●第十二話 霊体?
仰向けに転んでいるトロールは近づく鵜飼が怖かったのか、無茶苦茶に暴れ始めた。
棍棒で弾いた木片は軽々と躱した鵜飼だったが、左手で吹っ飛ばした木片に視線が向いていない。
棍棒の動きに集中していて、気づいていないのだ。
「鵜飼、避けろ、左手側から来るぞ」
「えっ、くっ!」
直撃は免れたが、それでもこめかみに木片が命中し、彼女が吹っ飛んだ。もの凄い威力だ。
「「鵜飼!」」
二人で駆け寄り、晶はすぐに離れて、トロールに向かう。的をこちらに絞らせないためだ。
「鵜飼、ポーションを。おい、鵜飼、しっかりしろ」
本来、こういう脳しんとうっぽい状況では揺すってはいけないのだが、早めに意識を取り戻してもらわないと、また次の攻撃が来る。
「なっ」
恐ろしい幻覚が左目に見えた。
鵜飼が骨になり、僕の両手から崩れ落ちる幻覚。真衣が僕をにらみつけ、悲しむ顔。
こころなしか、手元の現実の鵜飼も生気が弱まっているようにも見える。
「まずいな。ほら、ポーションを飲んで」
気を失っている状態で、呼吸はある。咳き込むと厄介だが、ポーションを飲ませることにした。
その鵜飼の体から、すぅっと白い光とともに、もう一人の鵜飼が抜け出てくる。
これって魂?
「ダメだ、鵜飼、行くな」
抜け出た方を手で捕まえようとするが、触れない。
それならば。
【次元アイテムボックス】に体と魂の両方を念じて突っ込む。
入るかどうかは分からなかったし、道ばたの蟻は入らなかったので、生き物はダメだと思っていたが。
「入った?」
もう一度念じて、外に出す。
「ふう、よし、出たか。呼吸もあるな」
出てこなかったらどうしようと思ったが、鵜飼は【次元アイテムボックス】に入るらしい。
入るモノと入らないモノの線引きがわからん。
一応、倒れて暴れているトロールも念じてみたが、入らなかった。
棍棒もダメ。
「けほっ、けほっ、うう、ひょっとして、お兄さん、私にポーションを口移しで飲ませました?」
「いいや、安心してくれ。手で飲ませただけだよ」
もっと酷いことをしているのだが、言って不安がらせるのもアレだし、ここは黙っておこう。
僕だったら、蟻でしか試していない【次元ボックス】に突っ込んだなんて聞いたら間違いなく抗議する。
「そうですか。さっき、なんか、私の体をつかんで、真っ暗な場所に突っ込みませんでしたか?」
「さ、さぁ」
正直に言えなかった。
「ならいいんですけど」
「立てるか」
「いえ、まだ体に力が入らなくて」
「久々津、ごめん、そっち行った!」
「うお、片足で来るか」
トロールは棍棒も捨て、這いずりながら、こちらに向かっていた。
「お兄さんだけでも逃げてください。動けない私はもう足手まといです」
「安心しろ、君を抱きかかえて逃げるくらいの余裕はあるよ」
「何言ってるんですか、強がってないで、現実を見てください。まだトロールは倒せてないんですよ。無駄な力は――」
「――自分の命を、無駄なんて言うな」
僕は怒りを抑えながら言った。
「え……は、はい」
人を小馬鹿にしたような性格で、かなりドライだと思っていたが、彼女は自分の命すら執着が薄いため、そういう言動になっていたのかもしれない。自信過剰だと真衣は言っていたが、単に命知らずなだけだったのだ。
無理を承知で助けてと懇願してくるリリのほうが、ずっと人間らしかった。
「あの、もう大丈夫です。感覚が戻ってきました。下ろしてください。自分で立てます」
「よし。さっきは怒って悪かった。ちょっと最近、目の前で人が死んだことがあって、それがトラウマになってるんだ」
ハルトとエミ。
「親しい人だったんですか」
「いいや。それでも、結構、ショックだった」
「鵜飼、立てるなら、自分でポーションを飲んで。久々津、さっさと片付けましょう。転ばせてるだけじゃ、余計に危険よ」
「そうだな。次は右腕を狙う」
倒すよりも、攻撃を封じるのが先だ。
だが、腕の肉を切り取ったところで、トロールの出血がほぼなくなり、生気も消え、動かなくなった。
「え?」
「倒……した?」
トロールの死体はやがて煙と化して、残ったのは分厚い皮の切れ端が数枚。
ドロップ品だ。
『【竜眼】がレベル3になりました。
獲得済み:【夜目】【視力向上】【探知】【直感】【レア発見】【威圧】【赤外線】【察知】【鑑定】【推測】
新たにに獲得:
【X線検知】(骨格や金属を透視できる)
【感情検知(弱)】 (近くの他者の思考や感情を 感じ取る)
【看破】(相手の偽装を見破ることができる。ただしレベルや魔力に依存)New!』
「間違いない、クリアだ……」
出血多量で倒せたようだ。
「ふう、疲れた」
「私、ダンジョンなんて楽勝だと思ってましたけど、考えを改めます」
鵜飼が疲れた顔で微笑んだ。