探偵の邂逅
『廃人ゲーマーは7つの丘を見たのか』
これを見て、君はどう思うだろうか?
俺は丸一日頭を抱えこんだ。
さっぱりわからなかった。
探偵と言うと、推理小説の影響で、年がら年中、犯人を推理していると思われがちだが、依頼の八割以上が、離婚調査と、身辺調査で、こんなミステリーな依頼は年に1回あるかないかだ。
探偵社の面々は、こういう依頼の為にふだん、離婚調査と、身辺調査でしのいでいるんだと思う。
依頼は、とある食品メーカーの創業者一族からのものだった。
『廃人ゲーマーは7つの丘を見たのか』と言う謎のメッセージと共に姿を消した、廃人ゲーマーB氏の消息を探るというものだった。
彼は国内大手食品メーカーの創業者の孫だった。
国内最難関の大学を卒業し、一族が経営する食品メーカーの子会社に修行という形で入社。
その後、1年半ほどで、会社に出てこなくなった。
依頼主の話では、廃人ゲーマーになったとの事だった。
ゲーム会社に調査をかけ、やり込んでいたゲームのアカウントは特定できたが、ゲーム内で活動している様子はなかった。
今まで5社に依頼をしたが、ことごとく失敗に終わったそうだ。
失敗の理由はヒントが『廃人ゲーマーは7つの丘を見たのか』というものだけだという点だ。
そして、なんとかNcityで見かけたらしいというところまでは、来れたのだが、他の探偵社はNcityという名前が出た時点で、手をひいた。
あまりにも特殊すぎる街だからだ。
依頼人は、こう言っていた。
「あの地域の住民は卑しい身分だ。だまされるなよ」
たしかに、Ncityの評判はよくない。だまされないように慎重に行動しなくては。
……
俺が探偵事務所を始めたのは5年前の事だった。
仲良くしていた従兄弟が大のミステリー好きで、よく本を貸してもらってた。
そこから、ミステリーにはまり、小中高の図書館にある推理小説は全て読破、市立図書館の推理小説も全て読破した。
当然そこまでハマったくらいだから、進路は探偵社だった。
探偵社に入って一番始めにやった仕事は、尾行だった。
建設会社の会長からの依頼で、どうも最近、愛人が他に男がいるようだ。というので、尾行した。
調査期間は1ヶ月。
結果はクロだった。俺はその愛人と浮気相手の決定的な写真を撮って、会長に見せたら、会長は大笑いをした。
「あぁそうか。そうか」と喜んだ。
「よくやってくれた」
と10Gを社に内緒でくれた。
クロだったのに、なぜ会長は喜んだのか?
なんでだと思う。
「えっ、もうその愛人に興味がなくなって別れたかった?」
いいや違う。
「その浮気相手が知り合いで、それをネタに陥れることができそうだった?」
いいや違う。
「その男のレベルがあまりにも低かったから?」
いいや違う。
答えは相手が人間ではなく、猫だったんだ。
愛人はずっと猫カフェに通っていた。それも会長と一度一緒に行ったこともある猫カフェだった。
「あの子が相手ならさすがの私も負けるよ」
と笑っていた。
浮気調査の仕事でこんなにほっこりしたのは、あとにも先にも、これしかなかった。
それからは、まぁ人間の闇とか影の部分ばかり見てきた。
ずいぶん人間不信になったと思う。
探偵なんかに興味を持たないほうが、幸せに生きれたかもな。
そうも思う。信じるものは救われる。とよくいうが、探偵は逆だ。
信じてしまったらバカを見る。
それが探偵の信念だと、俺は思う。
……
そして、今日Ncityにやってきた。
街はさながら城塞都市だった。
四方八方を高い塀が囲んでいる。
噂では掃き溜め、ゴミ溜めのような場所だという事だった。
とにかくNcityは情報がすくない。
ただ良くない噂があるだけだった。
この街に入るには、住人として入るか、観光客として入るかの2択だった。
俺はNcityの受け付け窓口に行った。
「観光か、住人か?」
受け付けの男は、ぶっきらぼうに言った。
気だるそうにしているが、目は鋭かった。
「観光だ」
俺はそう答えた。
受け付けの男は、俺の身体を上から下まで、舐めるように見る。
「おい。こっちに来て、ここに立て」
そういって、なにかの機械のようなものの中に立たされた。
「大丈夫だ。これは生体スキャンだ。何か変なものを持ち込まないか、あとは観光客用のID登録だ」
男はそう言った。
(ガシャン……コン…スキャンコン……スキャンコン……コン…コン)
バーのようなものが、身体の周りを行き来する。
一分ほどすると、
『Error205』
と文字がでた。
なにかややこしいことがあったのか?
「205って何なんだ。大丈夫か……」
と俺は心配になって聞く。
「あぁ大丈夫だよ……気にするな」
受け付けの男はそう言ったが、なにか少し笑っている。
どうも他の受け付けの男達も笑いをこらえているようだ。
「気になるから、教えてくれよ」
としつこく男に言ったら、
耳元で
「あれはな。水虫ですよって報告なんだよ。昔は入場を拒否してたんだが、今は大丈夫だ。笑って悪かったな。大丈夫、俺も仲間だからな」
と教えてくれた。
なんてことだ。
俺は自分で醜態を晒してしまったのか……。
受け付け窓口を通過し、Ncityに入った。
入って早々……
独特のニオイがした。
このニオイは……。
ラベンダーか。
街中を見ると、あちこちにラベンダーが吊るしてある。
ふと見ると花屋があった。見るとラベンダーしか置いてない。
不思議に思って、花屋の親父に聞いてみた。
「この店にはラベンダーしか置いてないのか?」
そう尋ねると、
「ラベンダー?霊避け花の事か……。
そうだな、この街で花といったら、これしか置いてないな」
と言うので、
「この街の花屋はみんなそうなのか?」
と聞くと、頷き
「あっ兄ちゃんは観光客か?」
と言うので、
「そうだ」
と答えたら、
「この街は悪霊が多いので、霊避け花を持っといたほうがいいぞ」
と言ったのだが、
「しかし、あいにくこれからホテルに泊まって滞在するから、花は飾れない」
と断ると、
「そういう観光客用に、このニオイ袋がある」
とニオイ袋を勧められた。
値段は0.1G
30日は持つらしい。
いいニオイがするし、これだと経費で落ちるだろう。
街に溶け込むためにも買う事にした。
「まいどあり」
花屋の親父は笑顔で言った。
さぁここからどうしよう。
ふと足元を見ると靴が汚れている。
どこか……。
靴磨きは、
あっあった。
先客がいるな。
別の店を探そう。
あっあった。
少年がやっているのか、まぁいい。
ここで頼もう。