●第二話 白い犬?
「何だ、エミ」
「こっちにマップにない道があるんだけど」
エミの指さした先には、壁の崩れた跡と、その奥に続く道があった。
こんな場所、ここにあったっけ?
「はぁ? マッパーはエミの役目なんだから、しっかり見てくれよな。このダンジョンは先行者が探索済みなんだから、攻略マップに全部載ってるっての。この道は、ええと、あっれ? おかしいな。こっちの通路がここで、右の通路がここだから……ええと」
「ハイエナ、索敵を」
アキラもポケットからスマホを出して調べ始めたので、僕も調べたかったが、索敵を受け持つことにする。
「わかった」
全員が『ながらスマホ』では危険だしな。
「本当だ。ここに未踏の場所がある。でも妙だな。ここは初心者向けダンジョンで、探索はすべて終わってるはずなのに」
「探索漏れということでしょうか」
僕は自分で言ってみたが、すぐにそれはないなと思ってしまった。だいたい、ここはそれなりに人が来る上に東京のど真ん中、未踏の場所が残っていればコンプリートが趣味の攻略組が速攻で駆けつけてくるだろう。
つまり――
「おお、これって隠し通路だべ! しかも未登録を見つけるなんて、エミ、お前マジ天才じゃねーか!」
「エー、やっぱそう? 自分でもちょっとアタシ天才かも~って思ってたけど、やっぱそうかな、エヘヘ」
だが、アキラが鋭く否定した。
「違う。あり得ない。いくら初心者向けでも、いや、初心者向けの低レベルダンジョンだからこそ、隠し通路も調べ尽くされてるはず。このダンジョンの発見時期は一番古いし」
「何よ、アキラ、それじゃマッパーのアタシが間違えてるっての?」
「いや、そうじゃないけど……」
「まぁまぁ、とにかくちょっと探索して、もうちょっと調べてみようぜ。未発見のお宝があったりしてな! やっべ、なんかテンションが爆上がりしてきたぞ、オレ」
「いえ、待ってください。一度、ギルドサイトに報告したほうが良いと思いますよ。未発見の場所は何が出てくるか分からないですから、危険です」
「へいへい、ハイエナ君、まぁ落ち着けって。よく考えてみろ、ここは初心者ダンジョンなんだぜ? 出てくるモンスターもゴブリンとスライムの一番弱っちい奴らだけ。何をビビってんだよ」
「そーよ。それにギルドに報告なんてしたら、他の連中にお宝を取られちゃうじゃない」
「そうかもしれませんが、お友達の『りっくん』でしたっけ? 彼の白い犬の目撃情報は、不確定モンスターかも」
ハルトとエミがこのダンジョンの入り口近くで、さっき話していた情報と一致する。
「あー、リクの見た犬って、この隠し通路の先だったのか? どーよ、エミ」
「場所までは詳しく聞いてないんだけど……ちょっとRINE送ってみる」
「いや、ここでRINEはつながらないよ」
アキラが指摘するが、ダンジョンの中では一切電波が届かない。マップも事前にダウンロードしたものを使っている。
「ああ、そっか。じゃあどうする? ハルト。ハイエナ君の話もちょっと心配になってきたんだけど」
「うーん、じゃあ、ちょっとだけ、ちょっとだけ奥を見て、宝箱がなさそうならすぐ引き上げよう。それでどうだ?」
「アタシは賛成」
「私は反対。一度地上に戻って情報を確かめた方が良い」
アキラは反対した。
「僕も反対です。この新宿東口ダンジョンはボスがいなかったはず。それはいないのではなく、未発見の状態のままだという可能性もあります」
今までは疑いもしなかったが、未踏破のエリアがあるのならば――あり得る可能性だ。
「ボスか。うーん、ボスはちょっとまずいが……アレって確か、場所は固定なんだろ? なら、ボスが見えたり、それっぽい扉があったら、そこで引き返すってことでどーよ」
「それは……」
見て逃げられるボスならいいが……。
「あー面倒くせえ、もうリーダー権限で決定にしよーぜ。数は二対二だけど、うちのパーティーのこんな大一番を、勝負所をよその連中なんかに決められたくねーよ」
確かに、初対面の臨時のメンバーに重要な決定を決められるのは癪だろう。
「分かりました」
「ちょっと」
アキラが僕に険しい声を向けるが、僕だって譲らないところはある。だから、付け加えて言っておく。
「ただし、ボスを発見したり、それっぽい扉があったら引き返す、それだけはちゃんと約束してください」
「あったり前じゃん。オレらだって別に死にたいわけじゃねーからよ。よし、そうと決まったら行くぞ」
「あなた、命がかかってるんだからもう少し粘りなさいよ」
アキラは不満だったようで文句を言われてしまった。
「アキラ、そんなに嫌なら、ここで抜けるか、待っていてもいいんだぜ?」
ハルトが言う。
「それで私の星評価は?」
「四つ。悪くないだろ。活躍度もそんなもんだべ。ま、付いてくるなら星五つは付けてやるけど、どうする?」
「くっ。わかった。星五なら、ついていく」
「決まり。あ、ハイエナ君は付いてきても星三ね」
「ええ?」
「うわ、ひっどw」
「いやいや、酷くはねーよ。活躍度はこのパーティーじゃ一番低いんだから、ちゃんと公平にしないとさ、公平に。一度も戦ってないヤツが星五はねーべ」
「エー、じゃあ、私は?」
「決まってんだろ。エミっちはオレを格好よく撮ってくれるから星五!」
「や~ん、ハルト大好き!」
最っ低だな。恋人パーティーは地雷と掲示板には良く書かれているけど、この不公平っぷりは半端ない。二度とごめんだ。
「ハイエナ、ライトををしっかり照らして。未踏なら、それなりの準備をしないと」
「わかった」
アキラの言うとおりだろう。光量としては心許ないが、懐中電灯を注意して奥に向ける。彼女も右手に【毒針】を握り、左手に懐中電灯で即時の戦闘もこなせるように構えた。
「そうだな、エミ、お前はマッピングに専念してくれ。撮影はいらない」
「ええ? 未踏ダンジョンなのに、ハルトは撮らないの?」
「そうだ。撮るのはいつでもできるだろ。お宝最優先だ」
「うわマジ、ハルト天才。惚れちゃう」
「だろ? 何度でも惚れ直していいんだぜ、エミ」
なんだろう……それなりに賢い選択だと思うのだが、いちいちイライラが爆発寸前になってきた。早く帰りたい。