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第七章 沈没船

 ドンと別れてから一ヶ月。二人の前に巨大な黒い影が聳えていた。

 生き物ではない。

 岩や珊瑚礁でもない。

 海藻の林のようにも見えるが、それだけではない。

 自然の産物ではない。くっきりとした幾何学的な輪郭がそこかしこから見て取れる。

(沈没船だ…)

 そう思ってよく見ると、確かに船らしい。

 聳え立っている巨大な塊は船底だ。どうやら真っ二つに折れて沈んだものと推測される。山のように聳り立つ頂上は船首であることが、舳先に取り付けられた彫刻からわかる。

 帆船であったらしく、太いマストやロープや器具などが入り乱れて交差している。帆布は既に朽ち果て、僅かに残ったものには海藻の種子が取り付いてその温床となっていた。全体の大部分からもゆらゆらと海の植物がたなびいている。

 船室に当たる部分には、縦にずらりと丸い小窓が並んでいた。海上で爆発が起こったのか水圧のためなのかはわからないが、その殆どのガラスは割れていて、船室の中にまで魚や海藻が入り込んでいる。

 船室に散らばっている椅子やベッドはまだ元の形を留めていた。

 猫の足のようなラインを持った脚部や、バックレストに複雑な形の穴が空いているところを見ると、調度品は立派なものであったと思われる。百年以上前の豪華客船の成れの果てかもしれないと一平は思った。

 興味深くて一つ一つの窓から中を覗いてゆく。

 中には骸骨もあった。

 さすがに見つけた時には身を引いたが、こういう所にはつきものだ。一々驚いていたら身が保たない。

 好奇心の旺盛なパールも一平の後にくっついてくる。

 初めて見るものだ。多少は恐怖心があるようだが、どちらかと言えばパールもこの沈没船観光ツアーを楽しんでいるようだった。

 

 一際大きい部屋があった。

 操舵室だ。

 大きな舵輪がある。

 計器類が一面にあるのでわかる。

 男の子にとっては魅力的な眺めだ。

 漁船に乗って漁師をやりたかった一平にとっては尚更である。漁だけではなく操船にも興味はあった。

 艦橋の左右と前方にある大きな窓ガラスも、一枚残らず割れて桟しか残っていない。簡単に中に入り込むことができる。

 一平は胸をワクワクさせて操舵室に足を踏み入れた。

 中の機械類はもちろん壊れて機能しない。

 本来ならカラカラと回るはずの舵輪はびくとも動かない。びっしりと小さな貝がへばりついてゴワゴワだ。

 固定された椅子があった。どっしりと座している。おそらく船長の席だろう。

 座ってみた。

 周囲を見回してから目を瞑った。

 この船が現役で活躍していた頃を思い描いてみる。

 そして自分がこの船の船長になったつもりで指示を出す。

 それはなかなか楽しい作業だった。

 船が傾いているため体が横になっているのが難点だったが、そんなものは想像力さえあれば補える。

 一平はしばしの間空想の世界で遊んでいた。


「…ちゃん…」

  微かに呼ぶ声がして、一平は我に帰る。

さっきまでくっついていたパールの姿がないことに気づく。

「パール⁉︎」

 声はどこから聞こえてきたんだろう。声の主がパールである事はほぼ間違いがない。

 そもそもパールはこの操舵室まで自分と一緒に来ていたのだろうか。一平にはその記憶がない。この部屋に心が惹きつけられていたからだったが、パールが自分のそばを離れるはずがないという妙な自信と思い込みがそうさせていたらしい。

 操舵室は広々としていた。隠れるような所も見当たらない。声も近くはなかった。

 一平は一度外へ出て、来た道を戻った。

「パール?どこだい?」

「…っぺいちゃん…」

 再び届いてきた声の方へ一平は泳ぐ。

 パールはいた。

 操舵室からいくらも離れていない船室の中に。

 小さな丸窓から細い体を滑り込ませて船の中に入り込んでいた。

 何がパールにそんなことをさせたのか、その姿を見れば一目瞭然だった。パールは手に首飾りを握っていた。白くて丸い粒の連なる二連のネックレスは真珠でできていた。

 真珠(パール)

 その宝石と同じ名前を持つ少女にとって、その白い玉は特別なものだった。彼女は自身の髪にも同じ素材のカチューシャを嵌めている。

 偶然見つけて集めた玉。

 大好きな人がそれらを一つの形にしてくれた。己の命と引き換えるようにしてパールの手に渡った真珠の髪飾り。それはパールにとってただのアクセサリーではない。送り主の魂にも等しかった。それに似たものを、彼女はこの船室の中に見出したのだ。

 この船に乗っていた貴婦人の持ち物であったのだろう。真珠の首飾りがパールを呼んだ。パールは近づき、手を差し伸べた。

 直径三十センチほどの小窓だったが、小柄なパールには通り抜けるのはそう大変なことではなかったらしい。一平には無理だ。どう頑張っても。

「何してるんだ。そんなとこで」

 一平は窓の外から声をかける。

「これ見て、一平ちゃん。パールのとおんなじ」

 微笑みながらネックレスを翳して見せる。

「こっちに出てこいよ。何かいるかもしれないぞ。」

 早く出てくるように少し脅しをかけた。

 だが、パールは動こうとしない。

 いや、動けないのだ。パールの尻尾の先はベッドの下敷きになっていた。

「動けないの…」


 一平の目の色が変わる。

 何の弾みか、作り付けのベッドと壁とのジョイント部分が折れたのだ。何年海の中に沈んでいるのか知らないが、朽ちていても錆びていても決して不思議ではない状況だ。パールが船室の中の水を掻き回したことがきっかけで、極限を超えたのだろう。不運としか言いようがない。

「……」

 パールは思いっきり体を伸ばし、一平の手を掴もうとする。

 三十センチほど及ばない。

「だめ。届かない」

「諦めるな。そいつは動かせられないのか?」

 ベッドのことである。無理とは思うが訊いてみる。

「…重いよ…」

 渾身の力を込めているようだが、パールの華奢な腕ではびくともしなかった。

「頭を使え。何か長い棒を差し入れて持ち上げるんだ」

「?」

 一平の言っている意味はパールにはわからない。

 一平は梃子の原理のことを言っているのだ。

 わからないながらも、パールは周りを見回して棒なるものを探した。が、都合よくあるわけはない。

「棒なんかないよ…」

 絶望的な声で呟いた。

 一平も、チッと舌打ちする。

「これを使え」

 差し出したのは腰に帯びていた短剣である。刃渡り二十センチ、全長は三十センチ近くある。しかも硬い。一応金属でできている。棒の代わりにはなるだろうと思った。

 我ながらいいアイディアだと思ったが、実行には至らなかった。パールの手に短剣が届かないのだ。五センチ、足りなかった。あれこれと思いつく限りの手を尽くしてみたが、パールはそこから動くことが叶わなかった。

 一平は青くなってその部屋への入口を探した。船内の通路から船室へ出入りする扉があるはずだった。外から何番目の部屋かを確認して、通路へ潜り込む。水の侵入を防ぐために隔壁を下ろされた通路もある。広くて迷子になりそうだったが、何とか件の部屋らしい扉に辿り着いた。

 扉は閉まっていた。取り敢えず、取っ手に取り付いて開けようと試みる。

 びくともしない。

 錆びてもいるし、細かい隙間には砂や苔のようなものやら、ゴミ屑やら、いろいろなものが詰まっている。

 扉を調べて致命的なことに気づいた。扉の形が元の形を留めていないのだ。僅かではあるが歪んでいる。扉だけではなくて、壁も一緒に撓んでいる。これでは沈む前の陸の上であっても開ける事は不可能だ。

 かといって、この鉄の扉に穴を開ける手段も一平にはない。持てる道具と言えば、一振りの短剣のみである。

 それでも一平は努力してみた。付着物を取り除き、隙間とも言えない隙間に剣を差し込んで歪みを直そうと力を入れてみた。

 およそ無駄だとわかり切っていた行為だが、何もせずに諦めるわけにはいかない。このまま放っておいたらパールは永遠にこの船の中だ。百年以上前の乗客たちのお仲間になってしまう。

(そんなことはだめだ!絶対にさせない‼︎)

 今の一平にとって、パールはただの連れではない。一平が生きてこうしている意味そのものと言ってよかった。

 パールがいなければ、こんなことをしていなかった。 

 パールに会わなければ、こんなところにいなかった。

 パールのことを知らないでいたら、今でも一平はたった一人で悩み続けていただろう。

 パールを知らなかった頃の自分にはもう戻れない。

 後にしてきた故郷へ、今更一人のこのこ帰って生きがいを見つけられるとは、一平にはもう思えなかった。彼は前へ進むしかないのだ。父の失われた記憶を見出し、本当の自分自身を知ることから次のステップが踏み出せるのだと、一平は考えていた。

 未来など彼には見えない。自分がどういう大人になるのか想像もつかない。

 けれど、これだけはわかっていた。パールを一人放っておくことはしてはならないし、したくもなかった。

 だが、このままでは遅かれ早かれそうなってしまう。

 一平は握り締めた拳をびくともしない扉に叩きつけていた。


 パールとて何もせずにぼんやりしていたわけではない。

 初めはそれほど深刻には考えていなかった。

 自分のカチューシャより遥かにたくさんの粒揃いのネックレスを見つけて、とても幸せな気持ちだった。

 見惚れていたら、重たいものが自分にのしかかってきた。

 勢いよく倒れてきたわけではないので大きな怪我はない。それでも括れから先はびくとも動かない。が、完璧に下敷きになっているわけではなく、わずかな隙間に挟まっているのだ。括れから先の広がった部分が、その隙間よりも大きいために抜くことができないのである。

 一平の指示通りにベッドを動かそうと試みてもみたし、何とか尻尾を丸めて抜いてみようともした。態勢を変えれば何とかなるかと思い、体をいろいろ捻ってみたが、どれも成果は上がらない。

 一平が待ってろと言って姿を消してから、パールは急に心細くなった。静まり返った海の底で、たった一人ぼっちで狭い囲いの中に取り残されていると思うと気が弱くなる。まさかこのまま一平が戻ってこないことはないと思っているが、時間がかかれば不安になる。

 窓のある方とは反対側の扉の向こうで、何やら不気味な音まで聞こえてくると、パールの心は恐怖に襲われた。その音が他ならぬ一平が扉をこじ開けようと躍起になって立てているなどとは預かり知らぬパールだった。

 

 びくともしない扉に背を向けて、一平は一旦パールの姿が見える所へ帰ることにする。

 状況の把握がしきれないので、ただ待っていろ、とだけ伝えてきたのだ。あまり長くなりすぎるとパールが心配するだろうという気遣いからそうした。

 果たしてパールは思った通り、今にも泣きそうな顔で一平を待っていた。一平の姿を見ることができる唯一つの小窓のほうに顔を向け、一心不乱に一平が戻ってくることを祈り続けていた。

「一平ちゃん、何かいるよ。この向こうに。ギギッって、音がするんだもん」

 一平は眉尻を下げた。

「…怖かったか?ごめん、それはボクだよ。ドアを開けられないかと思っていろいろやってみたんだけど…」

「けど…⁉︎」

「…だめだった…」

「……」

 こんなことを言ったら余計パールがっかりするじゃないかと、一平は言ってしまってから自分を窘めた。

(それなら怖くない)

 パールの方は逆だ。一応音の正体がわかって安心した。

「…お腹…空かないか?」

 窓の向こうから一平が聞いてくる。

「うん。あのね…」

 胃の容量の少ないパールは、割と細切れに食べたがる。

 考えていたことをパールは口に出してみる。

「パール、ちょっとご飯食べないでいようと思う」

「…なんで?」

 一平が目を丸くする。

「あのね。ご飯食べなかったら痩せるでしょう?そうしたら、パールの尻尾、ここから抜けるようになるかもしれない」

 一案ではあった。

 だが…。

「おまえ、わかって言ってんのか?食べないとお腹が空くんだぞ。お腹が空きすぎると死んじゃうんだぞ?」

「…ちょっとの間なら平気だよ」

 この楽天的なところがたまらない。パールの言う『ちょっと』は一日か? 二日か? 三日以上ということはないだろう。だが、その程度で細くなるとも、そもそもパールが飢えを我慢できるとも思えないのだ。

 だがしかし、実際問題としてパールの手元に食べ物を渡す手段とてないので、パールが自分の意思でそばに寄ってきた魚を捕らえて食べなければ、一平には手の出しようがない。

 すぐに音を上げるだろうと、一平は無理にやめさせることもなく、その日はそのままそこで体を休めることにした。


 ああは言ってみたものの、やはりお腹が空くというのはいい気持ちではない。でもそうしなければこの尻尾が抜けず、ずっとこのままなのだと思い、なんとかパールは我慢した。こんな時は早く寝てしまうに限る。そうすればお腹の空いたのもわからない。

 やがてパールは自分の考えが甘かったと思い知る。お腹が空きすぎると眠れないということを初めてパールは体感した。

 一平は小窓の外に陣取っていた。危険な生き物が入り込まないようにと見張りをしている。時折持ち場を離れているのは、周囲を警戒するために付近を見回っているのだ。

(一平ちゃんも寝ればいいのに…)

 パール以上に一平は疲れているはずだ。厚い鉄板を相手に力比べの一日だったのだから。

(ごめんね。パールがばかなことをしたから…)

 何の気なしにしたことがこんな事態になるとは予想もつかなかった。

(どうしてパール、悪いことばっかりしちゃうのかなあ…)

 とは言え、中に入ってはいけないと注意されたわけではない。入れたのだから出るのも簡単だったはずで、今の戒められた状態は不可抗力なのだ。

(一平ちゃんみたいに大きくなったら、パールももっといい子になれるのかなあ…)

 パールから見れば、一平は保護者にも等しかった。パールには判断できないことを代わりに片付けてくれる。一平の言う通りにしていれば、いつだって何の心配もなかったのだ。

(早く大きくなりたいな…)

 痩せることを考えているくせに大きくなりたいとは、矛盾しているようだが正直な気持ちだった。

 見回りに行ったらしい一平を待っているつもりだったが、いつの間にか睡魔がやってきて、パールは眠っていた。


 目覚めてパールは気がついた。十度目の変態が無事終了したことに。

「一平ちゃん」

 まだ眠っている一平を呼んでみる。

 入ることが叶わぬ船室の外で、ただ一つの小さな出入り口を塞ぐようにして、彼は眠っていた。

 そこから何者も中に入れるまいと、危険をパールに近づけまいと守っているかのように。

 よく知っている声が、よく知っている抑揚で自分の名を呼んでいる。ほどもなく一平はぱっちりと目を開けた。

 パールが呼んでいる。

 何だろう?

 ハッとなる。

 昨日の出来事を思い出した。

 慌てて腰を上げる。

 丸い窓から中を覗き込む。

「パール⁉︎」

 状況が変わったとは思えないが確認してみる。

「どうした?痛いのか?」

「ううん。ねえ、も一度やってみて」

 パールは短剣を差し出してみろと言う。

「無理するな。下手すると大怪我するぞ」

「今度は届くよ。きっと。ねぇ、手、伸ばしてみて」

 パールの声は明るい。眠って元気を取り戻したのかもしれないが、いまいち得心がいかない。

 それでもやってみる価値はある。何もしないよりもマシだ。

 一平は剣帯から短剣を鞘ごと引き抜いて小窓から差し入れた。ギリギリ腕の入るところまで手を伸ばす。

 感覚が変わった。

 剣が軽くなる。

(え?)

 パールが片手で短剣を掴んでいる。

「届いた!」

 同時に声がする。

 信じられなかった。昨日と同じことを試みただけなのに。

 なぜ、昨日はだめだったんだ?

 小窓の向こうでゴトゴトと、パールが短剣で何かを擦ったり動かしたりしている音がする。

「とれた!」

 やがて、喜びの声がした。

 昨日一平が説明した通りに梃子の原理を応用して、パールは自分の尾を挟むように乗っていたベッドを跳ね抜けたのだ。

 そしてパールは出てくる。一平にはとても通り抜けることなどできない幅の小窓から。小柄で細身だからこそできる芸当だった。

 ただ、何か違和感がある。

 確かに中にいたのはパールなのに、そこから出てきたのは紛れもなくパールなのに、何かが違う。

 出るなりしがみついてくる少女を優しく抱き止めて、一平は尚更その感を強くした。

 パールの髪が長い。

 確か昨日まではこんなに長くなかった。

 抱きついてきたときに支える場所も、もっと尾鰭に近かったはずだ。

 容易には信じられないが、どうやらそうらしいと気がついた。口に出して言ってみる

「…おまえ…大きくなったんじゃないか⁉︎」

「うん!」

 顔を上げ、パールは即答する。

「……なんで…急に…こんなに…変わるんだ?」

 パールは一平の質問にキョトンとする。

「十歳に…なったからだと思うよ」

「十歳⁉︎」

 わかるようなわからないような説明だったが、それ以上に驚くことがパールの言葉の中に含まれていた。 一平は目をぱちくりする。

「…ってことは…おまえは… 九歳だったのか?今までは…」

「うん、そうだよ」

「……」

 開いた口が塞がらなかった。まさか、そんな歳だとは思わなかった。パールは地上の人間で言えば、小学校一年生くらいの年頃に見えたのだ。六歳か七歳か、いって八歳くらいだと思っていた。

 パールの口からはっきり聞いても、もしかしたらトリトニアと日本とでは、歳の数え方も違うかもしれないと思ってしまう。

 でも、パールの口振りではそうでもないらしい。

「そんなに…おかしい?一平ちゃんはお誕生日が来ると一つ大きくならないの?」

「いや…そんな事はないけど…」

 どうにも歯切れが悪い。

「すると…パールの誕生日は昨日だったのか?いや、今日?」

「わかんない。今がいつか、わかんなくなっちゃったから」

「でも、誕生日が来ると大きくなるんだろう?」

 そう。パールはそう言った。

「うん、でもね。お誕生日の時に来ることもあるし、その前のことも後のこともあるんだよ。変態の時がずれるのはよくあることなのか」

「変態だって?」

 日本では決していい意味では使われないその言葉の意味を一平は聞き返す。

「一平ちゃんはならないの?」

 さすがに一平の態度を不思議に思ったのかパールが尋ねる。

「…こんなふうに…一晩で何センチも大きくか?…なったことはないよ」

「ふーん」

「トリトニアでは…皆、そうなるのか?」

「うん」

 一平はそうならないと聞き、男の子は違ったかな、

とふと思ったが、すぐに違うと記憶が告げてきた。

「一年に一回、こうなるの」

 一平は改めてパールをしげしげと見た。

 髪の長さや体の大きさだけではない。顔つきも変わっていた。幼児っぽいところが少し解消されていた。でもまだ全然悪気なく幼い。そしてかわいい。

「それで…痛いのか?苦しいとか、気持ち悪いとか…ならないのか?」

「なる人もいるけど、パールは平気だよ」

 パールが苦しくないのならそれでいい。

「そうか…」

 ほっとした頭にある考えが浮かんだ。

「…お祝いをしなきゃな」

「お祝い?」

「誕生日のお祝いだ。日本ではプレゼントをあげたり、ご馳走やケーキでバースデーパーティーをしたりするんだよ」

「ケーキ?」

 図鑑んで見た。あの丸くて白くて赤い果物の乗った食べ物のことだ。聞き返しながらバールは思い出す。

「でも、ここにはケーキなんかないからな。申し訳ないけど、プレゼントになるようなものもボクは持ってないし…そうだ。蛸を獲ってきてやろう。今朝はご馳走だ」

 蛸と聞いてパールは目を輝かす。大好物なのにパールは蛸をうまく捕まえられないから。

「うん。しよう、しよう」

 大喜びで首を縦に振り、身を乗り出した。

 船の残骸だらけのこの辺は、蛸が身を潜めるのに実に都合の良い場所だった。

 五分もしないうちに一平は狙い通りのものを仕留め

、二人は朝食を満喫した。

 


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