私は今日も普通を歩く
これは私の人生の話だ、特に何の変哲もない。
私は何の障害も持っていない。
それだというのに世界はとても生きづらく感じる。
私には家族がいる。
高校生になっても家族は誰も死んでいないのだから恵まれていると思う。
普通に学校に通って、パソコンだって買ってもらえてこうして字を打てている。
これは恵まれた環境で、とても幸せなことだ
私はとても恵まれている。
これを読んでいるあなたも、これを変える金を持っているのだから幸福だ。
私は自分の思想を並べて金銭を稼ぐことしかできない。
けれどこの世界には私のこんな何気ない文章を読む時間がある人がたくさんいる。
私はとても幸運だ。
恵まれた人間なんだ。
友達だっている。私は幸運だ。
いじめられたこともないし、毎日食べるものがある。
こんなにきれいな国に生まれたんだから。
国ガチャだって生まれた時点で大当たりだ。
例え、被爆国だとしても、私は幸運だ。
今の私はSNSで多くの海外の人と関わることができる。
私はとても幸運だ。
悩みを相談できる友人がいる。
一緒にご飯を食べる相手がいる。
働き先がある。
学びを深める寿ができる場所もある。
私は生まれてこのかた、とても幸運な人生を送ってきた。
私はとても満たされているはずだ。
だって何も辛い事なんてないんだから。
これで辛いなんて言ったらとても贅沢者だ。
その贅沢者が私だ。そして、貴方だ。
生まれてこの方、何の不自由もなかったくせに、学校がだるいだとか、働きたくないだとか、アイツが嫌いだとか、このゲームはクソゲーだとか、あの女は口が軽いだとか、あの男は前戯が下手くそだとか、アイツは仕事ができないだとか、あの子は顔が可愛いけど性格が悪いとか、私は鼻がコンプレックスで~とか、そんな事ばかり言っている貴方と私だ。
私は生まれて三年くらいして大好きだった祖父が死んだ。
初めは何が何だかわからなくて、ただ寂しくて泣きもしなかった。
でも母がおかしくなり始めて気づいた。
祖父がもう帰ってこない事に。
私は母方の祖父の家に行く機会が増えた。
母の心のよりどころはきっと祖父だったんだろう。
母はそのころの記憶がないらしいが私にはある。
そんなことした記憶はないと言われるが、私にはある。
母は私に暴力をふるっていた。
母の記憶にはない。
母は祖父が死んですぐに弟を産んだ。
弟が生まれる前に祖父が死んだから弟は祖父を知らない。
私は祖父が大好きだった。
弟が祖父を奪ったとでも思えるほどすれ違いだった。
私は、祖父が大好きだった。
弟に離乳食を食べさせていた時、私は母の腕をつかんだ。
子どもだから構ってほしかった。
私も祖父がいなくなって寂しかった。
けれど寂しかったのは私だけじゃなかった。
母も寂しかった。
母は私の手を振り払って私はテレビ台に頭をぶつけた。
たんこぶができていたのを今でも忘れない。
痛くて泣いても母は私には見向きもしなかった。
兄だけは私にティッシュをくれて私の涙をぬぐってくれた。
その当時、私は四歳、兄は五歳だった。
私はその瞬間、なんでかまってくれないのと思った。
勿論、私は子供だったからそれをそのまま母に伝えた。
どう見ても忙しいでしょ、みたらわかるじゃない。
母はそう言って声を荒げた。
母はそのあと普通に弟にご飯を上げていた。
私の方を一瞥する事もなかった。
私は一人で泣いていた。
祖父がいなくなってから、私の家は少しおかしくなった。
父を怒らせると、私は二階の真っ暗な部屋に連れていかれた。
そこは寝室だったけどその時は監獄みたいに思えた。
父は私や兄をベッドに投げると体育座りをさせた。
そして何度も何度も、叱責されながら足をたたかれた。
痛かったし辛かったし、私は暗い場所が怖くなった。
今でも怖いし、暗い場所なんて私はできれば行きたくない。
そのあとも小学校低学年くらいまでそんなことが続いた。
二年生の時、私の授業参観を母が見に来た。
先生が分かるかどうか聞いて、みんなが手を挙げる。
私は母の方を見た。
できるでしょ?手を上げたら?
なんて私の方を嬉しそうに見る母。
私はそんな母の目が嫌で目を逸らしてしまった。
ふてくされた態度だっただろう。
母は家に帰るまで口を利かなかった。
家に勝った昼下がり、母は私の腕をつかむと壁に投げた。
小さい私は簡単に飛んで行った。
また頭を打って、立てない私を母は足で蹴った。
辛いと思ったが、もうどうでもいいと思えた。
どうでもいいと思いながらも二十歳まで生きてきた。
普通に恋人はできたし、友達もできた。
私は全人類がうっすら嫌いでも、それでも生きてきた。
当たり前にこんな幼少期を送ったから人間不信だ。
これで人を信用できる人間の方がどうかしているし怖い。
何も知らない弟は結構まともに育った。
父や母のようなヒステリック性は感じられない。
むしろ私の方が年々ヒステリックになりつつある。
そんな自覚があっても何もしてないから、大丈夫だろう。
私は人を叩いたりできないし、叩こうとした自分の手が震えるし叩こうとした手で自分を叩いて戒めにする。私はそれくらい心が丈夫で不安定だ。
人を信用できないと相談だってする気になれない。
困ってとりあえず愛想笑いするから、人当たりいい子だと思われることもある。
私は人が苦手だからなるべく波風立たずに、人と過ごせるように努力してきた。
その結果がこれだと思うと皮肉で、ものも言えない。
私は自分が育ってきた環境のおかけで人の顔色で考えている事が分かるようになった。
表情や気配でなんとなくの気分を察する事ができるようになった。
何にもうれしくない成長の仕方をしてしまった。
私は人を信じれないから恋人だって長続きしない。
人の心が離れる瞬間に怖くなって自分から振ってしまう。
こんな私と一緒に居れる人はきっといないだろう。
私はきっと人間に向いていないと思う。
私には普通が解らない。
大多数の意見を想像もできない。
変わっているね、なんて言われるのは日常茶飯事だ。
私は普通の家庭を知らない。
私は普通の生活を知らない。
そもそも普通という概念が解らない。
当たり前だとかもよく解らない。
人によって違うはずなのに、どうして打ち合わせもせず、皆同じことが言えるのか。
私は本当に人という営みが解らない。
どうすれば解るのか。
人間なんて解らない事だらけだ。
どうしてそんなに人は群れるんだろうか。
私には解らない。
どうして人を愛するなんて簡単に言えるのか。
私には解らない。
どうして人は自分の正しさを証明したくなるのか。
どうして人は他者を指さし笑うのか。
どうして人は人を殺すのか。
どうして人は人であるのか。
私はそのどれもが解らない。
理解できないし、善悪の判断もできない。
私には解らない事が多すぎる。
人が人を嫌いになる理由も何もかも。
私には何も解らない。
解る為には何をしたらいいのか。
理解するためには、判断材料を揃える為には、
その本質を知る為に、私はどうしたらいいのか。
朝起きて、母が一階のキッチンから私を呼ぶ声がする。
それに何となく返事をして、起きてすぐに着替えて、制服に着替えて、メイクをして、そのまま朝ごはんも食べずに家を出る。いつも通りの朝だ。
自転車を漕いで翻るスカート。
いつも通り、肛門にいる先生に挨拶をする。
何も問題ない日常に、思わずため息が出た。
授業中、日付で出席番号を決めて当てられる。
音読とか、数学の問題だとか、全部ため息が出る。
わかんない問題もあったりするけど、授業自体は嫌いじゃないのにね。
窓の外はまだ日が明るくて、時計は正午前を指している。
こんな日が一生続くのだと思うと悪い気はしない。
犯罪とは無縁の生活、警察とのかかわりなんてない。
至って平凡な生活で、代り映えしない。
別に不満があるわけじゃないけど、仕方がない。
私がそんな不満を抱いたって周囲が急に変わったりしない。
だから私は人に期待なんてしない。
そんな期待に意味はない。
そう解っているから、私は何も思わずいられる。
だって何かしたら、私は悪い人になっちゃうし、それは多分、普通じゃないから。
私は普通でいないといけないから、私は悪い事をしようだなんて思わない。
母にも幼い頃から言われてた。
「普通が一番いいんだよ」とか「普通がいいに決まってる」って。
だから私は今日も何も言わない
余計な事とか、思ってる事を言っても何も意味がない
どうせ誰にも解られないし、解ってほしいとも思えない、
自分以外に自分を理解されていると思うのも気持ち悪い
目の前の何も知らない人間が私を理解してるなんて考えたくもない
私の過去も、それによって生まれた価値観も、価値観からできた性格も、何も知らない他人がどうして、たった数語で私を否定できるんだろう
そんなことを考えながら自転車を降りて電車に乗った。
いつも通りの帰り道、かっこいい他校の制服の男子がいる。
かっこいいかは解らないけど同じクラスの女の子がこの間そんなことを言っていた。
ただの気まぐれで、声をかけてしまった。
この人がどんな人なのか、友達から聞いてて知ってたのに。
「あの、よかったらインスタ交換しませんか」
「え、ああ、どうぞ」
そう言って、戸惑いながらも交換してくれた。
交換してくれると思っていた。
だから声をかけたし、声をかけて直感が確信に変わった。
この人は人への関心のベクトルが態度に出る人なんだろう。
この間、七人目の女の子と別れたらしい。
人と長期間の関係を築けない人なんだろうと思った。
私と同じだ。でもこの人は顔がよくて、あの高校ならそこそこ頭もいい、それなのに私と同じで人と長く付き合えない。私はそれがどうにも嬉しくて、すぐにDMを送った。
全て知ってるのに、彼の人間性も、全部どういう人間なのか知ってたのにそれでも私は正常と異常の判断を付けたい、経験が欲しいと思って彼にDMを送ってしまった。
なんてことない普通の文章に彼はすぐに返事をくれた。
もしかしたら、この返事は彼じゃないかもしれない。
そう思いながらも、時々変わる文章に何の疑問も持たずに返信を返し続けた。
そして、その一か月後くらいに彼を会う約束をした。
学校で友達もろくにいないから、相談相手だっていない。
服を決める時も、変じゃないか、それだけを気にしてTiktokで色んなお洒落な女の子の
コーディネート紹介の動画を見ながら服を選んだ
「どこか行くの」
「友達と遊んでくる」
それが私の人生で一番緊張した瞬間だったと思う。
かっこいいと噂のあの男の子とデートなんて、まるで漫画みたいだ。
そう思ってた昨夜の私はやっぱり世間知らずのバカなんだと思い知らされる。
待ち合わせ場所にいた男の子、歩き出してすぐに違和感に気付いた。
確実に他校の男の子が後ろについてきてる。
私は人間観察が得意で他校の子の顔は覚えてる。
名前はほとんど覚えられないけど、顔だけは忘れない。
その瞬間に綺麗にしてきたメイクも、服も無駄じゃなかったと思えた。
ついてきていた彼の友人は彼の高校の野球部の友達だった。
私は鏡で髪を整えるふりをしながら背後にいる彼らを確認した。
私は、やっぱり駄目な人間なんだと思わされる。
私の小さなバッグには母親に入れられたスタンガンが入っていた。
でもこの瞬間にも心臓がうるさかった。
なんでこんなにドキドキしてるんだろうか。
期待してるんだろうか。
それとも楽しいんだろうか。
それとも情けなくて怒りが湧いているのだろうか。
でもどれも確信がなくて、私には解らない。
それでも彼とは少し遊んで、適当に笑って話しながらご飯を食べて、その終わりにアイス食べながら歩いた。
「ちょっとそこでゆっくりしていかない?まだまだ話したくってさ」
「私ももっと話したかったから、うれしい」
そう言いながら笑うと、目の前の彼も嬉しそうに笑っていた。
私が少し目線逸らしてアイスを食べながらスマホを見ていると、彼もスマホを見ているのが見えて、私はちらりと横目で見ると、彼はグループのラインを開いていた。
すぐ近くにいる彼らを見るとゲラゲラと笑っていた。
友人が少ない私だから、わからないとでも思っているのか。
そんな私の考えも知らない彼は私を大きな道から少し外れた場所にあるホテルに私を誘い込んだ。だらしない男だ、前の彼女に振られたのも浮気が原因らしい。
その前もDVや浮気、そんなのを繰り返しているらしい。
それでも私はその誘いに乗って彼の前を歩いた。
本当に人間は欲に忠実でありがたい。
私はこういう解りやすい人間の方が好きだ。
だって、本当に面白いから。
「先、シャワーいい?」
「うん、お先どうぞ。後から一緒にいいー?」
「だーめ、恥ずかしいから」
そんな事を言う、お互い馬鹿らしくて笑っているのだろうか。
でも、適当にシャワーを済ませながら耳に入ってくる音を聞く。
明らかにドアが開いた音がして、人の足跡が増えた。
彼の声や動作音がすぐに小さくなったのを感じ取った。
ここで私が何かしたら犯罪になるのだろうか。
むしろ相手が犯罪者にならないのか。
今はまだ、そんな事を考える余裕があった。
強姦、デートDVという名の不同意わいせつ。
いったいどんな罪で捕まってくれるのか。
それとも私が暴行罪や殺人未遂で捕まるのか。
頭は随分冷静で、いつものようにタオルを巻いて髪を乾かした。
すぐにそのままベッドの方を確認した。
やはり人が増えて部屋には彼含め、三人がいた。
さすがに三人に写真撮られたり、動画を取られたくはない。
そう思って、私はバッグの中にあったスタンガンを手に持ち、もう片手で身を隠すようにタオルをかえけて、脱衣所の方から彼の方に声をかけた。
「シャワーどうぞ」
「うん、ありがと」
彼がそう言って脱衣所に入ってきた瞬間、私は倒れるみたいに彼に抱き着いてわき腹にスタンガンを当てて、そのあと頸と背中にもスタンガンを当てた。
初めてでもこれが存外うまくいって、私はそれが楽しくて仕方がなくなった。
快楽殺人者ではない。
正当防衛だ。
だって私は襲われそうになった被害者だから。
私は普通のか弱くて、非力な女の子だから。
少しくらい、痛くしても仕方がない
いや、仕方がなくなんかない。
誰かを害するのに、仕方がないなんて許されない。
でも私にはそれを気にする余裕なんてない。
だってお母さんにも友達と遊ぶって嘘吐いて外に出てきた。
私は当たり前に家に帰らないと、また母に怒られる。
いやだ、いやだ、いやだ。
怒られるのなんて嫌だ。
暗い部屋に閉じ込められたくない。
痛いのなんて大きっらい。
もうあんなところに戻りたくない。
そう思って、私は残り二人がいる部屋に行った。
「え、何?だれ?」
私がそういうと、男たちは笑っていた。
高校生男子のすることはいたって単純だ。
だから私の手首を掴んだ男にも逆に抱き着くようにして数回、腹にスタンガンを当てた。
でも二人目に充てるのは大変だった。
もみ合いになりかけたから、私はあきらめてスタンガンを床に置いた。
多分まだスタンガンを当てた男たちは起き上がれないだろうし、余裕がある。
「男の子に力で勝てないよね、私の負け。好きにして」
私がそう言いながら笑うと、彼の方は私を如何にも恐ろしいと言いたげな目で見た。
それでも彼の下は随分元気だから、彼のベルトに手をかけた。
これで反抗されたら仕方がないけど、彼は反抗しなかった。
本当に面白くて、私はそのまま彼に触れた。
「なんで、笑ってるの…」
「あ、笑ってた?」
震える声でそう指摘されて、自分の口を思わず手で覆った。
けど、すぐに彼のベルトを外すために、手を戻した。
笑ったのなんて、何時ぶりだろうか。
解らなくて、私は彼をベッドに押し倒した。
人ってバカみたいだ。
こんなバカな人間のおかげで数が保たれているのかなんて思うと、心底吐き気がしながらも、彼の上に跨って、彼に触れた。ほんと可笑しい。
きっと彼は私は枕の下にスタンガンを置き直した事にもきっと気づいてないんだろう。
私は、疲れて我に返って背を向け寝ころぶ彼の背中と首に何度かスタンガンを当てた。
そのまま服を着て、別々の場所で動けなくなった彼ら一か所に集めた。
彼らのカバンにあった結束バンドを使って両手足を縛って、また念のために何度かスタンガンを当てた。
きっと彼らは、私を使って辱めるものを取りたかったんだろう。
私のクラスメイトのいつも一緒にいる仲のいい女の子が教えてくれた。
「あいつら結構やばい事してるらしいよ。前の彼女もそれ原因で別れたとかで、あんたも気を付けといたほうがいいよ。アイツ、あんたみたいな見た目気が弱そう元カノ多いし。集団でなんかしたとか、ゆーきが言ってたからたぶんマジ。」
そういうのは、金髪でギャルなカナちゃん。
「えーそれまじじゃん、とーまも似たようなこと言ってたし、気を付けなよ」
そう言って私を膝にのせて楽しそうに話すのが、さくらちゃん。
私の唯一話せる少ない友達がこの二人だった。
でも人間関係というのは複雑で、二人は私がいなくてもいつも楽しそうだった。
二人で遊びに行っているのも、何度もインスタのストーリーで見ていた。
そんなただの友達の二人にも、私は醜いを向けてしまう。
私は誰よりもそんな感情を嫌っているはずなのに、誰より感情的に人を見ている。
そんな気がしてならなかった。
醜い気持ちを持っていても学校では普通に話をするし、聞き役になる事もたくさんある。
だから初めから知ってたんだ、君らがそういう子たちだって。
そういうビデオにそれを流してるのも、全部知ってたんだ。
調べたらそういうのは簡単に出てくるからさ。
だからって着いてきちゃダメだったことは分かってた。
そんなの普通じゃないし、スタンガンを使ったのは正当防衛にもならない。
そもそもこんなところについてきた私がダメだった。
それでも私だってついてきたくてついて行ったわけじゃない。
彼のスマホが欲しくて、だってこれが一番の証拠だから。
彼の前の前の彼女は自殺で死んだ。
でもそれは事件にもならなかった。
その子は、私が中学の時に仲が良かった塾の女の子だった。
根がまじめですごくいい子だったのを未だに覚えている。
彼女のお葬式で、何とも言えない感覚になったけど許せないという文字が頭を過った。
お母さんはそれを見て、「なんて親不孝な、親より先に死ぬなんて」そう言ってた。
なんて気持ちの悪い言葉だろうと思った。
しかも地獄では、親より先に死んだ子供は賽の河原で石を積むという所業が待っているらしい。
死にたくて死んだわけじゃないし、そうする以外に選択肢がなかっただけなのに意味が解らない。
人は誰によって、運命を簡単にゆがめられる。
それは人だけじゃなくて動物だって一緒だ
法律は人のためにできているはずなのに、すべて後手後手に回る。
人が人に危害を加えるのは、大抵自身の欲求を自分で満たせない時だ。
その憂さ晴らしを自分以外に向ける。
それは幼少期から知っていたはずなのに、私が一番身近に感じていたはずなのに。
私は彼女の異変に気が付く事が出来なかった。
私のように、幼少期から可笑しいと言われてきた私みたいな人間が後ろから差されて死ぬとか、罰があった事故や病気で死ぬなら、私は何の疑問も抱かずに納得して死ぬことができた。
それなのに死んだのは彼女のような何の変哲もない、普通の女の子だった。
経歴を見たって彼女はきっと潔白の人生を歩んできていた。
いじめの経験も、ましてや家族は毎週外食するくらいには家族の仲が良かった。
彼女が死んでから、私はとても普通ってものが解らなくなってきている気がした。
でも今回の事は、私だって、精神的にも社会的に殺されそうになったし仕方がないよね。
私だって、こんなことしたかったわけじゃない。
悪い事なんてしてないよね。
私はただ、動けなくなった人を動けなくしただけ。
むしろ複数人で女の子を襲おうとした方が悪いよね。
私はそう思いながらホテルの料金を払ってその場を後にした。
帰りの電車で少し考えていた。
私は人に危害を加えたから、もしかしたら警察が家に来ているかも。
もしかしたら、ニュースになってるかもって。
Yahooを見たら、案の定ニュースになっていた。
【ホテルにて、男子高校生3名が縛られた状態で発見された】
犯人は逃走中で警察が行方を追っているらしい。
非道な事件だ、3人の若者の手首と足首を縛り付けて放置するなんて何が目的なんだろう。そう思いながら、帰宅路から少し離れた高層マンションに入った。
住人の後ろから入ったらすぐに入る事ができた。
日本人って後ろから来た人のためにドアを持っておくでしょ。
あれ本当にやめた方がいいよね。
「どうぞ」
「すいません、ありがとうございます」
私はそう言って謝りながら笑うと、相手の人も「いえいえ」と言いながら笑っていた。
そうして私は階段を使って8階まで上がった。
こんなにも景色がいいのかと思った。
するとその景色を見ている後ろでドアが開く音がした。
私の方を見ていたのは子どもだった。
明らかに見た事ない人がいる、という不審な目で見られた。
「上の階に住んでるの、飴どうぞ」
「ありがとう」
私はこんな子供が考えている事も解らない。
人のことを理解するには、どうすればいいのか。
その考えは中身を知ることが大切だと思った。
じゃあどうすればいいんだろう。
私は人を殺す勇気なんてない。
戦争で人を一人殺すに何発銃弾を使うと思う?
大体3万~5万発らしい。
たとえ戦禍であったとしても、人が人を殺すには相当な精神力がいる。
私にはそんなことできない。
でもこのバッグにはスタンガンが入っている。
人を殺せるくらいの威力があるものだ。
そう考えながら、幼い女の子に手を伸ばした時、母親が出てきた。
その時、咄嗟に頭を過った。
人をバラバラにすれば解る事が出来るだろうか。
この幼い少女に触れて、私はそう思わずにはいられなかった。
だけど、少女の背中に、いくつもの真新しい見覚えのある痣が見えたから。
「ママ」
「まなみちゃん、もう夕飯の…え、誰?」
「10階に住んでるものです。運動がてらに階段で降りてて」
「あら、そうなんですか」
母親は普通そうに言えた。
私の母と同じだ。
外側にはその異常性は伝わらないけど、私は表情と気配で分かる。
ダメだ、ダメだ、ダメだ、この母親は絶対にダメだ。
こんなに幼くて、真っ白な女の子にあんな思い出を与えてはいけない。
私みたいに普通に生きないといけないと思うようになってしまう。
きっと私みたいにダメになってしまう。
私だって普通に生きれるはずだったのに、ダメになったのは両親のせいだ。
暴力の数のせいだ、私がゆがめられたのはあの人たちの責任だ。
この子はまだ幼いから、まだきっと大丈夫だ。
今の私はきっと何でもできるから、この子も助けて上げれる。
こんな人種はきっと死んでも理解できないけど、理解できないなら、理解できるまで中を覗いてみればいい。
「これ、この子にも上げたんですけど、最近風邪流行ってるのでのど飴よかったらどうぞ」
「いえ、大丈夫です。お気持ちだけ。」
母親は私の手が届く距離にいた。
私は多分こんな瞬間のために生きているのだと思った。
私は多分その為にこの人生を歩んできたんだと思った。
快楽殺人犯とか、何と言われるかなんて、どうせ後の私には伝わらない。
私はこれ以上、私を殺す人たちを生かしておけない。
普通なんてもうこの際どうだっていい。
この目の前の女の子を助けてあげたい。
たとえ私のエゴでもいい。
殺人を正当化したいなんて何も考えてない。
「そうですか、すいません。」
私はそう言って背中に隠してたスタンガンを迷わず母親に充てた。
そのままよろけた母親を蹴り飛ばして家の中に入れた。
ドアが閉まらないうちに、女の子の手を引いて家の中に入った。
「パパいるかな」
「しごと」
「そっか。じゃあ耳塞いで、目も閉じてここにいてね」
女の子は素直にうなずくと玄関に座り込んでいた。
私にはいくつか特技がある、人の顔色から考えを読み取る事。
それ以外にも、人に家の間取りをすぐに把握する事が出来る。
私は学校の帰り道で人の家を見るのが好きだった。
母方の祖父は大工で、祖母は建築士の資格を持っていた。
母もその血筋だからなのか、間取りを考えるのが好きだった。
私はそんな母と同じく、他の家の間取りを考えるのが好きだった。
どこをどんな風に使って、どう生活しているのか。
考えたらワクワクしてくる。
それと同じくらい、今とても高揚している気がする。
「ひどいね、痛いよね」
「いやぁ、いや、なんで、」
「そうだよね、わかんないよね」
正直、母親が直接暴力を与えてなくても、正直どっちでもよかった。
この家を終わりにしたくなってしまった。
私には私の両親を殺せる勇気なんてないし、あの人たちは私の中では死んでる。
ずっと昔に死んでるから、もう今更何もあの人たちに思えない。
だから、どうせもう人を殺して普通じゃないなら最後くらい。
私にだって何かを変えたい、人の何かになりたい。
善でも悪でも、誰かにとって異常者でも、何でもいい。
私に何も望まないでほしかった。
誰かのために生きようとしたくなかった。
私に無償の愛を注いでほしかった。
暴力なんて振るわないでほしかった。
当時の悲しさを覚えて生きていく人生を知ってほしかった。
想像して、覚悟して暴力を振るう選択をしたのだろうか。
私には何もわからない。
ただ解るのは、今目の前であの女の子の母親が冷たくなっている事。
「パパ、どれくらいで帰ってくるかな」
私は女の子の手を丁寧に、優しく両手で包み込むように耳から外させた。
「パパ、8時くらいに」
「そっか、ありがと。部屋にいなね。それから明日になったら隣の家の人のドア叩いて助けてって言うんだよ。できる?」
私がそう言うと、女の子はまた素直にうなずいてくれた。
ごめんね、多分君はまだパパとママが大好きだよね。
幼いから、まだ愛してくれると期待してるよね。
でもね、愛してくれるなんて無いんだよ。
愛なんて、生まれる前から無かったんだよ。
どんなに頑張っても、この世界に永遠に続く愛なんてないんだよ。
それを否定する人は、きっといい人生を歩んできた人で、否定された側の気持ちを咄嗟にくみ取る必要性ない人生を生きてきた人なんだよ。
私は多分、そっち側には永遠になれない。
だからせめて、君の見えない傷だけは持って行ってあげるからね。
「背中の痛いのはママ?」
「これはまながわるいんだよ、いい子できないから。ママもパパもまなのために怒ってるの。だから泣かないで、おねえちゃん」
泣いているのに、言われてから気が付いた。
私はその言葉にフッと笑ってしまった。
その瞬間に気がづいた。
私は目の前の女の子を助ける事がしたいんじゃなくて、私が助けたかったのは私の目の前でずっと泣いていた小さくて何もできなかった弱くてどうしようのないくらいに無力な私だったことに気が付いた。
私は立ち上がって、女の子をリビングに戻してから寝室に冷たくなった母親を置いた。
その直後、家のドアが開く音がした。
「おい、飯は」
「パパ」
「冷たくなってるじゃねぇかよ、何してんだよ」
そう言って、ゴンッと何かが壁にぶつかる音がした。
聞きなれた音だ、私も昔よくされてたから。
あれは思ってるよりも痛い、特に後になって痛くなってくる。
直後は案外痛くなくて、アドレナリンがなくなって後から徐々に痛みが増してくる。
思い出すだけで、私は胸が締め付けられる感覚がした。
寝室の隙間から父親がこちらに向かってくるのが見えて、ドアのすぐ近くに立った。
入ってきた一瞬はその場所に、人は気がつく事はできない。
だから私は迷わず父親を包丁で刺した、何度も刺した。
引き抜かないと、血管も臓器もダメにできないから。
叫ぶ暇なんて与えないくらいに何度も刺した。
これが意外と力を使って、途中で腕も掴まれかけて危なかった。
父親を寝室に連れ込んで母親同様に冷たくなるまで見ていた。
寝室が真っ赤になるまで、私の可愛い服が真っ赤に染まるまで、ずっと見ていた。
近くでサイレンが聞こえて、初めて時間が暗くなって深夜に及んでいる事に気が付いた。
女の子は自分の部屋に入って、眠っていた。
私はベランダの戸を開けて下を見た。
もうきっと、この家のドアの前まで来てるんだろう。
私はベランダから身を乗り出して、そのまま下に吸い込まれた。
夜がきっと私を引き寄せたんだと思う。
この夜が、私の赤を全部黒く包み込んでくれる気がした。
見えたそれには三日月や星が見えていた。
幼い頃に見た景色と同じだ。
夜に起きては、亡くなった祖父とカーテンから見える空を見ていた。
私は多分、普通にはなれなかった。
普通になれるかどうかは多分、生まれた時から決まってて、その中で運よく不通に生まれた子たちだけが普通になれて、世界ではそれが大多数を占めていて、私みたいなはずれで生まれた人たちは人とのかかわりに難儀して、苦労を重ねる小さな冒険者として世界に登録される。
私はそんな一人だったんだろう。
誰か一人でも似た境遇の人と出会えたのなら、私の人生は変わっていたのかもしれない。
でも私は普通に生まれなくてよかったと思う。
苦労ばっかり、違和感ばっかりの人生だったけど。
それでも生きる事に何か疑問を抱ける人間で良かったと思う。
そうじゃないなら、私はただの死人と変わらなかったと思うから。
考える事は昔から好きだったから。
そんな好きや嫌いや無関心について考えれる人間でよかった。
私が何をしても気味悪がった母親にも、今なら言える。
異常者はお前であり、それを指さす社会であり、それを作り出した世界だった。
私にも、普遍的に美しい思い出を語り共有する、普通であると思う事が出来て良かった。
私だってテレビに出てくる普通の子みたいに何かを思い出せて良かった。
私の人生はこれは私の人生の話だ、特に何の変哲もない。
私は生まれてこのかた、とても幸運な人生を送ってきた。
私たちはこんなに長く感じる人生の中で、何も変える事が出来ない。
それは目に見える歴史や変化の話であって、心うちの話じゃない。
私たちは日常の何気ない言葉で相手を傷つける事も励ますこともできる。
それなのに、その事実に気付いていない人は多い。
自分だって誰かの言葉に悩んだり、ひっかかったり、嬉しくなったり、悲しくなったり、傷ついたりした経験があるはずなのに、それを忘れて人に言葉を投げる。
自分がされたことも簡単に忘れるのが人間だ。
それを些細な事だというのは自分でなければならない。
他人が些細なことを、なんて言葉を言っていいはずない。
傷ついたのはお前じゃないんだから。
普通っていうのを語るには、人は言葉に鈍感すぎる。
私たち人間には他人を感じる心があるのに、それを無視しながら話さなければならない時がある。社会で過ごしている時だ。
人が心殺し続けるには限界があると気づいているはずなのに、気づかないふりをする。
ずっとそう考えていた。
けれど、そのどれもきっと普通で、普通というのは、すべてを肯定するための都合のいい幻想だったんだと気づかされた。私もきっと普通で、贅沢者たちも、どこかでは普通で、切り取られたどこかを指さされてレッテルを張られ続けていただけなんだと気づいた。
私は異常者ではなくて、異常者というレッテルを張られて、はけ口にされたただの16歳女子高生だったのだと気づいた。
これは私の人生だった。何の変哲もなかった。
ただ、どんな普通も私には当てはまらなくて。
この息苦しさは誰かの視線だったのだと気が付いた。
私を殺したのは私であり、いつの日かの貴方だった。
私たちはいつでも誰かを殺せる。
そう思って初めから歩ければよかったのに。




