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086 リカちぃの魔力の謎

「よく来たのう、今日という日を待ちわびておったぞ」


 今日はシシル様との定例研究日。猛烈に気が進まなくて重たい足取りで魔塔に向かったら、シシル様が満面の笑顔で迎えてくれた。前に「性格が悪い(要約)」と言ったことを根に持っているんだろう。出迎えの言葉も相まって、嫌な予感が膨らんでいく。


「……ご機嫌ですね? なにかいいことでもありましたか?」

「長いこと検証を続けておった仮説がついに証明されたんじゃよ。これでさらに効率よくマナから魔晶石を作り出せる。お主らの言う『家電製品』もいくつか実現できそうじゃな」


 おっ、それは朗報だ。またろくでもないこと考えてるんだろうな、なんて思ってしまった自分を戒めつつ私は手を叩き称賛を送った。


「それは嬉しいお話ですね! 例えばどんなのが作れそうなんですか? 個人的には電子レンジがマストアイテムなんですけれども」


 洗濯機の原型や、簡易的な冷蔵庫のようなものはもう作ってくれている。本来であればこれにテレビがあれば三種の神器がそろうはず。……あれ、エアコンだっけ?

 どちらにせよ、エコースポットがある今となってはテレビはそこまで必要ないし、気温も比較的安定しているこの世界ではエアコンの優先度も低い。今は何より、食材を簡単に温められる電子レンジが欲しい。洗濯機や冷蔵庫はこの大陸でも普及し始めているから、電子レンジが加われば食文化の発展にも大いに貢献するだろう。


 ワクワクしながら返事を待っていると、シシル様は魔道具の山から四角い箱と四角い板を取り出した。はて、これは何だろう。見た目は何の装飾もなくデザイン性なんてものはゼロ。全く想像もつかないけれど、まぁシシル様が変なものを作るはずがない。

 

「これは試作品ですか? 何に使うんです?」

「げーむ機じゃ」

「…………ん?」

「ロベリアがうるさかったからな。ささっとそれっぽいのを作ってみたんじゃ」


 ゲーム機。ということはこの箱が本体で、まさか板がコントローラーだろうか? あの人……シシル様の技術力を自分の趣味のために私物化するなんて、いったい何を考えてるんだろう。エコーシリーズを開発させた私も人のことは言えないにしても、予想の斜め上すぎる。

 

 確かに私もゲームは好きだ。パズルは熱中して何度もやってしまうし、アドベンチャーの感動的なストーリーには何度も涙を流した。ロールプレイングも未知の世界に没頭させてくれる、とても素晴らしいものだと思う。


 でも、もっと優先すべきものもあると思うの。


 私の反応が微妙だったのを感じ取ったのか、シシル様は「はて?」と首をかしげた。

 

「お主らの世界では、ゲームソフトは開発者たちの技術と叡智の結晶で、日々研鑽し競い合って作り上げ、しかも収益化が望めるものだと聞いておるが……違うのか?」

「ええと、はい、その通りですね。その通りなんですけど、ちょっと思ってたのとは違うというか」

「なんじゃ、エコーストーンをも凌ぐ産業になると聞いておったが、謀られたか?」

「いえ、それも間違ってはないんですけど……」


 ゲームは日本でも馴染み深い一大産業だ。映像表示できるエコーストーンの技術を活かせば、遠からず実現できそうではあるけれど……。


「ちなみに、どんなゲームが出来そうなんですか?」

「まずは本体を作ってくれと言われてのう、まだ枠組しかできておらん。ある程度仕上げたらトーマの時のように好きそうな弟子に任せるつもりじゃ」


 なるほど。ロベリア様は本気でこの世界にゲーム文化を持ち込むつもりのようだ。確かにゲームを好むような言動をしていた気もするかな? ゲームを作るには足りないものが多すぎやしないかと思いつつ、魔力で編集作業もできたから、良くわかんないけどそんな感じで進めるつもりなのかもしれない。


 でもまぁ、本当に実現できるなら、ゲーム実況の配信もできるということだ。私にとっても悪い話じゃないし、ここは素直に応援するべきだろう。


「もちろん、ゲーム機以外にもいくつか考案しておる。試作品ができたらまた試してもらうつもりじゃ」

「はい、それは喜んで! ゲームについても多少は知識があるのでお役に立てるかもしれないです。例えば――」

「そうか、だが今日他にやってもらいたいことがあるんじゃ」


 残念。雑談で時間を稼ごうと思ったのにシシル様のほうが一枚上手だったようだ。あっさりと本題に入られてしまい、「あ、はい……」と、あからさまにテンションを下げてしまった。


「そんな顔をするでない。お主にとっても悪い話じゃないはずだ。まずは……ライブ配信をやって欲しいんじゃよ。いま、ここで」

「ライブ配信を? いま? ここで?」


 ……なんで? シシル様が何を考えているのか分からないでいると、まるで待っていたかのようにトーマ君が現れた。

 彼とはカレナを詰め詰めする動画を見られてから初めての顔合わせになる。少しの気まずさを感じつつも「やっほー」と声をかけると、トーマ君は笑顔で応じてくれた。その表情はどこか輝いてすら見える。


「こんにちは、リカちぃ。今日もとても可愛らしいですね」

「そ、そう? ありがとうね」


 リカちぃが可愛いのは知っているけど、面と向かって言われるとなんだか照れくさい。それにトーマ君の目はまるで……神様を見るような目だ。彼の中でのリカちぃの神格化が全然止まらないのは気のせいだろうか?

 

「ええと、シシル様にライブ配信をしろって言われたんだけど……この間みたいに舞台を整えてもらってもいいかな?」

「それはもちろん構いませんが……師匠、今度は何を企んでるんですか?」

「企むとは失礼な。この娘はな、人には本来受け入れられる魔力の総量というものがあるはずなのに、その理を無視して無尽蔵に魔力を増やしておる。どうもライブ配信を始めてからその増え方が加速しているようでな。これで確認しようと思っておるのじゃ」


 そう言いながら、シシル様が取り出したのは、金色フレームの丸眼鏡だった。今かけているものと似ているが、それもまた魔道具のようだ。


「その眼鏡で何かわかるんですか?」

「以前、魔力測定器でお主の魔力を測ろうとして壊れたことがあったじゃろう。これは総量は測れぬが微妙な魔力の増減を見極められる。ライブ配信の前後で変化があるかどうか、見定めてみようと思ってな」


 なるほど、それは便利そうな道具だ。それに何をさせられるのかと身構えていたから、ライブ配信だけで済むならむしろお安い御用だ。以前からやってみたいこともあったし、私は迷わず承諾した。

 



「どもどもー、リカちぃでーす! ……って言っても、私だってわからないかな? 今日は姿を変える魔法をかけてみました! どう? いつもと違うリカちぃも可愛いでしょ?」


 画面に映る私は、普段のハニーブロンドとは違い、薄桃色のツインテールを揺らしている。服装もいつものシンプルなワンピースではなくホワイトロリータを意識したかわいい衣装に。メイクもばっちり決めて、髪型も衣装もいつも以上にガーリーに仕上がっていた。これはブレスレットの魔晶石にこめた魔法をアレンジして、見た目を簡単に変えられるようにしたものだ。


 視聴者のみんながスタンプで応じてくれて、画面いっぱいに花や星のエフェクトが飛び交う。最近はライブ配信が続いているけれど、リアルタイムで配信を見てくれている人――いわゆる同時接続者数のカウンターが勢いよく回っている。この配信で最大同時接続数の記録も更新できそうだった。


「この姿もいいんだけど~。次は……こんなのはどう?」


 そう言ってブレスレットに軽くキスをすると、私の全身が光に包まれ、今度は艶やかな黒髪に太ももまでスリットが入った深い紫色のタイトなドレスへと変わる。む、こういう服だと胸元が少し寂しく見えちゃうかも。さすがに顔や体型までは変えられないから、そこは仕方ないか。


「キュートなリカちぃと、セクシーなリカちぃ、どっちがタイプ?」


 そう言いながらチュッと投げキッスをすると、ピンクと紫のハートが画面に舞い踊る。――あれ、ミカンのスタンプなんてのもある。また種類を増やしてくれてたんだと視線を移すと、遠くでトーマ君が力強く親指を立てているのが見える。その隣に座るシシル様は、私の魔力を測定するための眼鏡のずれを直していた。


 ライブ配信は盛況のうちに終了。エコーストーンをオフにして、ふぅっと息を吐いた。


「はぁ~、楽しかった! トーマ君、今日もありがとうね~」

「今日もさいっっこうに可愛かったです! ちなみに僕はキュート派です!」

「うん、なんとなくそうかなって思ってたよ」

 

 セクシーな服も悪くなかったけど、あれはロベリア様みたいなプロポーションの持ち主じゃないと映えないかも。次はコスプレでもしてみようかな。メイド服は鉄板として、この世界にはあまりない服装……あ、制服なんかも目新しくて良さそうかも。となると、衣装を作ってくれる服飾屋さんも見つけないといけないなぁ。


 次の企画のアイデアを練っていると、シシル様が近づいてきておもむろに私の手に触れた。お子様体温のシシル様の手は温かくて、じんわりと温もりが伝わってくる。


「……やはり、配信前よりも魔力が増えておるな」

「そんなに変わるものですか?」

「ほんの少しじゃがな。どうやって魔力を蓄えていたのか不思議で仕方がなかったのじゃが……これで証明された。お主、ライブ配信をすることで魔力を蓄えておるようじゃ」


 ……そんなことある? と思いつつも、シシル様は大真面目だ。


「まさか、エコースポットを通してリスナーから魔力を吸収していたりしないですよね?」


 ただでさえこの口からは魔力が垂れ流し状態でリスナーに少なからず影響を与えている。良い影響、ということで納得はしているけれど、魔力を吸収としているとなれば、今度こそアウトじゃないだろうか……?


「その線も大いにあり得るが……。トーマよ、エコースポットを中継にして、配信者のエコーストーンに魔力を流し込む機能は組み込んでないじゃろう?」

「え? あ、はい。魔力やマナをポイントに変換して贈与する機能は検討していますが、魔力を直接吸収するなんてこと、僕の力じゃ組み込めませんよ」

「となると、お主自身に起因するものか。いつも配信を終えた後の気分はどうじゃ?」


 そう問われ、配信後の気分を思い返してみる。確かにライブ配信の後は――スタンプ機能でダイレクトな反応をもらえるせいか、テンションがかなり上がる。高揚感に包まれて心も体も温かくなり、深く眠れる夜が多いのだ。


「とても楽しい気分になりますね?」

「精神に異常をきたしている、と」

「い、言い方!」

「気付いておらんのか? 今のお主の顔、とても人前に出せるものではないぞ」


 顔? と鞄からコンパクトの鏡を取り出し覗き込むと、頬は蒸気したように赤らみわずかに汗ばんでいる。瞳の色は鮮やかな空色を保ちながらも、潤んだように少しとろんとしていた。


「いつもどおり可愛いです?」

「……聞き間違いか?」

「いつもどおり可愛いです」


 シシル様は一瞬目を丸くしてから、深いため息をついた。

 

「……リスナーの熱狂に応えておるからかのう。顔つきだけでなく、内から高揚感が滲み出ておるわ。これではまるで熱に浮かされたような状態じゃな」

「そうなんですよ、いつもどおり可愛いんですが……少し煽情的すぎるというか、目のやり場に困ると言うか……」


 もう一度鏡に目を向ける。うん、そこにはまぎれもなくいつも通り可愛いリカちぃがいる。

 シシル様は肩をすくめ、半ば呆れたように言葉を続けた。

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