●第三話 記憶喪失
代々木ダンジョンは学校の廊下にそっくりだ。
真っ直ぐ伸びた通路は見通しが良く、完全に平らな床はワックスが掛けられているようなピカピカで近代的な材質。窓から明るい光が差し込んでいるので懐中電灯はここではいらない。
ただ、普通の学校と違うところとしては、決して窓が開けられず、外の景色も見えないし、教室に机や掲示物などはない。
「ゴブリン、四体! 前方に三体、それと右の通路の影にも一体いるから気をつけてくれ、ボウガン持ちだ」
僕が索敵していればたいてい先手が取れるので、ここまでは慌てる場面はなかった。
思ったよりも良い感じだ。
「【毒針】が命中した。放っておいても死ぬから、一番左は後回しにして」
「はい。――蒼き天空を駆け巡る雷霆よ、我が指先に集え! されば閃光は我が敵を貫かん。ライトニング!」
ボウガン持ちのゴブリンがこちらに矢を向けるが、【竜眼】でにらみつけてやると、一瞬、気圧されたようで動きを止めた。
「ボウガン持ち、片付けました」
ダガー持ちの鵜飼がきっちり仕留めてこれでクリア。
「クリア。楽勝だな」
魔石を拾う。
「どうぞ、久々津さん」
リリも拾ってくれた。
「ありがとう、リリ」
「それにしても、お兄さん、さっきのボウガン持ち、エンカウントのとき、よくあの位置から見つけられましたね」
鵜飼が僕が最初に立っていた位置に立って首をひねっている。
「ああ、まあね」
見えたと言うよりは気配だからな。
「しかも、このパーティー、思った以上に凄いです。真衣から聞いてた話だと、苦労してて心配だと聞いてたのに」
まぁ、それも、装備が整ったり、メンバーが増えたりしたからなんだけど。特に、リリの魔法は複数の敵を一度に片付けられるので、素早く片付けられる。
「前は苦労してたんだけどね」
「そうですか。ここに階段がありますよ、お兄さん。もっと強い敵がいる場所へ行きましょう」
「うーん、ま、今ならホブゴブリンくらいまでは大丈夫かな」
この代々木ダンジョンは階層を下に行けば行くほど、強い敵が出てくる。ただし、それは段階的なので、ある程度の調整も可能だ。
「大丈夫じゃない? 今の私たち、ホブゴブリンよりも強いよ」
反対する者もいなかったので、僕らは下の階層へと下りた。
「GUGA!」
だが、ホブゴブリンは僕よりも体格が良く、棍棒をまともに剣で受けると、衝撃で押し込まれてしまう。
「くそっ、完全に筋力で負けてる」
それに、前衛が僕一人というのも問題だった。もともとポーターとしてまともに前衛を張った経験がないので、敵を足止めするブロックがあまり上手くできない。二条さんは一人で前衛を務めていてまったく危なげなかったが、技量の差を思い知った。
「大丈夫、抜かれても私がブロックできるし、このパーティー、本当の意味で後衛はいないでしょ」
「いや、鵜飼とリリは……」
「私のクラスはトレジャーハンター志望なので、遊撃もこなせますよ、お兄さん。この敵なら避けられる」
「リリはリリで、槍で刺されても死なないんだから、少々の攻撃は大丈夫よ。たぶん、この中で一番タフでしょ」
「ええ?」
見た目は一番華奢なのだが、ま、そういえばそうか。残念ながらリリのステータスは二条と同じで全部が???になっており、数字が見えない。
とはいえ、前衛用のまともな武器を持っているのは僕だけなので、なるべく頑張るとしよう。
「うぉ、しまった、ぐっ」
「久々津さん! 貴様、よくも子鬼の分際で! ――地獄の雷帝よ、嵐の奔流となりて我が眼前に集え! されば昏き閃光は我が敵をことごとく打ち砕かん ダーク・サンダーストーム!」
太い閃光が幾重にも連なって蠢き、もの凄い落雷の轟音が鳴り響いたかと思うと、目の前の敵が砕け散った。凄まじい威力だ。
「く、久々津、大丈夫?」
「あ、ああ」
晶の呼びかけにはなんとか答えたが、今の魔法に圧倒されてしまい、僕は放心状態だった。
「リリ! 電撃の呪文をそんな味方の近くで使わないで! 巻き込んで当たったらどうするの」
「あ、ああ、ごめんなさい」
「凄い呪文だったな。リリ。ただ、次からは弱い方のライトニングでいいぞ。オーバーキルみたいだし」
「そうします」
「リリさんって、そんな凄い呪文、どこで覚えたんですか?」
鵜飼が聞くが。
「それは……ダメ、思い出せない。誰かが教えてくれたけれど、姿を思い出せない……つっ」
「え?」
「リリは記憶喪失なんだ」
「そうだったんですか」
「リリ、焦って思い出そうとしなくていいよ。ゆっくりでいい」
これは僕の直感だが、彼女には彼女のことを捜している知り合いや家族なんて誰もいないはずだ。あの広間で何人もの人間に会ったが誰も彼女を助けられなかったとも聞いた。だから、可哀想だけど、急ぐ必要もない。冒険者カードを作ったなら、ギルドや国交省がリリの顔写真をマイナンバーカードやパスポートみたいな各国のIDカードと照合してるだろうし。
「はい、ごめんなさい、私自身のことなのに」
「気にしないで。別に、あなたのせいじゃないもの」
晶は目を逸らし、少し寂しそうに言う。リリが槍に刺されていたことを思い出したのか、あるいは自分の姉がダンジョンから戻ってこない理由を記憶喪失の可能性に思い至ったのか。
「はい! ありがとうございます、晶さん」
普段はちょっと冷たい対応をされがちなリリが、晶の優しい言葉に感動したように喜んだ。