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●第七話 白亜の迷宮

 白い宮殿と呼ぶにふさわしいダンジョンの壁は、ただの白色ではなかった。


 あたかも数千年の時を閉じ込めたかのように、深く、重厚で、それでいて(かす)かな光沢を帯びし純粋な白。

 最上級の真珠を丁寧に磨き上げれば、これと似たような感じになるのかもしれない。表面を触ってみるとひんやりしていて、指先が吸い付くような感覚。周囲の光を柔らかく拡散させ、空間全体を静謐(せいひつ)な輝きで満たしている。


 そして壁一面には、息をのむほどに精緻で立体的な彫刻が施されていた。単なる装飾ではなく、これは壮大な物語を(つづ)っているのだろうか。壁からわずかに浮かび上がるレリーフは、どれも生き生きと躍動している。翼を広げ、天を翔ける神々や、神秘的な獣たちの姿。はてまた無限に続くかのような幾何学模様が、すべて完璧な調和をもって連なっている。花々が永遠に咲き誇るようにと、その花弁の一枚一枚、葉脈の一本一本までが、信じられないほどの技巧で刻み込まれていた。


「綺麗……」

「ああ……」


 僕と晶は、階段を下りたあと、しばらくは周囲の景色に見とれていた。それまで殺風景だったダンジョンが、見事な装飾でまるで宮殿のような建造になっている。


「こんなダンジョン、ギルドサイトでも見たこと無いわ」

「そうだね。ずっとセーフティエリアだし、アイテムだけある場所か、それとも、観光スポットなのか」


 ごくまれに、ダンジョンには絶景のセーフティエリアが存在する。


「そんな予感がしてきたけど、私は宝箱のほうが良かったな」

「まぁ、僕もだけど」


 ここは上層のような迷路にはなっておらず、一本道が続いているだけ。この地形は……


「なぁ、まさかとは思うが、ボス部屋なんじゃないか、ここ」

「それは……どうだろう。でも、開けて、覗くだけは覗くわよ。ボスならダッシュで逃げる」

「うーん、分かったよ」


 あまり気は進まないが、晶は絶対に諦めないだろう。彼女の目的は姉を探すことだからだ。それに、僕が一緒にいてどうにかなるわけでもないが、彼女一人だけにボス部屋を偵察させるというのは、ちょっと気が引けてしまった。

 とはいえ、覗き込むのは任せた。だって怖いもの。


「ど、どう? 晶」

「待って。まだ奥が見えない。ああなんだ、二人が座ってる。開けて」


 どうやらボス部屋ではなかったようだ。ほっとして両扉を押して全開にする。そこは円形の広間になっていた。


「おそーい」

「滅茶苦茶時間がかかったな、お前ら。何やってたんだ」

「別に。地道に探索だけど」

「はー。んで、なんかあったのか?」

「何も。宝箱もモンスターも無し」

「とんだ無駄足だな。まあいい、見ろよ、これ。オレたちは、これを見つけたぜ?」


 ハルトがニヤリと笑って二十センチ四方の宝箱をすっと出してくる。黄金に宝石をちりばめ、きらびやかな装飾が施された宝箱だった。


「ご、ゴールドの宝箱! これって中身はレア確定だったはず」

「その通り! 残念ながらポーションだったけどな」


 彼が取り出した透明な瓶には、同じく装飾が施されたもので、真っ赤な液体が入っている。

 ……瓶は高級そうで綺麗だけど、なんだかこれ……中身が血の色みたいで嫌だな。


「それで、効能は?」

「分っかんね。ま、飲むか鑑定してもらえば分かるさ。まぁ、どうせ高級回復液か毒消しだろ」

 まぁ、他に思いつかない。一時的に筋力や魔力が増すバフアイテムの可能性もあるが、いくら高級でも薬の類いは使いづらいな。一回使えば、消えてしまう消耗品だろうし。

「それより、扉はあと二つある。お前ら、鍵開けか何か、スキルをもっていないか?」

「なんだ、それで僕らを待っていたんですか」


 気が抜けた。ま、それ以外にここで待っている理由もないか。


「どうなんだよ」

「二人ともそんな便利なスキルは持っていない。前に募集したときに、スキルは申告したはずだけど」


 晶が答えた。


「そうだけど、ひょっとしたらってこともあるだろ。参ったな。ここまで結構歩いたから、また上に戻るのも面倒なんだよな。メンバーを集めている間に他のヤツに取られたらと思うと、下手にここから動けねえ」


 気持ちは分かるが、宝箱を手に入れていない限り、所有権の主張は無理だ。


「この宝箱は、鍵は掛かっていなかったの?」


 晶が聞く。


「ああ、扉の方は掛かってたんだけどな、エミがつついてたらなんか勝手に開いたんだ」

「アタシもさー、どうつついたか覚えてないから、よくわかんないんだよね」

「そう。じゃ、つついてみましょう。久々津はあっちの扉を」

「わかった」

「オレらが散々試したぞ。まぁ、好きにしろ。開いたら山分けでどうだ?」

「お断りよ」

「なにおう? このポーションと交換でもいいぞ」


 宝箱の中身次第だな。

 四方にそれぞれ配置された黄金の扉には突起状のスイッチらしきものが五つ、中央に円を描くように配置されていた。

 ひとまず、散々試したあとなら、罠の問題は無いだろう。順番に押してみる。

 次に同時に押す。

 組み合わせを変えてみる。


「うーん、ダメだな」


 もう一つの扉に向かった晶の方を見るが、彼女も苦戦しているようだ。


「あはは、やっぱりあいつらもダメじゃん」

「でも、ずっとこうしてるわけにも行かないし、エミ、ちょっとあいつらにヒントを出してやれよ」

「ヒントなんて出せたら、アタシが自分で開けるっての。まあいいや、ちょっとからかってこようっと」


 エミがこちらにやってきた。


「どぉ?」

「全然ダメ」

「でしょうねえ。ひょっとしたらこれ、ゆっくり押すと意味があるかもよ」

「なるほど。それはまだ試してなかったな」


 ゆっくりと一つずつ押してみる。


「あれ?」

「あ、戻ってこない。ハルト! これ当たりかも!」

「どうしたどうした」


 そのまま僕は順番に突起を押し込んでいくと、カチリと音がして、黄金の扉が自動で開いていく。


「うお、開けやがった。よっしゃ、どけ! 早いもん勝ちだ!」

「うわっ」


 どつかれて転んでしまった。


「ちょっと! 今のはルール違反でしょ」


 晶も怒る。


「何のルールがあるってのよ。ちょっと邪魔でトロいから押したってだけでしょ。ねえ、ハルト。……ハルト?」


 反応が無い。扉の奥を見るが、奥の床に魔法陣が光っているだけで、彼がいない。そこは一本道で隠れる場所すら無いというのに。


「ちょっと、やだ、ハルト、変な冗談はやめてさっさと出てきてよ」


 エミが不安がっていると、一瞬でハルトが魔法陣の上に現れた。これは、ゲームではよくあるワープゾーンのようだが、いったいどういう仕組みなのやら。ダンジョンには現代科学では説明が付かないものが数多くあり、未だそのほとんどが解明されていないのだ。


「ああ、出てきた、良かった。もうびっくりさせないでよ。ハルト?」

「……この先はダメだ。ボスがいる。人間の女みたいなヤツだった」


 真っ青な顔でハルトが言う。


「ええ?」

「どいて。私が見てくる」

「よせ、アキラ! 敵うような相手じゃないぞ。アレは絶対にやべえ。アイツ、赤い槍で刺されてるのにオレを見て笑いやがったんだ」


 ガタガタと冷や汗を垂らしながら震えるハルトは演技などではないだろう。

 先に進んだ晶が心配になった。


「あいつ、戻ってこないね。どうする、ハルト」

「知らねえよ。オレはボスだって言ったんだ。まさか、アイツ、戦ってるのか?」


 ああもう! 仕方ない。

 僕も扉の奥に進む。


 青白く光る魔法陣に足を踏み入れると、周囲の景色が一瞬で変わった。

毎日19時に投稿予定です。

続きが気になるようなら、ブクマしていってください。

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