●第五話 負傷者
「じゃ、ここでホブゴブリンを狩ります? そういえば、もっと下の階層にオークがいましたね」
「いや、オークは僕らには無理だって。あれはランクDのモンスターだから、ええと、最低でもレベル11以上でないと」
「何言ってるんですか、お兄さん。今の私達なら倍のレベルの実力があるわけじゃないですか。なら、お兄さんはレベル12、リリさんなんてもとからレベル30もあるのに」
鵜飼が言う。
「え⋯⋯ああ、確かに、そうだな。晶も倍の強さだとすれば、レベル14だ」
「でも、リリはともかく、本当に私達にそんな実力があるのかしら。一度ギルドの昇格テストを受けたほうが良くない?」
「そうだな。本当に実力やステータスが確かなのか、確かめておいたほうがいいだろう」
「ええ? このパーティー、本当に強そうなんですけど」
「レベル3の初心者から見れば、そうかもね」
「ま、そうですね。でも、ホブゴブリンを危なげなく倒せるってそぉんなに弱いかなぁ。私、学校もあるから、土日と放課後しかダンジョンに潜れないし、レベル3だと昇格試験もちょっと厳しいんですよね」
鵜飼は昇格試験よりレベル上げをやりたいようだ。
「わかった、じゃあ、今日は目一杯レベル上げをやって、明日みんなで昇格試験を受けよう。昇格試験はギルド主催だから、日曜でも大丈夫だよ」
「わぁ、お兄さん、ありがとうございます。真衣が言ってたけど、やっぱり優しいですね」
「甘いの間違いじゃないの?」
「フフ、そうとも言ってました」
「ええ?」
あいつめ。次から厳しく当たろう。
「とにかく、レベル上げはこの階層だけでやるぞ。下へは潜らない」
「エー、オークの実力をちょっと測ってみてもいいんじゃないですか? 強いモンスターを倒す方が、経験値って多いはずですよね?」
「いや、掲示板の情報だと、レベルが上がりやすいモンスターと上がりにくいモンスターはいるみたいだ。ただ、ホブゴブリンでもさっき僕の経験値が一体で5も上がってたから、鵜飼さんならすぐレベルが上がると思うよ」
「そうですか。ならここで上げましょうか」
「決まりね。なるべく広く回りましょう」
「はい!」
この階層を周りながらホブゴブリンを狩る。リリの電撃も射程が長いし、僕の索敵も廊下の端から端まで見通せるため、戦闘は楽勝なのだが、こうなると歩いて探し回る時間が無駄に感じてしまう。未踏エリアも回っているのだが、宝箱は少なめだ。
「クリア。お兄さん、やっぱり下に行きませんか? ここ楽勝過ぎて退屈なんですけど」
「うーん、いや、やめておこう。この下は僕も潜ったことはないし、未経験の場所は危険もあるから」
「ふーん、慎重なんですね。晶さんもそれでいいんですか?」
「ええ、宝箱も見つかるし、別に良いじゃない」
「そうですか、ま、いいですけど」
「それと鵜飼さん、君は素早さと器用さだけが高くなっているから、体力には気をつけてくれ。次にレベルが上ったら、VIT――体力を上げたほうがいいな」
「フフ、いいえ、それがいいんじゃないですか、お兄さん。私はこれからも器用さ特化で行くことにします」
「ええ? でも、ホブゴブリンみたいなヤツの一撃を食らったら⋯⋯」
「食らわなきゃいいんですよ。素早さがあれば避けられますし、もう少し強い階層で厳しくなれば体力もあげればいいんです。防具で良いものを揃えるって手もあります」
「それはそうだが⋯⋯」
どうも危うさを感じてしまう。真衣も言っていたが、この子は自信過剰なところがある。
「あのね、鵜飼さん、ホーンラビットの不意打ちみたいに、避けきれないことだってあるわ。防具だってまだ初心者でそろえられていないわけだから。わかってる? 冒険者は死ぬことだって普通にあるのよ?」
「もちろん。でも、それは普通のランダムで能力をレベルアップさせた人も同じことですよね?」
「それは……いえ、私達は調整ができるってことだから、やっぱり違うわ」
「そうでしょうか。ギルド推奨のレベルさえ守っておけば、余裕ですよ」
「まぁそうなんだけど……」
少し釈然としないが、鵜飼の言っていることが間違っているとも言い切れないなと思ったので、この話はいったん打ち切った。
「じゃ、進もう。あれ?」
廊下を曲がったところで、座り込んでいる人が見えた。
「久々津、どうしたの?」
「休憩中かな。この先に座って休んでる人がいる」
「なんだ、冒険者なんて珍しくないでしょ。相手パーティーは何人?」
「見えるのは一人だけだ。妙だな」
「……それは、確かに変ね。四人はいるはずだけど。久々津、一応、周囲を警戒して」
「まさか、PK狙い?」
プレイヤーキル、味方を襲う冒険者もごく少数だがいる。ただし、当然、犯罪に問われるので、発覚すれば冒険者カードは即没収。カードが無ければゲートも通してもらえない。だいたい、自分よりランクの低い冒険者パーティーを狙わないと、戦闘で勝つのは困難で、しかも倒して得られるアイテムも微妙ときた。お金はウォレットで管理している冒険者がほとんどなので、盗むのも基本的に無理だ。
「はぐれただけじゃないですか? とにかく話を聞いてみましょうよ、お兄さん」
「そうだな。教室のドアには一応注意して」
「了解」
警戒しながら近づいていくと、座っていた冒険者がこちらに気づいて手を振ってきた。
「おーい、助けてください。負傷したんです」
「久々津! ポーションを出して!」
「ああ、だけど、見た目、そんなに重傷じゃ無いよ」
晶はダッシュで駆け寄ったが、助けを求めた冒険者のほうも苦笑といった感じで、それほど危機感は無い。出血は見当たらない。レアアイテムらしき片眼鏡をはめているが、それ以外の装備はかなりショボい。おそらくだが索敵役の人なのだろう。
「どこを怪我したんですか」
「やあ、腰をちょっとね。僕のことはいいんです。それより中の三人を」
中年の冒険者が隣の教室を指さすが、中には誰もいない……はずだ。僕の【竜眼】はこの薄さの壁なら向こう側に、誰かいるかどうかくらいはわかる。
「とにかく、ポーションをどうぞ。もう少し詳しく話を聞かせてもらえますか?」
僕は彼にポーションを渡して聞いた。
「おお、ありがとうございます。一人、重傷で出血が酷くて。ああ、このポーションを持って行ってください。私は腰を痛めただけで、そんなに重傷ではないので」
「この教室、誰もいないけど?」
晶がドアを開けて言う。
「そんなはずは。じゃあ、教室の奥のドアから移動したのかも」
「奥のドア? ああ、ここ、さらに奥があるんだ」
「さあ、私のことはいいので、彼らをよろしく頼みます」
「分かりました」
出血が酷いなら、早めに手当しないとまずいだろう。普通の人間はリリみたいに、しぶとくはない。
「ここに血痕があるけど……どうして移動なんてしたのかしら?」
教室の奥のドアの前で屈んだ晶が調べている。
「気をつけてください、皆さん。あの人、嘘をついています」
リリが小声で言った。