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085 そのコラボ動画は放送事故につき

 十年前、シモンはジュリアをサンドリアの王妃に送り込むことでサンドリアを掌握しようとした。それが失敗したから、今度はフレデリカの力を利用するという強硬手段に出ようとした。

 

 でも、なんでそこまで復讐に固執していたのだろう。ミュゼが過去に受けた迫害の歴史が原因だと私自身も思っていたし、シモンもそれを口にしていた。

 けれど、本当にそれだけなんだろうか? 望んだことではないにせよサンドリア王族とも交わり、国としての形を保っていたはずなのに。

 

 ……もしかして、もっと些細で個人的な理由があったりしないかな。ただ、聞こえのいい大義名分を掲げることで、正当性を装っているだけだったり――。


「もし不快に感じられたなら、申し訳ありません。どうか忘れてください。監視塔であなたのお姿をお見かけしてから私の中で仮説を重ねてしまい、ずっと疑問に思っていただけなんです」


 沈黙を続ける私に、マーカスさんが気遣うように声をかけてきた。考えごとに没頭してしまうのは私の悪い癖だ。不快に思ったわけではないと伝えるために私は小さく首を振った。

 

「ごめんなさい、不快というわけではないんです。ただ整理させてほしくて……」

 

 とは言ったものの、全容を掴むにはまだ情報が足りない気がする。それに、マーカスさんにどこまで打ち明けていいのか迷うところだった。彼の知識は心強いけれど、今はまだお互いにそこまでの信頼関係があるわけじゃない。


「……何事も例外はありますわよね? ミュゼの女当主が魔力を有さなかったように」

「ええ、その通りです。ですが――……」

 

 まだ何か引っかかっている様子のマーカスさんがどんな考えに至っているのか、私には分からない。……どこまで踏み込んでいいのか、お互いにまだ探っているような状態だった。


「あの、もう一つ気になることがあるんです。シモンの子は女の子しかいませんが、次代はどうするつもりだったんでしょう? サンドリアへ王妃にさせようとしたのだって、内部から瓦解させるためですよね? ……ミュゼの王族は、他にも存在するんですか?」


 家系図を見ても、ジュリアの代には枝分かれした傍系と呼ばれる者しかいない。通常であれば、彼らと交わることで、魔力の低い子どもが生まれることになったのだろうけれど……。


 ふと、マーカスさんが声を潜める。


「確かに血筋は薄まりつつありますが、ミュゼ王族の末裔は各地に点在しています。それが現在では"ミュゼのシンパ"と呼ばれる者たちですが……しかし、彼ら以外にも最終手段が残されているのです。それは、ミュゼ公国内でも忌避されていたことでして……」


 言葉を濁し、続きを躊躇うマーカスさん。その様子を見ているうちに、背筋を這うような悪寒が襲ってきた。近親婚を繰り返してきた一族が、なおも「忌避」するほどの行為――そんなもの、ひとつしか思い浮かばない。


「――まさか、父親と……?」

「……分かりづらいですが、ここの家系図からそれが読み取れます。ほぼ死産だったそうですが、唯一残った子ども……モーヴという青年は、シモンをも軽く凌駕するほどの強大な魔力の持ち主だったと言われています。ミュゼを覆うほどの広域の結界を張ったのも彼だったそうです。なんでもその遺骨が今なおどこかに安置されているほどだとか。魔力に取り憑かれていたシモンならば同じように――」

「マーカス様、もうその辺で……」


 私の顔が死んでいることに気付いたのだろう、セレスが話を止めてくれた。

 想像もしたくない、言葉にし難い嫌悪感が広がっていく。実の子どもも、自分自身すらも、人として見ていない。ただ魔力を継ぐための道具でしかない。

 

 そこまでして、いったい何を成し遂げようと言うんだろう。この大陸の覇者となって、それからどうするつもりなんだろう。分からない。だってそんなの何も楽しくないし、誰も幸せになっていないじゃない。


 重たい沈黙の中、控えめなノック音がこんこん、と響いた。「どうぞ」と声をかけると、シアさんだった。カートの上にはお茶とお菓子が並んでいる。朝、シアさんが「新しくできたお菓子屋さんで買ってきました」と教えてくれたことを思い出す。


「まだお話の途中でしたか。お邪魔をしてしまって申し訳ありません」

「ううん、大丈夫、ありがとう。甘いものが食べたい気分だったからすごく嬉しい!」

「まぁ、チョコのお菓子ではありませんか。サングレイスでもよく見かけるようになりましたが、まだまだ高級品ですわ」


 セレスの言う通り、お皿の上のマフィンには艶やかなチョコレートがコーティングされていた。ひと口食べると甘い香りと風味が口いっぱいに広がり、喉までせりあがっていた重苦しさが一気に吹き飛んだ。我ながら単純だとは思うけれど、セレスも「ん~」と幸せそうに堪能している。険しかったマーカスさんの表情もほころんでいた。


「今日は不躾な質問を重ね、本当に失礼しました。ギルド長のお役に立てればと思っていたのですが、かえって不快にさせてしまいましたね……」

「とんでもないです、とても貴重なお話でした。そういえば、マーカスさんはサングレイスで暮らしていたんですよね? 不自由な思いはしていませんでしたか?」


 私たちはお茶を飲み終え、ほっと一息ついていた。先ほどまでの重苦しい空気も消え失せ、すっかり雑談モードに移行している。少し意図的に話を誘導してみたのだけれど、二人も自然と乗ってくれた。


「不自由はしませんでしたが、素性を隠していたので少し窮屈ではありましたね。それに知識を発揮する場所に困っていまして……。学習院に非常勤講師として呼ばれることもありましたが、その程度でした。フォウローザに来たのは、自分のルーツを確かめるためでもありましたが、ここは本当に――」

「あ、私から聞いておいてごめんなさい! その続きは、ぜひ他の人にも共有したいです。疲れているところ申し訳ないんですけど、今からコラボ動画を撮りませんか?」


 マーカスさんがフォウローザに馴染んでいるのは在住の長さからも見て取れる。それに、せっかく配信者が三人集まっているんだし、どうせならここは……動画を撮るしかない!


 二人は目をまんまるにして「コラボ動画?」と首をかしげているが、趣旨を説明すると、二つ返事で応じてくれた。


 

 ◆ ◆ ◆



『どもどもー、リカちぃでーす! 今日はなんと、「大陸史~ヒストリア〜」チャンネルのマーカスさんとのコラボ動画です! マーカスさんは顔出しNGなんですが、今回は特別に姿だけお見せしますよ、必見です。 そして、最近開設された「カラーリリー」チャンネルのセレスも特別ゲストとして参加してくれています。今日は豪華なメンバーでお送りしますので、一緒に歴史を楽しく学びましょう♪』

『改めまして、マーカスです。ギルド長のチャンネルにお招きいただき、光栄です』

『初めまして、セレスと申します。リカちぃと、憧れのマーカス様と共演できるなんて、本当に夢のようですわ!』


 画面に映るマーカスさんは、額から鼻先まで覆う銀色の仮面をつけていた。彼のチャンネルでは、動画の配信が始まってからも、地図や資料を映すだけで解説は声のみだった。だから顔出しNGなのは仕方がないと思っていたのに、黒鞄から仮面を取り出したときは驚いた。配信ギルドの長からのお呼び出しとあって、念のため用意してくれたらしい。


 あれから、私たちは応接室をそのまま撮影場所にして「マーカス先生の歴史授業を聞く生徒たち」という形式で動画を撮った。ミュゼの歴史は生々しすぎるので、主にロベリア様に焦点を当ててフォウローザがどう発展してきたかを解説してもらう内容だ。


『なるほど~。フォウローザって、移住者たちの手で作られていったんですね。みんなで協力して領地を発展させていくのって楽しそう!』

『そうですね、私も区画整理などで助言をさせていただきました。まだ発展の余地が多く残っている、これからが楽しみな領地です』

『マーカス様は移住されてから長いのですよね? 住心地はいかがですの?』

『ええ、とても肌に合っています。最初の頃は職を見つけられず苦労もしましたが、今では配信者として生計も立てられるようになり、商店も増えたので生活も充実しています』

『まぁ、私も移住しようかしら……。それか別荘を構えるのもありかしら?』

『別荘かぁ、その発想は無かったなぁ。北地区の整備が進めば、避暑地としてもよさそうだもんね?』


 そんな和やかな雑談も交えながら進んでいた動画撮影だったけれど、終盤にロベリア様が突然現れたことで、空気は一変してしまった。


『面白いことをしてるって聞いたもんで!』


 バンッと扉を開け放った瞬間のマーカスさんの驚いた顔といったら、仮面越しでも狼狽が伝わってきて、何度動画を見返しても笑ってしまう。

 ロベリア様がちゃっかり生徒役として飛び入り参加したところまでは、まぁ良かったんだけれど……。


『お目にかかるのは初めてですね。ご本人を前にして講義を続けるのも、少しやりづらいものがあるのですが……』

『まぁまぁ、硬いこと言いっこなしだって。しっかし、授業モノにすんならセーラー服くらい用意しとけよ、気が利かねぇな』

『授業もの……? せーらー服……?』

『あん? あんたも先生ならピーーーで、ピーーーーすんだろ? まさかピーーーーーーー?』

『わ、私はそんなことはしません! 奔放な方だとは聞いていましたが、まさかここまでとは……!』

『ロベリア様、ハレンチですわ!』


 その後もロベリア様が放送禁止用語を隙あらば放り込むものだから、授業は強制終了。普通ならこんな動画はお蔵入り確定なところを、マーカスさんが慌てふためく姿が捨てがたくて、頑張ってピー音を入れる編集をして配信することにしてしまった。最終的にはマーカスさんも許可してくれたし注釈も大量に入れている。ちなみに、この編集作業にはまる一日費やすことになった。


 結果として大好評で、マーカスさんとセレスの登録者数も増えたから良しとしよう。とはいえ、ロベリア様への苦情の手紙もたくさん届いたけど……もちろん好意的な意見もあったから、まさに諸刃の剣な方だ。いっそ『ロベリア様注意』とタグ付けして検索避けでもしてやりたい。……タグ付け機能、検討してもらおうかな?


「お前らは本当に何をやってるんだか……」


 今日は朝から私とハウンド、そしてデュオさんの席も新たに用意され、三人で領政の仕事に取り組んでいた。

 デュオさんの出向話が出たときは「領政に関われとは言っていない」とアレクセイさんは言っていた気がするけれど、やっぱりハウンドは当然のように彼を人員として組み込んでいた。デュオさんは私と違って文句も言わず、ハウンドから引き継ぎを受けて粛々と作業を進めている。


 そして「忙しくてまだ見ていない」と言うので、仕事の合間に三人でコラボ動画を見てみることにしたのだけど、案の定、ハウンドはすっかり呆れ顔だし、デュオさんも「まったく、アレは本当にどうしようもないな……」と苦々しげに漏らしている。王宮での一件で少しは修復されたかと思われた二人の関係も、男子会を経て別の溝ができたらしい。


「で、でも、面白かったでしょ?」

「あの野郎が出てくるまではな」

「全身を隠すべきだよ、存在そのものが卑猥なんだから」


 そんな毒舌を聞かされて思わず吹き出してしまった。ロベリア様は、私が個人で収録しようとしても、どこからともなく嗅ぎつけて乱入してくる厄介な存在になっている。ライブ配信の際は絶対に彼女が来ない場所でやらないと危ない。ギルド長がコンテンツ規約違反で一発バンだなんて笑えない話だし、モザイク処理なんて死ぬほど面倒くさそうだからできればご遠慮願いたい。


「それにしても……ついに君の耳にも入ってしまったんだね」

「ええと……近親婚のことですか?」

「そう」


 ゆっくり話せる機会もなかったので、この間マーカスさんから聞いた話を今やっと二人にも共有できた。話の流れで近親婚についても触れたけれど、デュオさんは私を気遣うような表情を見せている。一方で、ハウンドは眉間に皺を寄せ「意味が分からん一族だな」と露骨に不快感を示していた。


「ハウンドは知らなかったんだ?」

「知らねぇな。獣でもそんな真似しねぇぞ、気色悪ぃ」


 剥き出しの嫌悪感。どうやらこの世界でも近親婚は禁忌のようだ。自分の常識が通じることに少しだけ安堵する。


「謎の多い一族とはいえ、その話は周辺諸国でも有名だったそうだよ。だからジュリアが学習院に入学しただけでもちょっとした騒ぎになったそうだ。ミュゼが自国の貴族を学習院に通わせるなんて前代未聞だったからね。それに加えて、王妃選定の儀への参加を表明したときには誰もが驚いた――なんて話を聞いたことがあるね」

「王妃選定の儀?」

「サンドリア王国で続いた慣習さ。王太子と同世代の王妃候補たちが学園内で己の価値を王太子に示し、卒業前に正式な王妃が選ばれるんだ。……どっかの誰かさんのせいで、廃れるだろうと言われてるけどね」


 貴族の子息が通う学習院。何度か耳にしたことはあったけれど、ただの教育機関ではなく、そこでロベリア様とジュリアは王妃争いを繰り広げていたということか。

 ただ漫然と学園生活を送っていた自分とはあまりにも世界が違う。そこは日本で良かったな、なんて思っていると、不意にハウンドが書類をパシリと音を立てて叩いた。

 

「お喋りはその辺にしておけ。この予算書、数字が間違ってるぞ」

「えぇ!? おっかしいなぁ、ちゃんと確認したつもりだったのに」

「チェック表を作っておくといいよ。レ点を入れるだけの簡単なものでいいから」


 デュオさんがさらりと助言をくれる。仕事でミスをしない――今の私にとっては、ミュゼの歴史よりも、こちらの方がずっと大切だ。


「分かりました、やってみます!」


 素直にアドバイスを受け止め作業フローを整えていく。

 ふと顔を上げると、ハウンドがどこか満足そうに私とデュオさんの様子を眺めていた。

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