●第六話 一条視点 代々木ダンジョン(深層13層、未踏破エリア)
講堂に似た木材の床と壁のエリアを抜けたが、再び、似たような講堂だった。
学校に近い印象だけれど、この構造はやはりダンジョン。下手に構造を予想してしまう分、タチが悪いと思ってしまう。代々木ダンジョンは未踏エリアもたくさんあり、油断できない。
「ト、トロール三体! くそっ、またこいつらか。急がないといけないってのに!」
私を案内した斥候の人が、いらだちをあらわにする。仲間の命が掛かっていれば当然か。残念ながら、こんな状況下だというのに私にとっては他人事でしかなかった。冷酷な人間だ。もちろん彼らの心情は理解できるし、同情もしている。ただ、頼まれると断れない私は今まであちこちのパーティーを渡り歩く感じで、長く固定したパーティーメンバーになったことはない。だからその分、私は冷静でいられる。
「落ち着いて、一体ずつ倒していきましょう。大丈夫、トロールは動きが遅く、目も見えません。魔術師の方は、位置取りに注意して小声での詠唱を。最速で倒します」
弱点のないモンスターに細かい連携や頭を使う必要などない。やることは極めて簡単。力押し、ただそれのみ。
「はい、お願いします、一条さん」
「ところで、新種のレッドオーガに襲われた地点まで、あとどれくらいですか?」
「すぐそこです。廊下の先に体育館みたいな場所があるんです。敵は一体だけでした」
「なら、消耗はそれほど心配いらないですね。初手からスキルを使います。正面の敵は私が、皆さんは左右をお願いします」
「わかりました!」
愛用のミスリルソードを鞘から抜き、正面で構えた私は精神統一で集中力を高める。この大技は霊体やゾンビには威力絶大だが、トロールのような通常の属性の敵にはあまり威力が出ない。
――それでも。
「【ディバイン・クロス・バスター!】」
十文字に二閃。手応えあり。
綺麗に四つに切り裂かれたトロールがそのまま後ろに倒れるようにして、崩れ落ちた。
「これが聖騎士のクラススキル……!」
「は、初めて見たけど、やべえな、こいつぁ。鳥肌もんだ」
「い、一撃ってなんだよそれ、相手はトロールだぞ。は……はは、凄ぇ……」
正確には縦横二回攻撃なのだけれど、まぁ、そんなことはいいか。
魔術師が炎の呪文を当てて、暴れているもう一体のトロールを私は後ろから切り伏せた。
「これで二体目」
戦士二人が相手をしているトロールを振り返ると、ちょうど棍棒を振り下ろしたところだった。
「ぐっ!」
あのトロールの攻撃を盾で受け止めきった重戦士の人も凄いのだが、数メートルほど地滑りしていて、盾もへこんでダメージも受けてしまった様子。トロールのパワーだと受けるより躱すほうがいいのにと思ってしまう。
だが、戦闘スタイルはそれぞれ。パーティーメンバーでもない私があれこれ上から目線で指導するのも嫌がられてしまうだろう。
第一、救出ミッションは、そんな話をしている暇などない。
棍棒を振り下ろしきって隙だらけになっていた三体目のトロールを私が後ろから縦に切り裂き、片が付いた。
「クリア! 行きましょう」
「ええ」
「あっという間に、一人で片付けてしまわれるなんて、さすがはAランクですね!」
「いえ、私が一人で片付けたのは一体だけで、皆さんの攻撃も入っていましたから。ところで、新種のレッドオーガについてですが、何か攻撃の特徴はわかりますか?」
歩きながら話す。
「はい、レッドオーガは三つ叉の槍を武器に使っていました。鋼のような筋肉で、斬りつけたこちらの剣が逆に折れてしまいました。炎の魔法も効果は薄いようです」
「そうですか。属性があるのでしょうか?」
「どうでしょう……氷の魔法を持っている魔術師がウチのパーティーにはいないもので、わかりません」
「一条さん、そのレッドオーガのことなんですが……アイツは人間の言葉を話していました」
「えっ、人間の言葉を?!」
私は驚いてしまった。
これまでギルドには多数のモンスター情報がもたらされ、種別ごとに特徴がまとめられているが、人間の言葉を話すモンスターは一度も報告例がない。モンスターか人間か、はっきりしないというあのリリを除いては。私はリリを尾行して監視するミッションを頼まれているのだが、別口で今日はこの救出ミッションを優先している。もちろん、黒部さんから許可も取った。
「おい、断定口調で未確認の情報を話すな。聞いたのはそいつだけで、他のメンバーは聞いていません」
「でも、『たわいない』って、確かに聞こえたぞ。服も人間っぽかったし」
「姿格好だけで判断するなよ。『動く鎧』のモンスターだって、人間の装備だろうが。言葉だってあの場の近くに、他の人間の冒険者がいたかもしれないだろう」
「なるほど、状況はだいたいわかりました。念のため、知能レベルが高いかもしれないと、警戒はしておきましょう。ただ、他のパーティーがいたなら、彼らのことも心配です」
「はっ、うちのメンバーが一人重傷を負ったのに、助けにも入らないヤツらですよ? それどころか、PKを狙っていたのかも」
PK……レアアイテムの分配争いで高レベルの冒険者が互いに殺し合いをするケースがたまにあるけれど、基本的にゲートチェックが使えなくなり、ダンジョンに潜れなくなるので普通の人はよほどのことが無い限りはやらない。
しかし、モンスターを上手く使って、ギルドや国交省にバレないようにすれば……
「それでも襲われたわけじゃないんだ。決めつけは良くないぞ」
「だが、この代々木ダンジョンで最近、低ランク冒険者の行方不明が増えてる。モンスターを利用してるパーティーがいるのかも」
「それは、低ランクの話だろう! ここは深層だ」
「おいよせ、言い争ってる場合じゃ無いぞ。一条さん、到着しました。この扉の先が、レッドオーガの出現地点です。おそらくヤツはボス……いいや、ボスに決まってる。あの強さは」
「そうですか。ボスは他の一般モンスターと比べて急に強くなり、HPも桁が変わります」
ギルドも注意喚起しているけど、致死率が高いのはDランクである。
それまでボスと一度も戦っていなかったパーティーが、次のランクを目指して行けると思ったときが、一番危ないのだ。それは経験の差。私が初めて絶望したのも代々木ダンジョンのボスだった。本当に死にかけた。
だから、私は言う。
「ここからは気を引き締めていきましょう」
「「「はい!」」」
「では、段取りの確認を。私がレッドオーガを引きつけます。その間に皆さんは仲間の救出を。その後、すぐに私も含めて全員で撤退します。ただ……最悪の事態も想定して動いてください」
残念ながら、一日経過したボス部屋の中でまだ生存しているというのは、希望的観測だろう。しかもこのボス部屋は撤退可能なのだ。
「わかっています。でも、アイツには奥さんと子どもがいるんです! 遺体も渡せないのは……あまりに! 不憫で……くっ」
「ええ。そうですね。強化魔法は今のうちに」
「了解」
私には互いをよく知るパーティーメンバーがいない。コミュ障……なのだろうけど、仲間の誰かのために泣ける、そういう関係が築けたらいいなと少し憧れてしまう。
「準備、整いました」
「では、助けに行きましょう」
「「「はい!」」」




