●第九話 柳生風齋
遥に剣術道場まで案内してもらうことになった。
だが、晶は別行動を望んだ。
「じゃ、私は剣術は別にいいから、次のダンジョンの準備をしたり、情報を集めておく。リリも私に付き合いなさい」
「ええ? 私、久々津さんと一緒がいいのですが」
「でも、あなた魔術師なんでしょ。魔術師が剣術を習うわけ?」
「それは……」
「私達のパーティー『ハイドシーカー』は仲良しグループやお遊びなんかじゃない。それぞれの目的のために危険なダンジョンに潜ってる。だから、そのための行動はきちんと考えて欲しい、かな」
晶は途中でちょっと気恥ずかしくなったのか、最後は尻すぼみな感じになった。
「わかりました。では、またあとで、久々津さん」
「うん」
「練習、厳しくないといいですねぇ」
鵜飼……改め、柑奈はあまりやる気がなさそうだ。
「厳しくはないけれど、その分、自分に厳しくしないと、得られるものは少ないと思います」
遥が言うが、それはそれで僕は怠けちゃいそうだなぁ。
柳生剣術道場は緑に囲まれた静かな場所にあった。
風流な日本庭園という趣だ。
滝も近くにあり、滝に打たれながら、じっとして修行している数人の姿もあった。
暖かくなってきた季節とはいえ、水浴びはキツそう。
「なるほど、お話は分かりました。陶冶殿に一人前の剣士と認められる腕前まで鍛えたいと」
白髪のひょうひょうとした小柄な老人――柳生風齋が緑茶をすすりながら言う。
「ええ、まぁ、できれば……で」
「ほほ、弱気なことよの。まぁ、分からなくもない。その域まで強くなれるかどうかが分からぬときに、努力できる人間のほうが少ない」
然り。
「じゃが、おぬしは【竜眼】を持っている。その瞳、ダンジョンで手に入れたのかな?」
「はい。金色の宝箱から手に入れた薬を浴び、こうなりました」
「ほう。また同じ薬が手に入ったなら、ワシに譲ってくれるかの」
「それは構いませんが……その薬で二人死にましたよ?」
「竜の目を宿すのじゃ。当然、そのくらいの劇薬であろう。して、効果は?」
「ええと、視力向上、鑑定、赤外線……」
そこまで言って、晶たちがあまり他人に話さないほうが良いと言っていたことを思い出した。
「まぁ、いろいろでして。幻覚も見えたりします」
「ほほう。では」
座布団の上に正座していた柳生風齋が腰の刀の柄に手を置いた。
ふわり、と僕の前髪が揺れる。
「今の回数が分かるかの?」
「いえ……一瞬のきらめきしか見えませんでしたが……勘だと三回」
「ほほう、見えぬのに数は当てたか。これは面白い」
「え? ナギさん、今、風齋先生が抜刀されたのですか?」
柑奈も目をまん丸にして圧倒される。
抜刀の音はおろか、刀を納めた音すら聞こえなかった。
凄まじい速度だ。
それに、D級試験のあの音速攻撃はまだ見えていた。
それより速いはずなのに、衝撃波が起きなかったというのが、もう理解を超えている。
「そうみたいだな。ちなみに、風齋先生は、ダンジョンに潜ったことがおありなのですか?」
絶対、レベル上げまくっただろうと思って聞いてみたのだが。
「いや。ワシはそういうズルは好かん」
「ええ……?」「うわ……」
常人のままで、この年老いた年齢でなお、ここまでの速度が出せるとは。
「参りました。初心者向けに、ごくごく軽くご指導頂ければと」
「うむ。では、二人とも、ワシが直々に教えて進ぜよう。全員、付いてきなさい」
廊下を進んだ先に、床張りの道場があった。
「誰もいませんね」
大勢の弟子がいるはずだが、この建物には一人もいなかった。
「うむ、ここはワシ専用の場所じゃからな。さて、始めるぞい。まず、剣術の極意がなんたるかを考えてみよ」
「え? 極意ですか?」
「そうじゃ」
それって、先生が教えてくれるものじゃないですかね。素人が考えて分かるものなのか。しかも柳生流の極意ってなんぞや。
「速さじゃないですか?」
柑奈が言う。
「まぁ、速いに越したことはないのう。じゃが、それは必須ではない」
ふむ。
「必中、相手に当てること?」
「それも、当てねばならんが、もっと大事なことがあるぞい」
「ええ? 当てるより大事なこと? そんなのあるわけないでしょ」
柑奈は小声で言うが。
「あるのう」
すぐに答えを求めず、根本から深く考えてみることにする。
剣術とは、剣を扱う技術。
なぜ剣を扱うか。
それは相手を倒すためだろう。
相手もまたこちらを倒そうとしてくる状況で。
――なるほど。
「相手に倒されないこと、でしょうか」
「正解じゃ。相打ちでは意味が無い。柳生の教えは人を活かすことが根底にある。これを活人剣という。文字だけを見れば不殺と考えることもできるが、一人の悪人を殺すことによって万人を活かす、最小限の動きで最大の効果を狙うという考え方じゃ」
ふむふむ。コスパか……
「じゃから相打ちは、ちと分が悪い。相手が最大の悪であれば己の命も捨てて良かろうが、その相手が本当に最大の悪かどうかを見極めるのも難しかろうて。――ゆえに」
柳生流はいかなる状況下でも生き残らねばならぬ。
卑怯と呼ばれようとも、臆病と誹られようとも、無益と蔑まれようとも、それは大事ではない。
たとえ、表向きは負けたり途絶えたように見せかけたとしても、悪が存在する限り、それを倒すために柳生は陰の中に活き続けねばならぬのだ、と。
さらに驚いたことに、それから三時間、日が落ちるまで、僕と柑奈は風齋先生との問答のみで、一度たりとも体を動かさなかった。
「さて、今日の稽古はこのくらいでよかろう。また明日、ここに来なさい」
「「はい、ありがとうございました」」
「「つ、疲れた……」」
考えの稽古だけでヘトヘトになった。
「ナギさん、私、なんか剣術じゃなくて哲学の授業をやってた感じなんですけど」
「僕もだ」
「ふふ、風齋先生は理論を重んじられる御方。私の時も初日は問答だけでしたね」
遥が言うが、この教え方は反りが合わない人も結構いそうだなぁ。
「怒ってやめていった人もいるのでは?」
「ええ、十人いれば三人くらいは、早く剣術を教えろと怒って、そのうち一人はやめていくそうです。先生は己の頭も使えぬ者に、柳生の剣は教えられぬと。いえ、違いますね、いくら教えようとも極意をつかめないと言うべきでしょうか」
今の遥の言い直した言葉に、僕は少しハッとさせられた。
柳生流を覚えたければ、自分の頭で創意工夫し続けなければ、強くなれない。
いや、柳生流だけではないだろう。
誰かに教えを請う前に、自分で考えて強くなる方法を編み出すくらいでなければ、到底、あのような抜刀速度には至らぬ。そういうことだ。
「参ったなぁ。小学校からやり直したい」
「ナギさん、それで二回目は上手くやれるんですか?」
「もちろん、できないだろうなぁ」
「フフ。じゃ、今できることを考えましょうよ。でないと時間の無駄です。私はここで少し筋トレしてから帰ります」
「僕は……遥さん、剣の握り方、教えてもらえますか?」
「ええ、いいですとも」
自分から学ばねば、何事も得られないのだ。




