強欲
今日は2の丘に行くことにする。
前回同様、2の丘は2の街の中にある。
2の街は、他の街に比べてモノの値段が高い事で有名だ。
例えば靴磨きはオイラのやっていた辺りは、0.001Gが相場だけど、ここは0.003Gもする。
だから住人はだいたい価格交渉をする。
オイラはそういうのが苦手だから、この街は合わないような気がする。
探偵は昨日からずっと考えこんでいる。
「大丈夫?」
って聞いたら、
「探偵は考えるのが仕事だ」
って言ってた。
オイラなんか、あんまり考えないから、ずいぶん大変そうだなって思った。
細く長く続く路地を歩いていると、探偵が、
「ここに来る連中は、なんでここに来るんだ」
と聞いてきた。
「そうだな。いろいろな人がいたね。
どっかで悪さして逃げてきた人。
借金取りから逃げてきた人。
なにかに追われて逃げてきた人」
とオイラは言った。
「ボウズは何から逃げてきたんだ。
いや言いにくいなら、言わなくていい」
と探偵は言った。
別に気にすることなんかないのに……。
「オイラは親がいないんだ。
それで気づいた時には、孤児院にいた。
孤児院で面倒を見てくれるのは10歳まで。
10歳で引き取り手がなかったら、孤児院から、ここに放り込まれる。
おいらは良いところまでいったけど、腕に傷がついていたから、ダメだって言われた」
そう言った。
探偵はまた悲しそうな顔をして
「そうか……、
苦労したんだな」
と言った。
オイラには探偵が、なんで悲しそうな顔をするのかわからなかった。
オイラは幸せだ。
毎日美味しい蒸しパンが食べれるし、靴磨きって立派な仕事もある。
たまに良い客にあった時は
「チップだ」って、
余分にお金をもらったり、
隣の占い師の婆ちゃんなんか、
たまに飴とかもくれる。
そんな幸せ者のオイラを捕まえて、悲しそうな顔をする意味がわからなかった。
「ボウズ………、
お前、遊びたくないのか?」
探偵はそう聞いてきた。
「遊び?」
そんな事を聞いてきた人間は探偵が初めてだった。
「あぁ遊びだ。お前は遊びたくないのか?」
探偵はふたたび聞いてきた。
なにを言いたいのかわからない。
「遊びってどんな事?」
オイラは聞いた。
まったく知らない遊びがあるのかもしれない。
「……そうだな。
追いかけごっことか、鬼ごっこ、まぁそんな遊びだ」
と探偵は言った。
なるほどわかった。探偵はオイラの事をずいぶん子供だと思っているみたいだ。
「探偵さん。
オイラ、そんなに子供じゃないぜ。だってもう12歳だ。
そんな鬼ごっこなんか、5歳くらいの子供がやるもんだ」
とオイラは教えてやった。
「5歳?いや鬼ごっこは、もっと上でもやるだろ」
と探偵は言った。
「オイラのいた孤児院では、5歳までは、遊んでてもいいけど、6歳からは勉強と仕事漬けだった。
朝6時から12時まで勉強。10分間の食事があって、そこから夜の6時まで労働。
そして10分間の食事があって、夜の10時まで勉強の教え合いだった」
と教えた。
探偵はビックリした顔をして
「そんなに過酷な事していたのか」
と言った。
「過酷かどうかはわからないけど、勉強と仕事をしていれば、イモを食わしてもらえる。
いいところだった」
とオイラは言った。
「いや過酷だろ」
と探偵が言うので、
「孤児院は屋根もあるし、壁もある、仕事もあるし、勉強もできる。天国みたいなところだよ」
と教えた。
どうも探偵は常識に、疎い人みたいだ。
「それに探偵さん。オイラは仕事が遊びみたいなもんだよ。
毎日街の連中の顔を見て、誰が靴磨きに来るか、予想するんだ。
これが結構おもしろい。
あとは隣の占い師の婆ちゃんに計算の仕方とかを教えるのも遊びだ。
鬼ごっこだけじゃないんだよ」
と教えてあげたら、
探偵さんが、苦笑いをして、
「ボウズ飯食おう」
と言った。
「今日はな……。
ホットドッグだ」
探偵は言った。
オイラは驚いた。
「えっイヌっころを食べるの?」
そう聞くと、
「ハハハ、イヌは食わないよ。ホットドッグってのは、昨日のパンのクリームが入ってないパンに、ウィンナーを挟んだモノだよ」
と探偵は言った。
「オイラ……
クリームが入ってるほうが良い」
って言うと、
「まぁ1回食ってみろ。俺の奢りなんだから」
と探偵は言った。
オイラ達は広場の屋台に向かう。
少し串焼きに似たニオイがしていた。
お腹がぐぅ~っとなった。
「ホットドッグ二つ。ひとつはカラシ抜いてくれ」
そう言った。
「なぁ探偵さん、カラシってなんだ。おんなじ値段なら、入ってるほうが得なんじゃないの?」
オイラはそう言った。
「カラシはな。辛いんだ。お前、蒸しパンとイモ、クリームパンしか味知らないだろ。
そんな奴がカラシを食べたら、それこそ大変だ。
なぁ兄ちゃん」
と屋台の兄ちゃんに探偵は話を振った。
「まぁな。子供には早いな。ここにちょうどパンの切れ端がある、ここにケチャップとカラシをつけてやるから、ほら味見してみろ」
と屋台の兄ちゃんは言った。
「もう子供だってバカにして、オイラが大人だって見せつけてやる」
オイラはそういい、兄ちゃんにもらったパンを一口で食べた。
「……ほら、大丈夫……」
…… …… ……
なにコレ?鼻にキーンと来る。
「なにコレ?毒?」
とオイラ。
屋台の兄ちゃんも探偵も笑っている。
「兄ちゃん。そのオレンジジュースもくれ」
そう言って、探偵さんはオレンジジュースを飲ませてくれた。
「なにこの甘くて酸っぱいの?」
とオイラは言った。
「あぁこれはオレンジって果物を搾って飲み物にしたものだ」
と探偵さんは言った。
「ほら、カラシは辛かっただろ。俺のはあのカラシ入り、ボウズのはカラシ抜き、ほら美味いから食ってみろ」
とホットドッグを渡してくれた。
オイラはかぶりついた。
中からまた汁が出てきた。
「あっこれは串焼きの汁と同じだ。肉汁だ」
オイラがそう言うと、
「そうだ。これも肉汁だ。この中のがウィンナーって言うんだ。
どうだ。美味いだろ」
と探偵は言った。
オイラはうなづいた。
オイラは世の中って広いなと思った。
そして大人になるっていうのは、あの毒みたいなカラシを平気で食べれるようになることなんだと知った。
オイラは大人になるのは、ゆっくりでいいかなとも思った。
……
30分ほど歩いて、
オイラ達は丘守りの住む塔についた。
丘守りは、腕を組んでジロリと睨見つける。
ちょっと怖いな……。
オイラは丘守りに話しかける
「こんにちは。丘守りさん。廃人ゲーマーの事知ってる?」
「なんだボウズ。
廃人ゲーマー?
人を訪ねる時は、
礼の品のひとつでも持ってくるものだろ」
そう言った。
「丘守りさん。頼む。廃人ゲーマーの事を教えてくれ。礼はする」
そう探偵は言った。
「いくら払う?」
と丘守りは言った。
「1Gではどうだ」
と探偵が言うと、
「ハハハ、笑わせるな。3Gはもらわないと教えられないな」
と丘守りは言った。
「さすがにそれは……」
とオイラは探偵をつつく。
こうでもしておかないと、この丘守りはどんどん値を吊り上げてきそうだ。
「……わかった。3Gだそう」
探偵はしばらく考えてそう言った。
丘守りは、金を確認して、こう言った。
「赤い壁だ」
「赤い壁?それはいったいどういう事だ」
と探偵は尋ねる。
「廃人ゲーマー=赤い壁。それは常識だ。月が毎年少しずつ地球から離れていってるくらい常識だ」
そう言ったきり、なにも答えなくなった。
青い柱に続き、赤い壁とはどんな意味なのだろう。
探偵はオイラに言った。
「赤い壁と青い柱に心当たりはないか?」
オイラは首を振った。
探偵の表情は少し曇っていた。
そうしてオイラ達は2の街を出た。