの世界を醸し出しているマーヴィン様とメレディス嬢に、にわかに頭に血が上る感覚がした。
俺はこの半年、エレン様がマーヴィン様の妻となるために、血の滲むような努力を重ねてきた姿をすぐ側で見てきた。
公務で他国に出張した際は、その地から手紙を添えてマーヴィン様にプレゼントを贈るのを欠かさなかったし、エッジワース公爵領の領地経営を手伝うために、専門の講師を雇って経営学の勉強にも勤しんでいた。
――そんなエレン様の献身を、この方は踏みにじったのだ。
絶対に許せないッ!
「お、恐れながら申し上げますッ!」
「ん?」
気付けば俺は、声を上げていた。
「エレン様とマーヴィン様の婚約は、王家とエッジワース公爵家との間で取り決められた、絶対的なものです! それを一方的に破棄するなど、いくらマーヴィン様でも問題になるかと存じますが!」
「ふうん、一介の護衛騎士の分際で、この僕に意見するとは、イイ度胸だね?」
「――!」
マーヴィン様は静かな圧を放ちながら、俺と鼻が付きそうなくらいの距離まで、顔を寄せてきた。
マーヴィン様の放つオーラは、同じ高貴なものでも、エレン様とはまた違った、独善的で選民思想にまみれたものだった。
自分より身分の低い人間は、道端で干からびているミミズ程度にしか思っていないような、冷たい目をしている。
「僕がその気になれば、君みたいな木端騎士の人生くらい、どうとでもできるってことを教えてあげようか?」
……クッ!
「で、ですが――!」
「もういいわ、ギル」
「っ!」
エレン様――!?
「マーヴィン、あなたの気持ちはよくわかったわ。この婚約破棄、受け入れてあげる。どうぞメレディス嬢とお幸せにね」
なっ!?
「ハハッ、流石エレン。話が早くて助かるよ。じゃあね。君の幸せも、陰ながら祈ってるよ。さあ、行こうかメレディス」
「はい!」
マーヴィン様とメレディス嬢は、ハチミツみたいに甘い空気を醸しながら、会場に入って行く。
俺はそんな二人の背中を、震える拳を握りながら睨んでいた。
「……エレン様、本当によろしかったのですか?」
エレン様はマーヴィン様のことを、あんなにも想われていたというのに――。
「ええ、別に構わないわ。だって私はマーヴィンのことなんて、全然好きじゃなかったもの」
「……え?」
えーーー!?!?!?
「却って清々したくらいよ。むしろあんな事故物件を貰ってくれて、メレディス嬢には感謝したいくらいだわ」
「で、ですが、エレン様はマーヴィン様に欠かさずプレゼントを贈ったり、結婚後のために、領地経営のお勉強に励まれていたではありませんか!?」
あれらはひとえに、マーヴィン様に対する愛情からでは!?
「あれは王女としての最低限の義務を果たしていたに過ぎないわ。ノブレス・オブリージュってやつよ。――でもあっちから婚約を破棄してくるとなれば話は別。これで私は晴れて自由の身! ひゃっほう! テンション上がってきたわ!」
「エレン様???」
エレン様は、まるで下町を駆け回る少女のように、溌剌とされている。
常に凛とされている普段とのあまりのギャップに、俺の脳は完全にフリーズした。
……この半年俺が見てきたエレン様のお姿は、あくまで一面に過ぎなかったということか。
「でも、困ったわねぇ。この夜会は、私一人じゃ入れないわ」
あ、確かに……。
本来であれば、マーヴィン様にエスコートしていただく予定でしたものね。
「と、いうわけでギル、今夜はあなたが私の婚約者として、私をエスコートしてちょうだい」
「………………は?」
エレン様???
今、何と???
「じゃ、行くわよギル。レッツラゴー!」
「エ、エレン様ッ!?」
エレン様は俺の左腕にギュッと抱きついてきたかと思うと、そのままグイグイと会場に入って行ってしまったのである。
えーーー!?!?!?
「やあ、これはお久しぶりですエレン様。また一段とお美しくなられましたな」
会場に入るなり、恰幅の良い老紳士に声を掛けられた。
あわわわわわわわ……!?
「ああ、お久しぶりです。紹介するわねギル。こちらはニャッポリート出版という出版社を経営されている、ウェンゼル氏よ」
「どうも、ウェンゼルです」
「あ、ああ、ど、どうも!」
「さあ、あなたも自己紹介を」
マ、マジでこのまま、俺がエレン様の婚約者というていで進めるんですか!?
……クッ、とはいえ、ここでエレン様に恥をかかせるわけにはいかない!
何か言わなければ!
ちゃんとした自己紹介を!
相手は出版社の社長……!
出版社出版社出版社出版社……。
「た、単行本の帯が、なかなか捨てられないギルですッ! 特に『〇〇先生推薦!』系のやつで、好きな作家が好きな作家を推してると、こっちまで嬉しくなるので……!」
うおおおおおおお!!!!
何言ってんだよ俺はあああああああ!!!!
相手は大手出版社の社長だぞ!?!?
こんな庶民丸出しの自己紹介、ドン引きされるのがオチだ!!
「ハハハ! わかりますわかります! 私もそうなんですよ!」
お、おや?
思いの外ウェンゼル氏にはウケたみたいだぞ?
「あの帯も、我々は丹精込めて作ってますからね。大事にしていただけるのは、嬉しいことです」
「あ、いえ、どうも……」
「エレン様、なかなか見所のある青年ですな、こちらの方は」
「フフ、そうでしょう。私の自慢の婚約者なんです」
いや、本当は俺は婚約者じゃないんですッ!
一介の護衛騎士に過ぎないんですッ!!
この後、エレン様はウェンゼル氏と暫く談笑を重ねていたが、俺はずっと放心状態だった。
「それでは私はこれで」
「ええ、また後でゆっくり」
そして気が付くと、ウェンゼル氏が笑顔で去って行くところだった。
「エレン様! やっぱり俺には無理です! 俺なんかが、エレン様の婚約者役なんてッ!」
「あら、でもウェンゼル氏はあなたのこと随分褒めてらっしゃったわよ? あなたは放心して聞こえてなかったかもしれないけど、『この彼とならきっと幸せな家庭を築けますよ』って、太鼓判を押してくださってたわ」
「え? そうなんですか?」
「これはこれはエレン様、ご無沙汰しております」
「――!」
その時だった。
今度はメガネをかけた中年男性が、エレン様に声を掛けてきた。
あわわわわ……!?
「ああ、お久しぶりですわ。紹介するわねギル。こちらは動物病院を経営されている、ラルフ氏よ」
「どうも、ラルフです」
「あ、どどどどど、どうも!」
「さあ、あなたも自己紹介を」
うおおおおおおお!!!!
こ、今度こそヘマはできない!!!!
いったい何を言えばいいんだ……!?
何を言えば――!!
相手は動物病院の院長……!
動物病院動物病院動物病院動物病院……。
「あ、あの、猫カフェに行っても、猫ちゃんに嫌われるのが怖くて、猫ちゃんが撫でられないギルです! なので、遠目からジッと猫ちゃんを眺めているだけで90分が過ぎます!」
俺のバカヤロオオオオオオオオオ!!!!
まったくさっきの反省が活かせてないじゃないかッ!!!!
「ああ、わかりますわかります! 私もそうなんですよ。病院の匂いが身体に染みついているらしく、猫カフェに行っても猫ちゃんに避けられてしまうんです。でも、遠くから眺めているだけでも、猫ちゃんは私たちに元気を与えてくれますよね」
「え? ええ、ああ、そうですよね」
おやおやおや?
これまた意外と上手くいったか?
「流石エレン様。男性を見る目がおありですね」
「フフ、恐縮ですわ」
いやですから、俺は一介の護衛騎士に過ぎないんですがッ!!
こうしてこれまた俺が放心しているうちに、いつの間にかラルフ氏は去って行った。
「エレン様! お願いですからどうかお考え直しください! やっぱ俺じゃ、エレン様の婚約者役は荷が重すぎますッ!」
「あら、でもラルフ氏は、今度是非あなたと一緒に猫カフェに行きたいって仰ってたわよ」
「え? そうなんですか?」
「エレン、半年ぶりだな」
「元気にしてた?」
「――!!」
その時だった。
次にエレン様に声を掛けられた人物――それは他でもない、エレン様のご両親であらせられる、国王陛下ご夫妻だった。
うおおおおおおおおお!!!!
マズいマズいマズいマズい――!!
ご夫妻は俺がエレン様の護衛騎士になる直前に公務で隣国に旅立たれ、つい先日帰国されたばかりなので、今日は実に半年ぶりの、親子の再会なのだ。
――だというのに、エレン様は婚約者であるマーヴィン様ではなく、護衛騎士の俺にエスコートされている!
これは何と説明すればいいんだッ!?!?
「お久しぶりです、お父様、お母様」
「おや? マーヴィンは一緒じゃないのかい?」
「ええ、実はつい先ほど、マーヴィンに婚約を破棄されてしまいまして」
エレン様ッ!?!?
言っちゃうんですかそれ、正直にッ!?!?
「おやおや、それはそれは」
「あなたも大変だったわね、エレン」
あれ???
意外とお二人とも、リアクションが薄いような???
「でもご安心ください! もっと私に相応しい婚約者を見付けてますから! さあギル、お父様とお母様に自己紹介を」
「っ!!?」
エレン様ッ!!!!
ここでお二人に俺を婚約者として紹介したら、もう引き返せなくなりますよッ!!!!
――――クッ。
「ギ、ギル・ベインズです! エレン様のことは、この命に代えても、生涯お守りいたします! あ、いや、やっぱり俺が死んだらエレン様が悲しまれるので、自分の命を守ったうえで、エレン様のことも絶対お守りしますッ!」
うわあああああああああ!!!!
言っちまったああああああああああ!!!!
「ハハハハハ!! これはイイ!! 流石私の娘だ! 男を見る目があるじゃないか」
「ウフフ、今度ゆっくり、一緒にお茶しましょうね、ギル」
「え? あ、は、はい、是非」
あれれれれれ???
何故か一瞬で受け入れられたぞ???
「……エレン、すまなかったな、国のためとはいえ、マーヴィンと婚約させてしまって」
「ごめんなさいね、エレン」
「いえ、いいのです。――今はこうして、私も本当に愛する人と巡り会えたのですから」
「――!」
エレン様が蕩けるような笑顔を、俺に向けてくださった。
う、うわああああああああああああああああああああああああ(尊死)。
「こんの、バカ息子がああああああああ!!!」
「ぶべら!?」
「きゃあっ!? マーヴィン様!!」
「「「――!!」」」
その時だった。
怒号が聞こえたので振り返ると、そこにはエッジワース公爵閣下に殴られて鼻血を噴き出しながら倒れているマーヴィン様に、メレディス嬢が駆け寄っているところだった。
「貴様をエレン様と婚約させるために、私がどれだけの手間と金をかけたと思ってるんだ、この穀潰しがッ!!」
「う、うわああああん!! お許しください、父上ええええええ!!」
マーヴィン様を容赦なく何度も踏みつけるエッジワース閣下。
マーヴィン様は為す術なく、頭を抱えて泣きじゃくっている。
嗚呼、だから俺は言ったのに……。
「アハハハハハ!! ざまぁないわマーヴィン! アハハハハハ!!」
そんなマーヴィン様のことを指差しながら、エレン様は腹を抱えて爆笑している。
その様が何とも愛おしくて、この人を必ず幸せにしてみせると、俺は心に誓ったのだった――。
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)




