●第十一話 消耗
鵜飼の報告では三時間が経過した。
僕にとってはもう何十時間も感じるような時間だった。
休まず攻撃、バテたらポーションを飲んでまた攻撃。
その間、一度としてトロールの攻撃は食らっていない。あれは一度でも食らうと死だ。
トロールの右足は完全に肉を切り取り、骨も半分まで削りきった。
――なら
「あと、三時間……か」
ポーションはまだペットボトルで七十本くらい残っている。
回復は可能。
「久々津、私に剣を貸して。私が交代するわ」
晶が言うが。
「いや、僕がやる。一カ所に当てないと意味が無いんだ」
トロールの傷は数分で再生してしまう。休んでいられる時間などほんの数秒だろう。
「でも、ふらついてるじゃない」
「そうだな」
体力はポーションである程度回復できる。何度も切りつけることで、体力を消耗しないフォームや切りつけ方も身についた。
それでも、精神的な疲労はどうにもならないようだ。紅茶系とオレンジや、炭酸コーラのポーションを飲むとそれなりに頭はスッキリするのだが、それは一時的。コーラポーションを二回続けて飲んでも、げっぷが出るだけで、頭がスッキリする効果は低い。疲労回復効果も全快とはいかないらしい。
トロールも時々、起き上がっているのと倒れているのとで二重の幻覚が見える。
「じゃ、やっぱり私も参加しますよ」
鵜飼が何度目かの申し出をする。
万が一、彼女が死んでしまったらと思うと、妹の真衣に顔向けできない。だが、他に良い手もなさそうだ。
「本当にやれるのか? 鵜飼」
「私、運動神経は結構、いいんですよ。たぶん、お兄さんより上だと思います」
「視力は?」
「2.0よりちょい上。視力表の少し後ろからでも見えますよ」
「ふうん。一回だけだ。一回試して、失敗したらなんと言おうと、もう試しは無しだ。判定も僕がやる」
「いいですよ。じゃ、少し休んでてください。トロールだって、あの傷だといきなり全部は回復したりもしないでしょう。倒れられたり、お兄さんがうっかり死ぬ方がまずいですって。どう考えても心配するのはそっちが先でしょう」
論理に穴はないのか、本当にそれでいいのか、考える力も起きなかった。
「晶、どう思う?」
「いいんじゃない。私も【毒針】で口の中の喉を狙ってみる」
「決まりですね。じゃ、先手取ります」
鵜飼が自分のダガーを握りしめ、斜め後ろから回り込んでトロールの足を切りつける。
「よし、命中してる。だが、鵜飼は骨より肉を狙ってくれ」
「そうですか、今のドンピシャだったと思うんですけど」
「二ミリほど、中心からズレてる」
これでも意味はあるが、僕が肉を何回かに一度は削らないといけないので、その作業を彼女に割り振るほうが効率が良い。
「細かい。お兄さんのその目、本当に竜っぽいですね。話に聴いたときはタダの中二病かと思いましたけど」
「竜かどうかはともかく、よく見えるのは本当だよ」
色つきコンタクトだと思われてたんだろうなぁ。
だが、鵜飼の危なげない攻撃参加で、少し余裕が出来た。
それはダメージとしてはほんの少しの上乗せだったけれど、精神的にはぐっと楽になった。
そう、今の僕は一人じゃない。
トロールも緑色の血を大量に出血しており、時折、ふらつきも見せるようになっている。
「もう少しだ」
そう信じて、突っ込む。
「お兄さん、そろそろ、精密さより、力を入れてダメージ重視でも良いと思います。あいつ、自分の体重を支えられないんじゃないですか?」
鵜飼が言う。
そうだろうか?
刃が食い込んで抜けなくなるのが怖い。
「いいえ、そのまま攻撃し続けるべきよ」
「お兄さんの精神力がこのまま保つならそれでいいですけどね」
「くっ。久々津、あと三時間、行けそう?」
「三時間……さすがにちょっと自信がないな。ダメージも入れていく」
まだ折るには、削り切れていないが、こちらの握力も怪しくなってきている。
剣が握れなくなる前に、挑戦したほうがいいのかもしれなかった。
「うおおおお!」
省力から切り替え、力任せに斬りつける。
ガッと、刃が食い込み、やはり心配したとおりに剣が抜けなくなった。
だが、またロープで引っこ抜けば良いのだ。
無理をせず、僕は素直にショートソードを手放す。さんざん酷使してきたショートソードは、すでに刃のあちらこちらが刃こぼれしていて、これは修理も考えないとダメそうだ。ま、この戦闘を切り抜けられたなら、だけど。
「GUOOOOOOO――――!」
「離れて!」
トロールが暴れ始めた。ヤツにしてみれば一方的に攻撃され続けて、自分の攻撃はすべて外しているのだ。あっちだってストレスは溜まりに溜まっていただろう。
危険度は上がったが、それが思わぬほうに幸いした。
「あっ、折れた!」
トロールがわざわざ自分で怪我している足を踏みならし、自滅してくれたのだ。
僕は迷わず、【次元アイテムボックス】に念じて、ヤツの足の先を収納。上手くいった。内部でもう一体のトロールが再生してしまったら目も当てられないが、分裂する敵という情報ではなかったから大丈夫だろう。
「足が消えた?」
「アイテムボックスに収納した。さて、もう一本の足も頂くかな」
そうすればヤツは這い回ることしかできず、移動力も攻撃力も極端に落ちるはず。
不格好に転んでいるトロールに僕は突っ込む。
「待って、攻撃方法が変わった!」
晶が指摘する前に、僕にも見えていた。ヤツは棍棒で直接僕らを攻撃することを諦め、近くに転がっている木の破片を棍棒で叩いて飛ばしてきた。
「くっ!」
すべて破片の動きは見えているものの、スローモーションになるだけで、体は思うようには動いてくれない。全部は避けきれないと判断し防御姿勢を取って、内臓や急所を守る。
「お兄さん!」
「大丈夫だ」
「どう見ても大丈夫じゃないでしょ。早くポーションを」
「ああ」
お腹がたぷんたぷんであまり飲みたくないが、飲む。
「ゲフ」
次は味より、効果と濃さにこだわろう。
「少し休んでいてください。私が肉をまず削ります」
「よせ、鵜飼!」
今のヤツに近づくのは危険だと言おうとしたのだが、その前に鵜飼が突っ込んでしまった。




