●第七話 監視役
ギルドの会議室で、一条遥がこれまでの事情を話してくれた。一人だけ、リリはギルドショップでヒマを潰してもらっている。
「なるほどなぁ、つまり、一条は国交省に頼まれて、リリを尾行、監視してたってわけか」
志藤が事情を飲み込んだようで、うなずいた。
「ええ、残念ながら、彼女にまともに接近できたのはついさっきですけどね」
「だがなぁ、見たところ、リリさんも、そんな悪そうなヤツには見えなかったぞ」
「私もそう思いますが、彼女はダンジョンから出てきた人物です。モンスターである可能性が濃厚なのです」
「おいおい、あれがモンスターの闘気だなんて、馬鹿言うんじゃない。一条も見りゃわかるだろうが」
「それは……ええ、私には今のところ、彼女は強い魔力を秘めてはいますが、人間に見えます」
「だろう?」
「見えるかどうかじゃなくて、槍に刺されても生きていた人間って、そこはどう説明するんですか? 普通に考えて、そんな状況、モンスター以外にあり得ないじゃないですか」
鵜飼が言うので僕は反論する。
「ダンジョン産の槍だから、何か特殊効果があったかもしれないだろ。それに、彼女は何度も人間を襲う機会はありましたが、一度として人間を襲っていません。会話もできる。言葉を話せるなんて、どう考えてもモンスターなんかじゃないですよ」
「それが……昨日、私は代々木ダンジョンの十三階の未踏破エリアで人の言葉を話すモンスターと接触しました。このケガは、そのモンスターにやられた傷です。彼は自分のことを『西之門の守護者、広目天』と名乗りました」
「なに、モンスターが喋った、だと?」
「「「ええ?」」」
一条の言葉に、その場の全員が驚く。魔術師系モンスターが理解不能な言語で呪文を唱えることはあっても、会話を成立させたことはない。人の言葉を喋るモンスターなど今まで一度も報告例がなかったのだ。
「間違いなく。ですから、もはや、人の言葉を喋るから人間だという論理は成立しません」
「そうね。でも、そもそも、モンスターっていったい何なの? いったい、彼らはどこからやってきたのかしら?」
晶が根源的な問いを投げかけたが、答えられる者などいない。
ダンジョンは不可解なことだらけで、未だ解明されていないことのほうが多いのだ。
「それはわからんが、オレはその『広目天』とやらと戦ってくるとしよう。話ができるというのだし、ちょいとこのダンジョンについて聞くのも面白そうだ」
「気をつけてください、志藤さん。生半可な力ではありませんでした。体の硬さも尋常ではなく、私のミスリルソードが折れてしまうほどです」
「なに、お前のミスリルソードでダメだったのか? そいつは厄介だな。だが、撤退はできるわけだな?」
「ええ、逃げ帰る敵には、追い打ちしてこない様子です。ボス部屋のドアもなく、最初からずっと開放されたままでした」
「では、この拳と【肉体強化】が効くかどうか、試してみるか。では、一条、またな」
志藤が去ったあと、会議室に沈黙が下りる。
リリが何者なのか。
僕は人間だと信じたいが……あの槍と血の存在がそれを許さない。
くそっ。
「久々津さん、こうなったからには、しばらく私をあなたのパーティーに正式参加させてください。喋るモンスターが地上を出歩くとなると、危険すぎます。ですから見極める必要があります」
一条が言った。
「参加は拒みませんが、スタンピードだとでも言うつもりですか?」
『スタンピード』ごくまれに、ダンジョンのモンスターが一斉に外に出てくることがある。当然、そうなれば被害は甚大。秋葉原事件では晶の姉も含め、大勢の死傷者と行方不明者が出た。
「いいえ。あの現象では、通常より強化されたモンスターが一斉にダンジョンの外を目指して殺到します。今のところ、封鎖されている『新宿駅東口ビル』ダンジョンにそのような兆候はないと報告を受けています。一ヶ月で充分でしょう。リリさんが人間であるという証明を私がしてみせますから」
微笑んだ一条は、そうか、こちらの味方か。
「モンスターだという証拠が出てきたら、どうするんですか?」
鵜飼が聞く。
「それは、国交省に報告し、相談することになりますが……」
「そういうことじゃなくて、Aランクの一条さんがわざわざ監視役を務めるからには、国交省から抹殺命令が出ているはずですよ。相手がモンスターと判別できたなら、即時で」
「いいえ、仮に彼女がモンスターであっても、国交省は彼らに冒険者カードまで発行して、自由な行動を許しています。人間として扱っているわけです。たとえ、そのような抹殺命令が出たとしても、私は拒否します。彼女が他の人間を傷つけない限りは」
「久々津、もし、リリが本性を現したり、自分の記憶を取り戻したら……彼女に真っ先に殺されるのはあなたかもしれないってことを忘れないで」
晶が面白くなさそうに言う。
「わかってるよ。そうだな、そのためにも、もう少し、僕らは強くなっておいた方が良い」
「そうね」
「リリが待ってる。合流しよう」
「ええ」
「一条さん。監視役というあなたの仕事、きっちりやってくださいよ?」
鵜飼が嫌な目つきで言う。
「もちろんです。最善を尽くしますよ」
一条はまっすぐに見返し、真剣な顔でうなずいた。