●第八話 呪文
「景山ぁー! 呪ってやるぞぉおおおお! 天地が許そうとも、人智が許そうとも、雷鳴のごとく、地獄の果ての亡者のごとく! 悪鬼のごとく!」
「おっほほ! の、呪いと来ましたか。呪い! アーヒャヒャッ! いいですねぇ、ちょっと変わってる人の死に様というのは、本当にワクワクしますね。さあ、他にどんな壮大で馬鹿げた罵詈雑言を並べ立ててくれますかねぇ」
「――――地獄の雷帝よ、嵐の奔流となりて我が眼前に集え!」
リリがダーク・サンダーストームの詠唱に入った。まずは第一小節。
「冥府の賢帝よ、濁流のよどみとなりて、この者の、舌を天まで引きずり出せ!」
デタラメでいい、リリの呪文までもがデタラメに聞こえるような言葉を紡ぐ、吐く、でっち上げろ。
「おやおやおや、冥府に賢帝がいるのですか、それは初耳ですねぇ。しかも濁流の淀みで私の舌が天まで引っこ抜けるのですか、いやはや、淀んでちゃダメでしょうに」
「――されば昏き閃光は我が敵をことごとく打ち砕かん」
第二小節。
「プフッ、昏き閃光って、アーヒャッヒャ、いやいや光るから閃光であって、昏い閃光などあるはずが……ハッ、いや待て、これは逆接の祝詞か! バリア発動だ! 前衛! 今すぐその金髪を殺せ、それは正式な魔法の呪文――!」
やはり気づいたか。
だが、もう遅い!
「ダーク・サンダーストーム!」
最終小節。
同時に僕は麻痺回復のポーションの中身を口の真上に出現させ、飲み込む。
体が……
動いた。
「景山ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
狙うは景山ただ一人。
他はAランク冒険者ではないからだ。
それならリリの最大級の範囲攻撃呪文を食らってただで済むはずが無い。
「Dランクごときが、小賢しい! 電撃で麻痺効果があろうと、こちらのレジストは成功した! 相手は小物、ならここは速射でしょうよ! ――冥府の昏き獄炎よ、小さな火の粉となりて敵の頭上に降り注がん! ここに我がマナをもって命ずる、フレイムショット!」
無数の火の粉が景山の周りに出現すると、一斉に飛んでくる。
後ろのみんなを狙われると厄介だったが、景山は僕とリリだけに的を絞っている様子。
そして、彼は前方だけに注意を払っている。
当然だろう、脅威はその方向にしか無い。
上には何も無い。
天井は結構な高さがあるが、何も無い。
だからこその、がら空き。
致命的な隙。
景山は絶対に真上には注意を向けない。
そこにあの赤い剛槍を【次元アイテムボックス】から出現させた。
五メートルはある重い槍だ。それを自由落下させたらどうなると思う?
落ちきるまでの数秒を稼げば、僕の勝ちだ。
その間、竜骨刀で火の粉を斬る。
絶対に視線を上に向けないよう、注意して斬る。
「馬鹿な、魔法を剣で切れるはずが」
景山が驚いたが、通常は無理なんだろうな。
「そうか、スキル、スキルですか!」
「さあね」
余裕ぶってみたが、こちらも次から次へと連射で飛んでくる炎の球を切り続けるので手一杯だ。
これがAランクの実力。やはり半端ない。
火の粉はすべて見えているものの、大量にある。
そのすべてを切り落とすのは不可能だった。
押し込まれる、と思ったが、僕の体にぶつかる寸前で、火の粉がバリアのようなものに防がれた。
リリがバリアの呪文を使ってくれたようだ。そうか、君はここで僕を守ってくれるのか……。
「ふぅ、少し焦ってしまいましたが、いいですね、この状況。私があなたを攻撃している限り、後ろの金髪魔術師も、バリアを解けない様子。馬鹿ですねえ、誰かを守りながら攻めようなんて考えが甘いんですよ、そこは攻撃しかないでしょうに、甘い甘い甘い甘い甘い甘いアマ――ぐべっ?」
「いつから僕らが攻撃していないと錯覚していた? ま、もう死んでるな、こりゃ」
念のため、槍の下に潰れている景山を【鑑定】してみたが、
『レベル 29 景山玄
種族:ヒューマン
状態:死亡
STR 7
AGI 16
VIT 19
MAG 47
DEX 12
LUC 3
残りボーナス 58』
状態に死亡と出ている。
生命オーラも無し。
それがなぜ分かるかというと、【竜眼】のレベルアップのおかげのようだ。
『【竜眼】がレベル4になりました。
獲得済み:【夜目】【視力向上】【探知】【直感】【レア発見】【威圧】【赤外線】【察知】【鑑定】【推測】【X線検知】【感情検知(弱)】 【看破】
新たにに獲得:
【解析】(足りないものが見える)
【生命検知(弱)】(視界に収めた他者の生命やオーラを感じ取る)New!』
レベルが5つもあがってしまったが、ま、ボーナス振り分けはあとでいい。
倒れている景山のパーティーメンバー一人一人に竜骨刀を刺していく。
前衛のタンクだけはまだ息があったが、ま、どっちでもいい。
僕らが生き残れただけで、よしとすべきだ。
「さて、後処理を話し合うぞ」
帰ってからのんびりというわけにはいかない。
ダンジョンを出る前、ゲートチェックでどのように今回の事件を報告するかは
綿密に練って口裏を合わせておく必要があった。
Aランク冒険者がPKしてきたから返り討ちにしました。
それは構わない。正当防衛も、景山の評判から簡単に成立するだろう。
だが、僕たちがDランクだというのが最大の問題となる。
高レベルの魔術師はリリだけ。
国交省やギルドはリリが景山を倒したのではないかという疑念を持つに違いない。
「大丈夫です。私がすべてを話して自首すれば」
「そんなのダメに決まってるでしょうが」
晶が反対してくれた。
「そうですか。じゃあ、あ、忘れないうちにこれを受け取ってもらえませんか、晶さん」
リリがリボンのついた小箱を差し出す。
「これは?」
「本当は、明日、渡すつもりだったのですが、お誕生日プレゼントです。家に泊めていただいているのに、何もお礼をしていなかったですし」
「もう、そんなの、気を遣う必要なんてなかったのに。ありがとう」
晶がほっとしたように笑う。リリが晶の目を盗んでこっそり抜け出していたのも、これが原因だったようだ。
気づけば、僕らは共に笑い合っていた。




