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元JK配信者、異世界で愛され配信者を目指します~チート魔力が欲しいとは言ってないんですよね~  作者: Mel
五章 決着をつけるために

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091 魔獣の大量発生

 ――また、ハウンドのエコーストーンが鳴り響いた。

 彼は忌々しそうに眉間にシワを寄せながら、通信相手から詳細を聞き取っている。その様子から察するに、最近相次いでいる魔獣発生の報告だろう。これで今週に入ってからもう五件目だった。


「まったく、嫌がらせが酷くなってきやがったな」


 通信を切ったハウンドは、広げたままの地図に新たなピンを突き刺した。その位置は……旧ランヴェール国近く。仕事の手を止めたデュオさんがすかさず「僕が行こうか?」と名乗り出る。シシル様から転送魔道具を譲り受けた彼は、遠距離の討伐任務に最適な戦力だった。


「中型が三体だ。いけるか?」

「大した数じゃないね。危なくなったら逃げ帰ってくるさ」

「魔獣も連れて帰ってくるんじゃねぇぞ」


 軽口を交わしあった後、デュオさんは私にウインクし、早速目的地へと移動していった。何をやらせても器用な彼は、もう転送魔道具の扱いにもすっかり慣れているようだ。魔力酔いで苦しむ様子もなかった。


 地図に刺されたピンは各地に散らばっている。自然発生したものも含まれているにしても、その大半はシモンが裏で暗躍しているものに違いなかった。

 そう、シモンは、まるで魔力が回復していることを誇示し、挑発するかのように各地に魔獣を放っていた。「あの馬鹿は魔獣を使うのが好きだったんだよ」とハウンドが嫌そうに吐き捨てたのを思い出す。

 十年前の戦争でも、禁術のせいでミュゼにとって貴重な戦力である魔導士が残されていなかったにも関わらず、魔獣を大量に召喚することでサンドリアとの兵力差をカバーしていたそうだ。


「このペースだとちょっと拙くない?」

「騎士団がいなかったら、とうに手が回らなくなってただろうな」


 レオさん率いるフォウ騎士団は現在フォウローザに駐在してくれている。ジュリアの生存が確認された今、ロベリア様が各地を巡る必要はなくなったからだ。彼らはフォウローザ内の各所に拠点を築き、魔獣発生に備えていた。

 

 一方で、私はハウンドとともに基本的にはお留守番だ。作戦指令室、と言えば聞こえはいいけれど、実際は私が討伐に出向いた先でシモンに狙われた場合、対処が難しくなることが一番の理由だった。

 ハウンドもまた、特異体質の持ち主ということで、シモンに対抗できる数少ない戦力の一人。彼はいつも私の傍に寄り添うように控えてくれていた。 


 討伐には出られない代わりに、私はライブ配信を重ねながら、シシル様の仮説を実証する形で魔力を蓄えていた。指摘をされてから意識するようになったけれど、確かにライブ配信直後はすごぶる調子が良い。押し寄せる高揚感も、今では抑える術を身に着けた。それはそれで「以前のほうが魅力的だった」なんてご意見ももらったから、バランスを取るのが難しいけれど……。


 少なくとも、今ならシモンと戦っても後れは取らないくらいに成長した。……はず。ただ、ジュリアを救ったうえで、と条件が加わると話は別だ。その具体案もまだ見つけられていなかった。


「呪いの手紙もわんさか届いているんだろう? 本当に暇なヤツだな」


 ハウンドの皮肉めいた言葉に頷きながら、私は目線を地図に戻した。シモンは開き直ったように嫌がらせを続けている。それは日に日にエスカレートしていき、手紙だけならまだしも、呪具まで送り付けられるようになった。

 

 一度、それがシシル様の呪術探知機をすり抜けて私に被弾したこともある。あの時も大騒ぎだったな……。私自身は三日間寝込むだけで済んだものの、安全面を考慮してリスナーからの差し入れが一切私の手元に届かなくなってしまった。せっかくの贈り物なのに、悔しくて仕方ない。

 しかも探知機に引っ掛からなかったということは、シモンの魔力がシシル様を上回りつつあることを示していた。

 

 シシル様にも報告すると、「ふん、あれは昔作った試作品じゃからな」と面白くなさそうに呟いていた。その表情には少なからずプライドを傷つけられた色が見え隠れしていて、無駄に気を遣う羽目になった。探知機の改良を約束してくれたけれど、私も少しだけ、今後に不安を覚え始めていた。


 こんな状況でコメント機能なんて解禁したら嬉々としてライブ配信にも凸ってくることだろう。いい年をしたおじさんの誹謗中傷コメントに興味がないわけではないけれど……そんなの、リスナーたちにとってはただの荒らしにしかならない。配信文化が広がる中でそんな悪例を作るわけにはいかず、コメント機能のアップデートも見送られたままだった。


 地図を眺めながら状況を話し合っていると、またハウンドのエコーストーンが鳴り響いた。舌打ちをして、彼が再び通信相手から話を聞き取っている。その頻度に「今日はやけに多いな」と思っていた矢先、今度は私のエコーストーンが鳴りだした。画面に映った名前は――冒険者ギルドのパノマさんだ。


「もしもし? どうしました?」

『ごめんなさい、ハウンド様にかけたのだけれど繋がらなくて。あのね、北地区の森から魔獣が溢れているみたいなの。リリーさんからの報告だけど、冒険者の手も足りないし兵舎の兵士も出払っているみたいで……』


 北地区の森? あそこは最近まで平穏だったはずなのに、「溢れている」というのはどういうことだろう。

 通信中のハウンドの袖を引っ張り、私は地図の北地区にピンを刺してみせると、彼の顔が明らかに曇った。彼も新たなピンを手に取り、今度は屋敷の南――まったく正反対の場所に刺した。


 魔獣を引き寄せる監視塔がまるで機能していない。これほどあちこちで同時に魔獣が現れるなんて、明らかに異常事態だ。転送魔法を駆使して動き回っているのか、それとも協力者がいるのか。どちらにせよ、困った事態に違いなかった。


「分かりました、誰かしら手配しますね」

『ありがとう、助かるわ。フォウローザに限らず各地に討伐クエストがたくさん届いているのよ。……一体何が起きているのかしら……』


 無用な混乱を避けるため、シモンの存在は限られた人間にしか知らせていない。だから冒険者ギルドの視点では、魔獣の異常発生はただの自然現象の一環に過ぎないのだろう。それでもやっぱり何かがおかしいと、皆が気づき始めていた。……本当に、何がしたいんだろう。不安に陥れたいだけなのか、戦力を削ぎたいのか……。


「北地区の規模は?」


 通信を終えたハウンドがすぐに確認してくる。具体的な数はわからないけれど、溢れているという表現からして相当な数なのだろう。そう伝えると、ハウンドは地図を見つめ、派遣する人員を考え始めた。


「……ねぇ、北地区には私が行こうと思うの。少し騎士を貸してもらえない?」

「理由を言え」

「熊さんが気になるの。今まではなんでか分からないけれど、熊さんたちが魔獣を抑えてくれてたはずでしょ? それなのに魔獣が溢れてるってことは、ひょっとしたら何かあったのかも」


 以前、デュオさんと素材集めの時に出会った森の熊。ハウンドは「フレデリカが飼っていた実験動物の生き残りだったのではないか」と言っていた。実際に私と顔を合わせてからは、北地区の森から魔獣が出ないように駆逐する動きを見せてくれていた。それが急に止まった理由がどうしても気になった。


「……所詮は獣だ。お前が気にすることじゃない」

「でも、誰かしら行かないとまずいでしょう? もう動ける騎士もそんなに残っていないし、お屋敷の南に出た魔獣を優先してもらわないと」


 お屋敷の裏には養護院がある。教会の人たちも改修作業のために既に移動を終えていた。あそこが魔獣に襲われる事態だけは絶対に避けなければならないから、残った騎士たちには南地区を優先してもらうべきだ。何より、北地区に迅速に向かえるのは転送魔道具を持つ私くらいだろう。

 

 私の言葉に、ハウンドも考えなしの提案ではないと理解してくれたんだろう。少しの逡巡の後、彼はエコーストーンを操作した。通信の相手はロベリア様だ。


『……なんか用か? 今、手が離せねぇんだけど』

「何をしてるか知らんが、俺とリカは魔獣の調査に北地区の森に行ってくる。お前はここで待機してろ」

『また出たのか? 俺とリカが行ったほうがいいんじゃねぇの?』

「南にも出た。騎士をそっちに向かわせるが、何かあったときのためにお前が残る方が都合がいい」

『はいはい、分かったよ。レオもいるし、こっちは任せろ。……ったく、リカと離れたくねぇだけだろうが――』


 ぶちり、と通信が切れた。ハウンドが一緒に来てくれるのは心強い。これなら安心して北地区に向かうことができる。


「冒険者の数も足りてないみたい。大陸各地で魔獣が発生してるって、パノマさんが言ってた」

「それだけの力を取り戻したってことか? ……後手に回るのは癪だが、まずは目の前の相手をなんとかするしかねぇな」

「ありがとう、着いてきてくれて」

「ロベリアを向かわせるとレオとセットになるからな。これが一番――」

「合理的、なんでしょ。じゃあ早く行こう。リリーさんが近くにいるみたいだから、危ない目に遭ってるかもしれない」


 冒険者であり配信者でもあるリリーさんは、調査をメインにしているため戦闘能力はあまり高くない、と自分で言っていた。

 彼女の無事を祈りつつも、もしかして、とエコーストーンを開いて彼女のチャンネルを確認すると――案の定、今まさにライブ配信中だった。


『見える範囲だけでも中型が二体いるんだけど、ヤバくない? 同業者は応援にきてくれるとありがたいんだけどな〜なんて。ま、無理のない範囲でもうちょっと探ってみるね』


 褐色の肌には小さな傷がいくつか見える。ライブ配信機能を他の配信者にも提供したのは良いんだけれど……これは、あまりよくないな。リスナーの反応を気にするあまり危険を軽視しているようだ。いや、危険も覚悟の上で撮れ高を優先させてるのかな……。どちらにせよ、危なっかしいにもほどがある。


 転送魔道具の転送先として北の森の入り口を登録してある。ハウンドの手を取り、魔道具を作動させると瞬く間に目的地に到着した。

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