●第二話 鵜飼柑奈
ポーションの試飲は好評だった。
晶はリリの服を選んでやると言い、二人でショッピングに向かった。
「さて、これでゆっくり眠れる……ん? なんか大事なことを忘れてる気がする。なんだっけ?」
カレンダーを確かめてみると、今日は土曜日で、昼に妹の友達と会う約束だった。印がつけてある。
「危なかった……」
忘れていたら真衣の信頼をすっかり損ねてしまうところだった。次から徹夜はやめておこう。
顔をしっかり洗い、約束のファミレスへと向かう。
真衣は窓際を好むので、窓際の席を取った。
「お、いたいた。お兄ちゃん、お待たせ!」
ポニーテールの髪型の真衣と、もう一人、ショートボブの友人がやってきて席に着いた。
「じゃ、紹介するね。こっちが久々津凪、私のお兄ちゃん。で、彼女が」
「鵜飼 柑奈です。よろしく」
こちらを値踏みするように僕を見つめた鵜飼は、妹の友達にしてはクールな印象だ。
「柑奈は冒険者を目指してて、冒険者試験を受けるつもりなんだよね」
「あ、そのことだけど、真衣、私、もう試験は合格したから」
「えっ、そうだったんだ。試験、どうだった? 難しかった?」
「全然、楽勝」
ま、試験といっても、冒険をする上での簡単な注意事項とモンスターに関する知識を問うだけなので、特にゲームに詳しい人間は苦にならない。
「なぁんだ。じゃあ、お兄ちゃんを召喚する意味、あんまなかったね。まあいいや。せっかく来たんだから奢ってね、お兄ちゃん」
「はいはい」
「でも、まだ装備が整っていないし、慣れるまでは知り合いとパーティーを組みたい、です。なので、そちらのパーティーに一度入れてもらえれば、と」
鵜飼が言う。
「あ、あー、それが、ウチのお兄ちゃん、野良だから……」
「いや、言ってなかったな、真衣。僕はパーティーを組んだよ」
「えっ、そうだったんだ。どんなメンバーなの?」
「【毒針】が使える後衛が一人、あと、まだ試していないが、魔術が使えるヤツが一人、加わる予定」
「なら、その人とお兄さんと私がいれば、規定の四名をクリアするから、ダンジョンに潜れますね」
「そうだな。もう一人、ナイトで回復魔法を使える人がいるんだが、彼女も誘ってみるとするかな」
「彼女!? お、お兄ちゃん、女の冒険者の知り合いがいたんだ……」
真衣がのけぞって驚愕の目を向けてくるので僕はため息をつく。
「冒険者は女性も多いんだ。別に不思議じゃないだろ」
「いや、そうかもだけど、お兄ちゃん、女の人って超苦手じゃん」
「そうだが、冒険とそういうのを一緒にするな」
「あはは、ごめーん」
「じゃ、これ食べた後からでもいいですか? 早く潜りたいので」
「構わないけど、ええと、鵜飼さん、どこのダンジョンに潜りたいとか、そういうのはあるの?」
「ええ、代々木ダンジョンに」
代々木ダンジョン――
東京で最も広大なダンジョン、か。
浅い階層は難易度も低いのだが、未だ最深部はクリアされておらず、浅い階層ですら未踏エリアも多いダンジョンだ。
「うーん、あんまりあそこはお勧めしないよ。死亡率もちょっと高めだし。初心者なら、新宿……ってあそこは今、封鎖されてたっけ」
「もー、お兄ちゃんが死にかけて入院したダンジョンとかやめてよね」
「いや、未踏エリアや隠し通路に入らなきゃ全然安全なんだが、分かったよ。じゃ、代々木に久しぶりに行ってみるか」
鵜飼も感じを軽く掴んでおきたいって程度だろうから、浅い階層に限定すれば、危険は少ないはずだ。
「じゃ、頑張ってね、お兄ちゃん」
「ああ」
妹と別れた後、晶達と合流し、承諾も得たので代々木ダンジョンへと向かう。
「うーん、ダメだな、既読が付かない」
二条の連絡先はもらったのだが、彼女と連絡が付かない。
「フフ、お兄さんが変なことをして、嫌われたんじゃないですか」
鵜飼が言う。
「えっ?」
そんな変なことをした覚えはないのだが。
「真に受けないの。この子が久々津をからかってるだけよ。寝てるか、仕事中じゃないの? あの人、私たちより少し年上の感じだったし」
晶が言う。
「ああ、そうかもしれないな」
何かあったのなら心配だったが、仕事というのはあり得そうだ。冒険者と言っても専業のほうが少なく、サラリーマンと兼業で日曜冒険者をやっている人も大勢いる。
「じゃ、僕と晶と鵜飼とリリで潜るか。古手川さんは……」
「呼ばなくていい。私、あの関西弁の人は苦手だから。騒がしいし」
晶は騒がしいタイプは苦手のようだ。
「分かった。でも、リリは冒険者カードは持ってるのか?」
「はい、月見さんからもらいました。私の名前になっています」
「そう。ならいいんだけど」
古手川や二条がいないと少々戦力が不安だが、深く潜らなければ大丈夫だろう。
「こちらは代々木ダンジョンのゲートチェックです。冒険者カードを提示してください」
入り口で係員にカードを提示して、僕らはゲートを通過する。




