●第二話 妹
「お兄ちゃん、今の誰?」
いとこの真衣が病室のドアに突っ立っていた。
「ああ、なんだ真衣か」
昨日まで笑顔でノックして入ってきていたので、よほど驚いたようだ。真衣は中高とも剣道部に所属していて県大会で優勝したこともある。友達も多く、スポーツもできて、ポニーテールに髪をまとめたおしゃれさんである。僕とは真逆のタイプの人間。本当に親戚なのかちょっと疑わしいくらいに。顔も爽やかな美形。
「なんだ真衣か、じゃなくて、誰なのよ。さっき、お兄ちゃんの病室から出て行ったよね?」
突っかかってきた。
「あー、説明するから、そんな怖い顔するなって」
「まさか恋人……いやいや小中高と一人も女の子の友達がいなかったお兄ちゃんに、そんなのできるはずないし、絶対あり得ない」
「お前、病人のメンタルをボディーブローで深くえぐるのやめてくれる? なにげに致命傷なんだけど」
「ああごめん。で?」
「例の事件の時に、一緒に潜ったパーティーメンバーの子だよ」
「ああ。アイツのせいで、お兄ちゃんがこんな危ない目に……!」
握り拳からミシミシと音が聞こえたので誤解を解いておく。
「いや、晶は、さっきの子は全然悪くないぞ。誰も悪くなんてないんだ」
「下の名前で呼びすて……本当に恋人じゃないの?」
「違う。晶の両親が再婚してて、ちょっと複雑な家庭環境なんだよ。だから下の名前で呼んでくれって」
「でも、お兄ちゃんなら、普通、さん付けじゃない? 女性に対して凄くビクビクしてるし卑屈だし」
「それも、彼女が、さん付けが嫌いらしくて、頼まれたんだ」
「ふーん」
「ホントだぞ?」
「まぁいいけど、お兄ちゃんがモテるわけないし、うんうん、ないない、絶対にない」
「うるさいな。帰れ」
「ちょっとぉ、可愛い妹がわざわざ学校帰りにお見舞いに来てあげたのに、いきなりそれはないでしょ」
「いや、毎日来てくれて感謝はしてるが、本当に問題は無いし、医者にもう今日で退院していいって言われたよ」
「ホント? 良かった! でも、目がまだ金色のままだよ。ちょっと見せて」
真衣がベッドに膝を乗せて上がり、のぞき込んでくるのでちょっと焦る。
「おい、見せるから、あんまり近づくな。お前、視力はいいだろ」
「そうだけど、光の加減が難しくて、ああ、やっぱり、猫の目になってる。全然治ってないし、あのヤブ医者」
「それは仕方ない。ダンジョン産の薬のせいだから。あれは人間の科学技術でどうにかできるような代物じゃない。瞬間移動できるワープゾーンもあったからな」
「ふぅ、お兄ちゃん、もう冒険はやめて」
「それはできない」
「なんでよ。普通に働いて稼げば良いじゃん」
「その話は何度もしただろ。とにかく目はちゃんと見えてるし、退院は決まった」
「でも、一緒に潜ったパーティーの人、死んじゃったんでしょう? 危ないって」
「危険は確かにある。でも、未鑑定の薬をいきなり飲んだり、そういう不注意がなければ対処できる」
「どうだか。お兄ちゃんが死んじゃったら私……」
「死なないよ。知ってるだろ、僕は臆病なんだ。自分から危ないところに飛び込んだりはしないよ」
「本当に分かんないよ。なんでそんな危険なダンジョンなんかに。実は、学校の私の友達にも一人、冒険者志望の子がいるんだ」
「そうか。遊び半分でなければ、そいつの人生だ、好きにさせてやってくれ」
「うん。さんざん説得したけど、お兄ちゃんそっくりの頑固者で、それは私ももう諦めてるから。で、今度、冒険者試験を受けるそうだから、会ってアドバイスとかしてあげてくれない?」
「ええ……? 別の誰かに頼んでくれないか」
「他に冒険者の知り合いなんていないし、大丈夫、私も同行して、二人きりで会えとか無茶は言わないし。ファミレスでちょっと話をするだけ、いいでしょ? ね?」
「うーん、ちょっとだけだぞ。あと、まともなアドバイスは期待しないでくれ」
「うん、ありがと。ごめんね、お兄ちゃん。私、柑奈がちょっと心配なんだ。あの子、要領はいいんだけど、ちょっと自信過剰なところもあるから。私ならすぐAランクになれるーって」
「ええ? 日本でたった七人しかいないんだぞ、Aランカーって」
冒険者は数十万人くらいはいると聞いたことがあるので、そのうちのコンマ1%も行かないはずだ。
「うん、そういうところも、ちゃんと教えてあげて。じゃ、来週の土曜日のお昼でいいよね、あとお兄ちゃんの奢りで」
「なんか僕だけ損な話だな。アドバイスしてやるってのに。まあいい、それくらいは稼いだから、二人とも奢ってやるよ」
「やった! さっすがお兄ちゃん、カッコイイ!」
「ふん、こういうときだけ無駄に持ち上げやがって」
「んーん、私はずーっと前から、お兄ちゃんがカッコイイって本気で思ってるよ」
「はいはい」
たまには、いや、一度で良いから、他の女の子にカッコイイとか言われてみたいもんだね。




