●第三話 E級昇格試験
「えー、それではこれよりE級昇格試験を行います」
「番号と名前を呼ばれた人は、リングに上がってください。なお、D級とE級については、装備よりも技能を重視するため、武器は貸し出しのものを使って頂きます。刃の無い模擬戦用の武器とはいえ、下手な使い方をすれば怪我をするので注意してください。試し振りは試験開始後に、三十秒が与えられます。武器を換えたい場合は申し出ること。それ以外で試し振りは禁止ですので注意してください」
ギルドの係員が説明するが、貸し出しの武器を使わないといけないのに、試し振りが三十秒だけというのは短すぎる気がする。
「うーん、これ、武器の相性もありそうですね」
鵜飼もそれを心配したようだ。
「そうね。まあでも、鵜飼は大丈夫だと思うわよ。ダガー、上手く使えてたし。問題は、久々津のほうかもね」
「むむ。確かに。ショートソード+2に頼り切りだからな」
「私が言いたいのは、威力というより、使い勝手だよ。あれは手にしっくりくるって前に久々津、言ってたじゃない」
「そうだね。Aランクの冒険者の、ええと緊張しすぎてて誰だったか名前を忘ちゃったけど『使いやすい剣だと思います』ってお墨付きが出てるくらいだからね」
「ああうん、あれ? 一条って……まさかね」
「何?」
「何でもない」
「では、一番目の人」
そうこう言っているうちに、最初の受験者がリングに上がった。と言っても、弾力性のある床の上に円形の白い線が引いてあるだけで、ボクシングのようなロープで囲まれたリングではない。さらにその周囲にはぶつかっても怪我をしないように大きなクッションを並べた壁が取り囲んでいる。
観戦も冒険者であれば自由にできるが、受験者の攻撃方法が魔法や弓矢だと流れ弾に注意が必要だろう。
「といっても、ほとんどが剣の戦士系みたいだな」
「それはそうよ。だって、魔法が使える人は人数が少ないし、弓矢や変わった武器なんて、扱いも難しいって聞くわよ」
「そうか、斧や槍は重いし、実践でもちょっと使いにくいか」
必然、扱いやすいショートソードの使い手が多くなる。試験官もショートソードに円盾とオーソドックスな戦闘スタイルだ。
「ダメだ、不合格。防御がなってない!」
「うわ、また不合格か。今日は厳しそうだな」
「でも、実際、防御が全然できてないし、ホーンラビット相手でも危なっかしい感じだったわよ、今の」
鵜飼が緊張しているなら、励ましてやろうかと思ったが、のんびりと観戦している彼女は緊張していない様子だ。
「次、鵜飼」
「はい。よろしくお願いします」
「おう、相手が女でも手加減はしねえぞ。まずは攻撃を見るから、思いっきり打ち込んでこい」
「へぇ。思いっきりってことは、全力でいいんですか?」
「当たり前だ。こっちはCランクだぞ。手加減は不要だ」
「フフ、ですよね。わかりました」
そのやりとりに、僕と晶は思わず顔を見合わせる。僕らのステータスは【竜眼】の分析によりボーナスもすべて使い切っているため、見た目のレベルより上になっている。昨日の『トラッパー』も登録はDだったようだが、実力的にはCランクだった。
「では始め!」
鵜飼が借り物のダガーを数回振って、試し振りがしっくりきたのか、ニヤリと笑う。そして、黒いオーラを纏い始めたので、僕は注意しておく。
「殺気は無しだぞ、鵜飼」
「はーい。つまんないの」
「えっ、あの子、試験官を殺すつもりで行こうとしたの?」
「かもな。まぁ、レベル差から考えると、それでちょうど良いくらいかもしれないけど」
「誰かさんがサクッとやっちゃったから、あれが普通だと勘違いしたのでは?」
「いやいや、だってあれは向こうが仕掛けてきたんだぞ?」
「そうですよ、晶さん。悪いのはPKを仕掛けてきた『トラッパー』です」
「そうだけどね。――動いた」
鵜飼が一気に距離を詰め、試験官が防御姿勢を取ったところで、彼女は前転し、高く飛び上がってから斬りつけた。
「「「おお!」」」
カンッと模擬剣が音を響き渡せると同時に、ド派手な攻撃に驚いた受験生や観客がどよめく。
試験官が防戦一方と見るや、鵜飼は左右にフェイントを挟みながらダガーを突いていく。斬りつけることもあるが、それは見せ技で、本気で相手に当てに行こうとしているな。
それでも、試験官の防御の技量はかなり高い様子で、ほぼすべて剣で弾いたり、盾で防いだ。
「よし、充分だ。次は防御を見る。攻撃してきても構わんが、隙は作るなよ」
「了解」
試験官も意趣返しなのか、最初から突きを連続で放ってきた。鵜飼は相手がよく見えているようで、最小限の動きで左右に躱していく。
「頑張ってください、鵜飼さん!」
リリが声援を送っていたが、おっと、そうだな同じパーティーなんだし、応援くらいはしてやらないと。
「いいぞ、鵜飼、その調子だ!」
「もっと大きく避けても大丈夫よ。楽に楽に」
僕と晶もアドバイスを送る。
試験官がこちらをチラリと見て、今度は大ぶりの素早い一撃を振り下ろしてきた。ここに来て、ようやく普通の攻撃か。相手はロングソード、かなりリーチが長いので、横に避けるしかなさそうだが……。
「うわ、カウンター狙い!? 無茶よ」
晶が焦ったが、鵜飼は振り下ろしに構わず距離を詰めた。ダガーでロングソードと互角にやり合うには
前に距離を詰める必要がある。とはいえ、相手の攻撃範囲が広い分、極端に距離を詰めない限りはこちらが不利。
双方の動きが一瞬で止まり、相手の首元に剣を突きつける、寸止めの状態になっていた。
「いいだろう。そこまで、合格だ」
「おお」
「君、鵜飼さんと言ったか」
「はい」
「このあと一時からDランクの試験もあるから、ついでに君も受けてみなさい」
「はい。そぉんなに私、優秀でした?」
「いいや。Dのほうは受かるかどうかは、運次第だ。どうも君は試験官やランクを舐めているようだから、少し揉んで指導してやろう」
「へぇ」
おいおい、タチ悪いな。まあ、多少派手すぎた感はあるけど、揉むってなんだよ。
そして試験官はなぜか僕の方を見て、怖い目でにらむと黒いオーラを燃やし始めた。
……なぜ?