●第七話 調査 月見視点
病室を出た私は毒針を構えた里森晶の手をそっと制止する。彼女は冷静さは保っていたようで毒針を消してくれた。それだけに、リリと名乗る篝と彼女の関係は気がかりだ。姿形がまるで変わってしまった篝は、確かにまったくの別人だ。姿だけでは無い。物腰もしゃべり方も違う。私もそれは肌で感じている。
だが、そうなるといろいろと都合が悪いことがたくさん出てきてしまう。彼女はいったいどこから湧いて出てきたのか。国籍不明の、人間かどうかすら怪しい人物をダンジョンの外に出してしまったとなれば、大臣のクビが跳ぶだけでは済みそうに無い。一方で、一度救助した人間をダンジョンに戻すという選択もできないのだ。日本国において、見た目は生きている人間を、解剖実験に回すというのも無理な話。
簡易的な遺伝子検査では人間だと結果が出ている。詳しい結果が出るのは二ヶ月後だが、仮にそこで人間ではないという結果が出たとしても、解剖は無理だろう。彼女は人の言葉を話した。そして現時点では人間として振る舞っている。モンスターという印象は無かった。……今のところは。
「彼女が問題を起こすようなら、ここに連絡してください。私の携帯の直通です」
名刺を里森に渡しておく。
「月見さんですか。あなたがどうにかできるの?」
「最善を尽くします。国交省のダンジョン管理局が、ですが」
「そう。ならそうしてもらうわ。アレの意図が掴めるまでは私も変なことはしない。と言っても、毒針で簡単に死んでくれるような相手じゃなさそうだし、さっきの志藤さんだっけ。ああいうのじゃなくて、もっとドライできっちり仕事やってくれそうな人を紹介してください」
「いえ、その手配と判断も含め、すべてこちらでやりますので」
「そう……まあいいわ。言っておくけど下手をしたら、また死人が出るわよ。私がどう動くかじゃなくて、あのモンスターのせいでね」
「そうならないよう、全力を尽くします。ただ、遺伝子解析では人間という結果が出ていますから、ご承知おきください」
「フン、絶対それ何かの間違いだから。それで? 志藤さんが帰ったなら、私のエミさん殺害容疑のほうは晴れたってことでいいのかしら?」
「ええ、それについては、疑ったようで申し訳ありませんでした。手続き上、どうしても必要だったもので」
「ふーん。ま、分かってくれたならそれでいいわ。私は殺してない。久々津も、よ」
「分かっています。あなた方はそんな人たちではありません」
「えっと……確か四、五回くらいしか、月見さんと私は会ってないですよね。それもゲートチェックの時しか」
「ええ、ですが、こちらにはこれまでのあなたの行動やプロフィール、履歴の情報もありますから。冒険者はその強力さゆえ、精神面や犯罪傾向のチェックは特に念入りにされ、危険度は都度更新されています。あなたは本来、監視対象ですらありませんから」
「え? それなら、なぜ私に尾行が……ああ、最初から彼女、あの魔物のほうなのね、監視されているのは。なぁんだ」
緊張を解いた里森は見た目よりもずっと繊細だ。そして孤独でもある。
「ご理解頂けたようですね。それでは失礼します」
「ええ。余計な難癖をつけたようでごめんなさい、月見さん」
「いえ」
国交省のデスクに戻るとすぐに上司の黒部に呼び出された。たった今、報告書を作っている最中なのだが、仕方ない。私は素早く要点を頭の中でまとめ、想定問答を考えながら向かう。
「篝の意識が戻ったそうだな。事件の詳細については何か話したか」
「いいえ、それについてはまったく覚えていないようです。おそらく、彼女が思い出すことはないでしょう」
あれはまったくの別人だ。
「そうか。まぁ、少し様子を見るとしよう。それにしても、レア確定の金の宝箱に毒薬が入っていたとは、ギルドに激震が走るな」
「本当に毒薬だったのでしょうか」
「久々津や里森の証言を疑っているのか?」
「いいえ、彼らの証言は食い違いもありませんし、行動に筋も通っています。寺行さんの用心のなさが少々気になりますが、今後の冒険者向けの注意喚起の方法を検討してみます」
「やめておけ。無駄なことで時間を浪費しているほど、うちの人員は足りてないぞ。ああいう軽率な手合いはどんなに口を酸っぱくして言ったって無駄だ。で、なぜそんな疑問が出てくる。現場は血の海、空の瓶からは実際に、劇薬の反応も出てるんだぞ」
「証言では竜の血だったとか」
「仮に竜の血だったとしても、毒は毒だ。しかもかなり強い。薄めて使っても数千人、いや数万人は楽に殺せるだろう」
「ええ。ですが、おそらくあれは一人用のはずです」
「一人用? あれほどの劇薬が……いや、そうか、人間用ならば、どう考えたってオーバーキルだもんな。本来、もっと量は少なくて良いはずだ。ただ毒の濃度を濃くしましたってだけでは最高級品なんぞになりはしない……か。待て待て、そうなるとアレはいったいなんだ? 人の目を良くしたり、酸のように溶かしてしまう。毒でもない。さっぱり分からんぞ」
「ええ、不明なことだらけです。ただ、人によって効能が違うとすれば、どうでしょうか」
「人によって? 選ばれし者が使ったなら、相応の正しい効能が出たかもしれない薬、か。わかった。厚労省のケツを叩いて、成分分析を最優先で急がせるとしよう。本物の竜がいるなら、その対策の手がかりにもなるだろう。久々津の経過観察も怠るなよ」
「はい、承知しています」
「それと、篝もだ。Aランクの一条を監視に付けておけ」
「一条遥さんですか? 彼女はそういう任務には向いていない気がしますが」
「向いていなくても、こちらの指示に従ってくれる女性となると、彼女しかいない。泉は回復系だし、水月は論外だ」
「ああ、確かに、同性のほうがいろいろと都合が良いのかもしれません」
リリも女性だし、女子トイレまで男性が尾行するというわけにはいかないだろう。それに、Aランカーには血の気の多い者も多い。監視が任務であるのに、魔石を取ろうと攻撃したり、相手の力を試すような人物でも問題が生じる、と上層部は判断したということか。
「ドローンや監視カメラの情報も含めて、逐一報告を入れろ」
「承知しました」




