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La Luna Balanza - 月秤と10万トンの銀 -  作者: 園山 ルベン


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2/3

 まず、これほどの銀がどれほどかを調べることにした。


 天高くそびえる天秤の秤皿に乗せられた、見上げるほどの銀。

 山を測量するようにして、銀の体積と重量、そしてどれほどの価値かを割り出す。

 そして弾き出された数字は――。


「8レアル銀貨で換算しておよそ40億枚。ドゥカート金貨でも20億枚前後。王室の歳入にして200年分に匹敵します……」


 覚悟していたつもりだったが、この破格の数字にバルタサルがよろめいた。さすがのアルボラン家でも、これだけの資産はない。

 とはいえ、何もしなければバルタサルは死ぬことになる。一人娘のアルヘンタを残して死ぬわけにはいかない。亡き妻が遺した娘が、いつか幸せを掴むのを見届けなければいけない。


 とにかく、己のすべてを賭けて、この天秤棒を水平にしてみせると、バルタサルは心に誓った。



 手始めに、バルタサルは彼の宝物庫を空にした。

 庭ほどもある広さの秤皿に、銀貨が詰まった金庫、蔵の中に保管していた絵画、彫刻を乗せていく。図書館に所蔵していた書物も、次々と運び込まれる。


 もともと城を建てるための資材を使い、高く持ち上がった秤皿に届くよう足場やクレーンを組み立て、次々と秤皿にバルタサルの財宝を運び込む。


 さらに、大陸各国に展開している銀行の支店からも、ありったけの銀貨、金貨を集めた。

 商船をどのように秤に乗せるかを話し合った結果、船荷証券を天秤にかけるという馬鹿らしいことにもなった。だが、これ以上財産になる物を秤皿に載せられなかった。

 鉱山稼行権や年金債、為替手形までかき集めたが、紙では銀と釣り合わない。


 バルタサルが資金を管理していた教皇庁に相談すると、彼に恩のある聖職者たちは教会の金庫に加え、聖骨箱や聖杯などの銀製祭具まで差し出した。


 ――しかし、ついに月秤は動かなかった。

 西側の秤皿は、どんな美術館よりも煌びやかな宝の山になっていたが、女神が要求した代償とは、釣り合わなかった。



「お父様、この天秤は本当に動くの?」


 女神との約束まで後2週間、月が見えない夜、少しも動く気配を見せない月秤をアルヘンタと見上げた。どれだけ純度が高い銀なのか、あの山は星明かりすら反射し、暗い夜でもよく見える。


「どうかな。父さんは神様を怒らせてしまったからね。もしかしたら、神様はわたしを許すつもりはないのかもしれない」

「どうして神様は許さないの?」


 娘の素朴な質問に、バルタサルは目をさまよわせ、なかなか答えられなかった。

 今年で10歳になるアルヘンタは、母親に似て優しい目をした少女に育った。芯をつくこの視点も、バルタサルを支え続けた母親譲りだろう。


「あの神様は、壊れてしまった天秤をとても大切にしていた。それを知らなかったわたしには、あの天秤の価値が分からなかった。大切な人との想い出を捨てられて、あの神様は酷く怒ってしまった……」


 バルタサルの「大切な人との想い出」という言葉に思い当たったアルヘンタが、無邪気に提案した。


「じゃあ、お母様からもらったブレスレットも天秤に乗せて――」

「――やめなさい」


 思わず娘の言葉を遮ってしまったことに、バルタサル自身が驚いた。しかし、亡き妻が遺した形見を女神に差し出すなど、彼にはできなかった。

 とはいえ、つい娘を叱ってしまったことに気まずさを感じたバルタサルは、娘に優しく語りかけた。


「わたしを想ってくれたことは、本当に嬉しいよ。でも、君のお母さんとの想い出は、最後まで取っておきなさい」


 アルヘンタは父の言葉を素直に受け入れ、頷いた。


 そして、バルタサルが立ち上がり、月秤を見つめ、改めて言いつけた。


「その銀のブレスレットは、最後まで取っておきなさい」




 次の日、バルタサルは忠臣たちを集め、大陸中の銀を集めるように命じた。

 今まで秤皿に乗せてきた物も価値のある宝ではあったが、物理的に軽い。

 そして、あの女神は「銀の山と釣り合うだけの銀」、または「同じほど価値がある物」と言った。今までは銀と同じ()()になるよう、天秤に乗せられるあらゆる富を集めた。だが天秤は動く気配すら見せない。

 そこでバルタサルは、すべての財産を、銀に換金することにした。つまり()()()と釣り合う()()()を用意するのだ。


 この計画は困難を極めた。秤皿に乗せていた銀製品はそのまま残したが、残りの財宝は一度換金するか、レート以上の銀と交換する必要がある。しかも、アルボラン家が世界中の銀を買い占めるため、銀の爆発的価格高騰が起きると予想される。8レアル銀貨もできるだけ集めることになるが、経済の混乱は必至だ。

 平民の生活を混乱させることは避けなければ。


 まず国中に布告を出し、芸術品を銀塊と引き換える競売を行った。結果はまずまず。その日のうちに、農家の小屋を満たすほどの銀が集まった。だがもちろん足りない。1000分の1もない。

 次に、保有している不動産と事業の売却だ。即日換金できる者と条件を提示したのだが、さすがに大金ということもあり、数日以内に支払いを約束できる者にも売却すると条件を緩めた。

 事業の売却も目処がついたが、ここで困った問題が起きた。


 アルボラン家が破産したと噂が流れたのだ。


 これはまずい。バルタサルは破産の噂を、死刑宣告のように受け止めた。

 アルボランの名のもとに発行された手形が信用を失う。もし手形が信用を失えば、価値もなくなる。そうなれば、嘘から出た真だ。破産する。


 バルタサルは噂を聞きつけた数時間後には動き出した。

 アルボラン家の旗を掲げた伝令が街角に立ち、布告を読み上げる。


「アルボラン商会総帥、ドン・バルタサル・デ・アルボランの命により布告する。

この度の銀買い上げに伴う混乱に謝罪する。だが、この買い上げは一時的な措置である。満月の後、すべての銀を市と民に返す。――繰り返す。満月の後、銀は市と民へ返還する」


 この布告は各地で高らかに宣言され、アルボラン家の破産という噂は落ち着きを見せた。

 しかし銀の買い占めにより銀相場が乱高下するようになり、バルタサルの一挙手一投足が相場を左右する状況は、通貨商も頭を悩ませることになる。小銀貨が市から消え、パン屋は釣り銭が用意できず戸を閉ざした。金銀比価は一夜で跳ね、為替は鐘の刻ごとに値を跳ねさせた。



 そして、銀貨を集めるアルボラン家は、バルタサルの屋敷も売ることになり、壮麗な家具も、支援してきた才能ある芸術家たちの作品も、すべて銀に替えた。結果として、銀貨が物理的に枯渇し、遠方から銀貨が運び込まれるのを待たねばならなくなった。この銀貨もすべて秤皿に運び込まれる。

 市場の一角では、貴金属以外の小物を金銭の代わりに利用する試みもあった。


 そして家を失ってもまだ、バルタサルは銀を集め続けた。アルヘンタとバルタサルは信頼している家令の実家に身を寄せ、世話をしてもらうようになり、主従が逆転するような生活を強いられる。

 銀食器を持っているであろう家を訪ねては、宝石のついた指輪やペンダントと交換してもらい、また山頂の月秤に積みに行く生活を繰り返す。

 ついには乞食と見間違えられるほどになっても、バルタサルは銀を探し歩いた。身に着けていた宝石、外套、靴はすべてわずかな銀と交換した。アルヘンタも健気に父の背中を追い、彼のために銀を集めた。昼食のために渡されたパンを、銀の匙と交換するために差し出したこともあった。


 またしてもアルボラン家の破産の噂が息を吹き返し、今度こそアルボランの手形は価値を失った。

 残ったのは、名ばかりの銀行と倒れた商会、着替えのない衣。――そして、家より大きい銀の山だけ。

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