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094 後手後手

『いやぁ、この間は心配かけちゃってごめんね! 私はこの通り元気だから安心して。ほんと、間一髪だったよねー、領主代行様様だわ~。それにね、なんとリカちぃまで助けに来てくれたんだよ! あのリカちぃだよ? 凄くない?』


 リリーさんの明るい声がエコーストーンから響き、続けて熊が狼と戦う映像が流れ出した。

 私とハウンドの姿もばっちり映り込んでいるけれど、その後の呪詠律を使ったシーンはきっちりカットしてもらっている。力を隠すつもりはないとはいえ、呪詠律はその限りじゃない。万が一にでも耳にしたリスナーに影響を及ぼしてしまえば大変なことになるからだ。

 映像の中では激闘が繰り広げられている。その場にいた私自身ですら、少し息を呑むくらいの迫力だった。


『北の森はこの熊に守られてるんだって。でも魔獣は自然発生もするからね、無暗に入り込まないようにしてね? 私もあの後に領主代行にメチャクチャ怒られたんだから……』


 軽い調子で話しつつもリリーさんが遠い目をする。あの日、別れ際にハウンドから説教を受けたことに思いを馳せているんだろう。

 

「危ないと思ったらすぐに引き返せ。エコーレコードで盗聴まがいの真似をするんじゃねぇ。ライブ配信は特に慎重になれ。それができないなら配信者の資格を剝奪すんぞ」

 

 そんな具合にハウンドの説教は厳しいものだった。リリーさんも最初は冗談めかして聞き流していたのに最後には涙目になっていた。それでも彼女の配信に対する情熱が萎えることはなかったようだ。


『でもさー、領主代行ほんっとうにカッコよかったんだよ。狙ってみちゃおっかな、なんてね! じゃ、今日はそんな感じで。まったねー』


 最後に爆弾発言を残してリリーさんの投稿動画は終了した。彼女はカラッとした性格だから、男性ファンの反応などまるで気にしていないだろう。その様子に、デュオさんがどこか楽しそうに笑いながら言った。


「良かったじゃないか、ファンが出来て」

「褐色肌の元気っ娘かー。悪かねぇが俺の趣味じゃねぇな」

「君には言ってないんだよね」

「くだらねぇ話がしたいだけなら出ていけ」


 そんなやり取りが交わされる執務室には、ハウンド、デュオさん、私に加え、ロベリア様とスイガ君、さらに動画を見終わった直後に転送魔法で現れたシシル様が集まっていた。

 

 先日の北地区での魔獣騒動が一段落した後、屋敷に戻ったハウンドは地図を広げ、魔獣が出現した場所にピンを刺しては考え込んでいた。最後に教会に黒いピンを立てた彼は「考えをまとめる」と言い、今日になってようやくこの場が設けられた。さすがにこれだけの人数が集まると、広い執務室も手狭に感じられてしまう。


「監視塔ではマナの活性化を促すことで魔獣が寄ってきておったが、今度は歌で魔獣を退ける、か。なかなか面白い試みじゃな」

「私としてはなんとなく複雑な気持ちなんですけれどね……」


 熊の穴蔵を出た帰り道。猿の縄張りに入った私たちは遠巻きに警戒されていたが、私が歌を歌ってみたところ凄い勢いで逃げて行った。効果は抜群だったわけだけど、人の歌を聴いて逃げ出すとは何事だと言ってやりたい気持ちもある。


「周波数の問題か、あるいは歌に乗せられたお主の魔力に恐れをなしたのか。まぁ、効果があったのなら良かったではないか」

「つまり、お前さんの歌は畑から害獣を追い払う動物撃退器と同じってことか」

「ええ、まぁ、はい。そうですね」


 そう言われてしまうと身も蓋もないけれど、実際仕組みとしては同じようなものだろう。ちなみにその後に猿もきっちりと討伐した。そして詰所までリリーさんを送り届けた後、屋敷に戻りチャームに歌を吹き込んでから再び穴蔵まで転送して設置するという、慌ただしい一日だった。


「そのチャームを設置することで、魔獣の接近を阻止できるということですか?」

「そういうことだ。要所ごとにこれを置けばお守り程度にはなんだろ。ただ、マナも活性化するようだから設置場所に悩むところだな。歌を垂れ流すというのも、まぁ、なんだ」

「クレームがきてもおかしくねぇ話だわな」


 癒し効果のある歌とはいえ、場所を問わずに無制限に流し続けるのは現実的ではない。監視塔や北の森のように人が普段立ち入らない場所だからこそ可能な手段であり、熊さんもそろそろ煩わしく感じていないか、心配をしていたりはする。


「それとは別に、お前たちに集まってもらった理由はこれだ」


 ハウンドは中央のテーブルに広げた地図を指し示した。それは、これまで魔獣が出現した場所を示すピンが刺された地図だった。

 冒険者や騎士団からの情報を元に、魔法陣が発見された場所は青いピンに差し替えられている。色分けされた地図を見ると、青いピンがフォウローザを囲むように配置されているのが一目瞭然だった。


「これだけの魔法陣と魔晶石が見つかっている。北の森のものは回収してきたが、それ以外はいったんはそのままにしてもらっている」

「これがその魔晶石です」


 私がカバンから魔晶石を取り出してシシル様に手渡すと、彼は興味深そうにそれを眺め始めた。角度を変えながら慎重に観察し、魔晶石を指先で軽く弾いている。


「……強力な呪術が込められておるな。じゃが、これ単体では何の効力も発揮せぬ。魔獣を召喚しているのは魔法陣の仕組みだな。すると、これは……ふむ……」

「爺、なんか分かったか?」

「フォウローザを囲むように置かれておるというのじゃな? ならば、また何かしらの禁術を発動するための準備であろう」


 禁術――その言葉が、フレデリカに施された術を思い起こさせる。ミュゼの国民九割の命をマナに強制変換させた、あの非道な術。まさか、また同じことを繰り返すつもりなの? 背中に嫌な汗が滲む。


「もうフレデリカの身体にはこれ以上の魔力は不要ですよね? まさか、今度はジュリアを……?」

「ジュリアに大量のマナを受け入れられる器はない。それが目的とは考えにくいが……何を企んでいるかまではまだ分からん。ただ、十年前の術に匹敵するほどの醜悪な術の準備をしているのは確かじゃろうな」

「……もし発動を許せば、この領地に何かしらの深刻な影響があることは避けられないということですね」

 

 スイガ君の言葉が重たく響く。もし術が発動すれば、フォウローザ全体にどのような影響が及ぶかわからない。嫌がらせ行為で私を弱らせ身体を乗っ取ろうと画策しつつも、第二の手を準備していたというわけか。

 目的の輪郭がぼんやりと浮かび上がる中、少しずつ対応策も見えてきた。でも、こうして待ちの姿勢を続けるのには正直、限界を感じている。

 

 配信事業は順調に拡大しつつある。フォウローザ以外からも配信者希望者が増え、クラウドファンディングも第二弾の計画に入っている。ライブ配信による同時接続者数の記録も日々更新され、盛り上がりを見せていた。


 だというのに、シモンの存在が足枷になり、新機能の開発や導入が妨げられているのが現状だ。早く何とかしたいのに……。


「……その良くわかんない術、逆に利用できないかなぁ」

「何か考えがあるのかい?」

「シモンの計画が順調に進んでいるように見せかけて、こちらが手を打っていることに気づかせずにおびき寄せる。そして奴が意気揚々と襲い掛かってきたところを返り討ちにする! ……ってのはどうですか?」

「……ジュリアはどうすんだよ」


 ロベリア様の声が鋭く響く。ジュリアをどう救うのか――結局話はそこに行きついてしまう、避けては通れない問題だった。しかし、私はある方法を思いついていた。


「シシル様。魔晶石に、魂を封じ込めることは出来ませんか?」

「魂はいわばマナ。出来るか出来ないかで問われれば、出来るじゃろうな。じゃが、それは外道と呼ばれる術よ」

「つまり、魔晶石にジュリアの魂を一時的に封じ込めるということかい?」

「ええ。外道でも何でも、必要ならやるしかありません。……ロベリア様は、どうお考えですか?」


 一時的とはいえ、魂を封じ込めるなんて非情に聞こえたかもしれない。でも、ジュリアの生存に強くこだわっているのはロベリア様ただ一人なのも、また事実だった。


 自然とロベリア様に注がれる視線。その重圧を受けながら彼女は少し眉を寄せ、煩わしそうに首を振った。


「俺のわがままだと言いたいんだろう。それくらい俺だって理解してるんだ。でも、どうしてもジュリアは救いたい」

「それは分かっています。私だって、救えるなら救いたいんです」

「……これまで何度も考えてみたが、正直、有効な手段は見つけらんなかった。その魔晶石にジュリアの魂を封じたとして、その後はどうするつもりだ?」

「ジュリアの身体からシモンを追い出せれば、魂を戻せるんじゃないかと……。もし身体が取り戻せなかったときは、何か別の器に……」


 別の器――それが何を指すのか、その具体案はまだ何もない。言葉にするのも憚られるが、最後まで言わずともロベリア様には意図が伝わったようだ。彼女は静かに目を閉じ、沈思するように頭を垂れる。どうするのが最善か、彼女自身も模索しているのだろう。


 誰も軽率に口を開こうとしない。この微妙な空気を乱せば、また前のように私をシモンに差し出すという考えに傾く危険があると、誰もが理解しているからだった。


 沈黙を破るように、執務室の扉が音を立てて開いた。


「遅れてすまない」


 現れたのは、来室が遅れていたレオさんだ。彼は深く息をつき、鋭い眼差しを向けながら部屋に足を踏み入れた。


「騎士団内に異変があった。錯乱した団員が仲間を切りつけ、応急処置の手配に追われていた」

「……聞いてねぇぞ」


 ハウンドが低い声で問いただすと、レオさんは眉ひとつ動かさずに答えた。


「ついさきほどの出来事だ。昨日の遠征から戻った団員で、魔法陣に関する報告を聞き出そうとしたところ、急に暴れ出したんだ」

「そいつはどうした?」

「血を吹いて命を絶った」


 またか――。思わずため息が漏れる。違法奴隷に施されていた口外を禁じる術が、こんな形でも使われているのか。本当に、シモンは人を駒程度にしか考えていない。


「……そいつの所属と名前については後でスイガに共有してくれ」

「了解した」


 新たな不安が胸をよぎる中、今すぐにでも次の一手を模索する必要があるのだと改めて実感させられた。

 

「私からも報告があります。ミュゼの信奉者と呼ばれる者どもですが、情報提供者から預かった資料によれば、その多くがミュゼの王族に連なる血筋の者たちでした。北の森で死んでいた老人も、傍系と言われる者です」


 情報提供者とは、マーカスさんのことだろう。彼は一人で地道に調べ上げたミュゼ出身者の情報を、躊躇なく私に提供してくれた。

 その情報はスイガ君の調査に大いに役立ったようで、表立って存在が確認されていなかった傍系の者たちが意外なほど各地に散らばっていることが分かった。そして、命を捧げるに至った者たちは、いずれもシモンの思想に共鳴していた。


 曰く、今こそミュゼの再興を。

 曰く、歴史を改竄してきたサンドリアに天誅を。


 王城で犠牲となった黒騎士や狼に喰われた魔導士たちの親族は、憔悴しきった様子だったという。そして彼らはみな一様にこう証言した。「ある日を境に言動がおかしくなった。妙な魔導士とつるむようになってからだ」と。


 ――後手に回らされている。その事実が酷く腹立たしい。

 

 ロベリア様は沈黙を保ったまま動かない。

 彼女が決断を下すまでにはまだ時間がかかりそうだった。

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