●第八話 少女
広い。
ここは天井部分も吹き抜けで広い空間、どうやら大広間になっているようだった。それまでと違い、ここの床は白色では無く赤色になっている。向こうを見ると、奥の壁際に黒い大岩があり、そこに赤い槍で刺されているという女が見えた。その前に晶がいる。
「晶! 何をしてるんだ」
「彼女と話をしていたの。ハルトが持っている薬は飲まない方が良いって、彼女が言ってる」
「ええ?」
どうやら攻撃してくるボスではなかったようなので、僕も大岩の近くまで行ってみた。
輝くような金髪に空色の瞳を持つ少女は見とれるほどに美しい。
しかし、無残にも白いドレスが彼女自身の血によって赤く染まっている。苦痛も尋常では無い様子で、美しい顔が辛そうだった。それでも彼女は僕に微笑みかける。
「彼が持っていたあの薬は……とても強い魔力が籠もっていたから、あなたたち普通の人間には手に負えないわ。飲んでくれたら……この槍を抜けるほどに強い力が手に入るかもしれないけれど……」
「あの薬って何なの? 強い力って何?」
「竜の血」
「ああ……」
ファンタジーでは定番だが、現物を目にするとは思ってもみなかった。攻略サイトにはドラゴンの目撃情報もあるのだが。
「それもかなり上位、おそらく名のある古代竜のもの。もう一度見せてくれれば……もっと詳しいことがわかるかも。見せてくれない?」
「それは……」
僕も晶も、困惑する。あれはハルトたちが最初に発見した所有物なので、レイド方式をこちらから提案して別パーティーを宣言した僕らにどうこうできる話ではないだろう。それに、どうしてこの少女がその薬に強い興味を示すのか。
ただ、彼女はモンスターには見えない。見た目は普通の人間だ。
「この槍、抜いてみても?」
「ええ、お願い。助けて」
「ちょっと、久々津、何言ってるの、ダメよ、そんなの」
「でも、さすがにこれは可哀想だし、彼女は襲ってこないと思う。どう見たってモンスターじゃないよ」
「それは……ねえ、あなたはいったい何者なの?」
「私は……リリ、確か、そんな名前だったと思う。長い間、この槍の痛みで、記憶が曖昧になっていて、自分の名前も忘れちゃった」
力なく微笑む少女。見ていられない。
彼女を貫き、大岩に縫い付けている槍を見る。
それは長く、優に五メートルはあるだろう。大人の腕よりも太く、とても重そうだ。よく見ると、先端から中程までは赤黒いのだが、後端のほうは黒で、何か塗装でもしたような感じになっている。
人間が持ち上げられるかどうかも怪しい、巨大な槍。
後ろの黒い大岩も、表面は不思議な光沢に覆われ、ほのかに輝いている。黒曜石にも似ているが、これは岩というよりは金属なのかもしれない。
これを抜けるのか?
それでも、何もしないというわけにはいかない。
「くっそぉー!」
渾身の力で引っ張る。
「もうどうなっても知らないから」
晶も手を貸してくれた。
だが。
「ダメだ、ビクともしない」
「無理! ギルドに報告したほうがいいわ。彼らがなんとかしてくれるかも」
「そうだな。一度、戻ろう」
「ええ」
「ま、待って、お願い、私を一人にしないで」
リリが怯えたように僕らを追おうとして、槍の激痛に顔をゆがめる。血も結構吹き出した。
「動かないでくれ。必ず、助けを呼んでくるから」
「本当?」
「ああ。約束する。君を助けるよ、絶対に」
「……ありがとう。じゃあ、待ってる」
彼女が涙ながらに微笑む。僕は本気で、彼女をなんとかしてやりたかった。
元の部屋に戻ると、ハルトとエミがほっとした表情でため息をついた。
「戻ってこないから、やられたんじゃないかと思ったぞ、お前ら」
「すみません、でもあの彼女はたぶん、問題ないですよ。会話もできたし、モンスターとは思えない」
「いやいや、アレは絶対、人間なんかじゃねえって。胸を刺されてるのに生きてやがった。ボスに違いねえって。早くこの扉を閉めろ」
ボスが移動して出てくると問題だが……刺されているボスというのも変な話だ。それに、彼女は自力で動けない状態だった。
「それより、もう一つの扉も確認しましょう」
晶が言う。
「ええ? そんなことよりギルドに報告して彼女を……」
「おいおい、報告は最後の扉を確かめてからだ。それまではここから帰さねえぞ、ハイエナ君」
ハルトが僕に立ち塞がるように金属バットを構えた。そんなことしてる場合じゃないってのに。
「ちょっとハルト、ハイエナなんてほっときなさいって。アキラに宝箱を取られちゃうわよ」
「おお、そうだった」
すでに晶が左の扉に向かい、いろいろと試している。
「押しても引いてもダメなら、回す!」
ひらめいたようで、突起をつまんで回していく。回転は途中で止まり、どうやらそれで正解だったようで扉が開いた。
「やった! 宝箱だ!」
晶が素早く奥までダッシュして、抱えて持ってきた。
「ちくしょう、先を越された!」
「ええ? 中身はなんなのよ。早く開けなさいよ」
「急かさないで。罠があるかもしれないから、全員離れて」
晶が距離を取らせて、慎重に後ろから宝箱を開ける。
僕は中身がよく見えなかったので、目を凝らす。
「黒い……箱?」
揺らめいて見える不気味な小箱が、宝箱の中に入っていた。
次話は明日19時に投稿予定です。
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