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元JK配信者、異世界で愛され配信者を目指します~チート魔力が欲しいとは言ってないんですよね~  作者: Mel
五章 決着をつけるために

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084 歴史の授業

 呼びかけに応じてお屋敷に来てくれたマーカスさんは、サングレイスのお城で見かけた文官風の服装で現れた。黒々とした髪をオールバックに整え、モノクルをかけた姿はどこか知的で、まさに学者然としている。白い手袋が黒い装いによく映え、年齢不詳ながらも大人の魅力が漂っていた。


「お久しぶりです、お忙しいのに来てくださってありがとうございます」

「我がギルド長からのお招きとあれば、応じるのは当然かと」


 彼の言葉は堅いものの物腰は柔らかい。フォウ公国の役人さんであるフリューさんと似たタイプかもしれない。

 彼は私の後ろでもじもじしているセレスを見つけて、「そちらの方は?」と問われたので、彼女に自己紹介を促した。

 

 セレスとの雑談通信でマーカスさんに会うと話した時、彼女は土下座する勢いで同席を願い出てきた。驚いて理由を尋ねたら、彼女は恥ずかしそうに「マーカス様のファンなんです……」と消え入るような声で教えてくれた。なるほど、彼はお腹にずしりと響く低音ボイスの持ち主で、多くのリスナーが彼の声に恋をすると話題になっていた。どうやらセレスもその一人だったようだ。


「わ、私はセレスティア・レーベルと申します。先日チャンネルを開設したばかりの若輩者ですが、今日はマーカス様とお話ができると聞き、ぜひお話を伺いたく……!」


 顔を真っ赤に染めるセレスは本当に愛らしい。こんな可憐な子に好意を示されたらどんな男でもイチコロだろう。マーカスさんも例外ではなかったようで、少し面食らったような顔をしながらも、ぎこちなく微笑みながら彼女に手を差し出した。


「レーベル家のご令嬢ですね。先日のロウラン家の告発動画は私も拝見しました。随分と勇気のある方だと思いましたが、まさかこんなに可憐な令嬢だったとは。こちらこそ、お近づきになれて嬉しい限りです」


 セレスは顔を輝かせながらマーカスさんの握手に応じる。おやおや、これは……とても良い雰囲気なのでは? 恋の気配に心が踊りながらも、ぐっと堪えて二人に椅子にかけてもらった。他のみんなにも参加するか聞いたけれどそれぞれ用事があるらしく、結局私とセレスの二人で話を聞くことになっていた。


「マーカスさんのチャンネルも登録者数が順調に増えていますね。教育コンテンツとしての価値も高いと評判で、領からの支援金の支給も決まりました。来月から支給を開始させていただきますね」

「それはありがたい。まさかこんな形で私の知識を共有できる場が得られるとは、配信ギルドには感謝しています」

「こちらこそ。マーカスさんのコンテンツが配信ギルドの認知やクオリティの向上に大いに貢献してくださっているので、本当に助かっています」


 教育や社会的意義のあるコンテンツについては、領が率先して助成金や支援を行うことになっている。マーカスさんはその第一号だ。これをリカちぃのチャンネルでも取り上げて、新たな配信者を生み出すきっかけにしていきたい。

 

「さて、今日は何か私に聞きたいことがあるとか。大した話ができるか分かりませんが、どういった内容でしょうか?」

「はい、実はミュゼ公国について教えていただきたくて。ここはもともとミュゼの領地だったそうですが、その歴史を知る人がほとんどいないんです。知らずに領政に関わるのもどうかと思いまして、マーカスさんの知っている範囲で構わないので教えてもらえませんか?」

「ミュゼ、ですか。そうですね……確かに、歴史的にはなかなか興味深い一族です」


 想定内の質問だったのか、マーカスさんは穏やかな表情で軽くモノクルを調整した。鼻当てのついたモノクルは見慣れない小物で、思わず目がいってしまう。

 

「ミュゼは長い歴史を持ちますが、栄枯盛衰を幾度となく経験した珍しい国です。どの程度詳しくお話ししましょうか」

「それはどうしてでしょう? 以前、動画で『魔力の衰退と発展を繰り返した』と聞いた気がするのですが、それと関係があるんですか?」

「ふふ、よく覚えてらっしゃいますね。では、まずミュゼという国の特性についてお話ししましょうか」


 マーカスさんは黒い鞄からいくつかの資料を取り出した。最初に見せてくれたのは長い巻物のようなもので、人名と線がずらりと並んだ家系図らしきものだった。


「これを見て、何か気づくことはありますか?」


 おお、そういう形式か。授業中に突然当てられた時のような緊張感を覚えつつ、必死に家系図を読み解いていくと、その形が自分の知っている家系図とは少し違うことに気がついた。


「……えっと、この繋がりは兄妹ということですよね?」

「ええ、そうです」

「その下に子どもが繋がっているというのは……つまり、ええと」

「正解。ミュゼ公国は、非常に珍しいことに近親婚が繰り返されてきた家系なのです」


 近親婚。つまり実の兄妹が結婚しているということ、だよね?

 それは、この世界でもやはり珍しいことらしい。どうしても体が弱かったり、身体や精神に問題を抱えた子どもが生まれやすいとされているそうだ。


「必ず男女の兄弟が必要と言うことですよね……?」

「それが魔力の衰退と発展を繰り返す鍵なのです。もしも兄妹が揃わなかったり、子宝に恵まれなかった場合には、親戚といった親族間での交配が行われます。不思議なもので、そうした場合に生まれた子どもは魔力が著しく劣るのです」

 

 その魔力の弱い子どもたちが次代の当主となると、途端に国としての権威を失ったという。


「近親婚は不浄のものと周辺諸国から蔑まれることも多く、そこには恐れもあったのでしょうね。代を重ねるごとに少しずつ魔力を増幅させていく一族の存在を脅威に感じたのです。また、ミュゼが得意とする呪術に対する反感もそれを加速させ、いつからかミュゼ出身者への迫害が始まりました」

 

 これが、およそ数百年前の話ですね、とマーカスさんが補足する。シモンがサンドリアに恨みを抱いているのはこのことを指しているのだろうか? 少し昔の話過ぎると感じたけれど、マーカスさんは家系図に目を落としたまま説明を続けた。


「迫害を恐れたミュゼの人々は、公国内で身を寄せ合うか、身分を隠して各地を転々としていたようです。ある種の鎖国状態にあったわけですが、幸運にも公国内の領地は昔からマナが豊富で、魔力に恵まれ呪術の心得があった彼らは生活に不自由することはありませんでした。しかし、転換が訪れたのが――ここです」


 そう言ってマーカスさんが指差したのは、シモンの代よりも何代か前に当主を務めた一人の女性の名前だった。


「彼女は魔力を全く有さなかった。長いミュゼの歴史においても非常に稀有な存在と言えるでしょう。周辺諸国がそれを見逃すはずもなく、マナが豊富な国土を狙って侵略を開始しました。筆頭に立ったのは、今や大陸の覇者と呼ばれるサンドリアです。公国民は次々に捕らえられ、奴隷として連行され、サンドリアの貴族の魔力を底上げする役割を果たしました。――と、言えば聞こえはいいですが、当然ながら、人道的な扱いを受けたわけではありません」


 ここに資料が残っているとおり、と淡々と説明するマーカスさん。その冷静な語り口に対して、私の胸には次第に不快感が湧き上がってきた。昔は奴隷制が当たり前だったとはいえ、この地の先祖たちがそんな過酷な扱いを受けていたと知るのは、あまり、いい気分ではない。


「リカちぃ、大丈夫ですか……?」


 小声で問いかけてくれるセレスに、大丈夫だよと応える代わりに小さく頷いた。


「ミュゼは、もっと広大な国土を持っていたということですか?」

「文献によると、そうですね。ただ、公国民は徐々に中央に集まっていったと聞いています。大規模な結界が国土を守っていましたが、女当主にはその結界を維持する力がなく、代わりとなる際立った王族もおらず、サンドリアによる完全支配とまではいかなくとも、政治干渉を招いた『冬の時代』がしばらく続きました」


 女当主には子がいなかった。これでミュゼの血筋は絶えるかと思われたけれど、奴隷として連行された者の中に王族の血を引く者がいたため、そこから血筋は辛うじて続いていったようだ。


「当時のサンドリアの第四王子がそうでした。彼は妾腹の子でしたが、自身にミュゼの血が流れていることを知り、双子の妹とともにミュゼに渡り、新たな当主として迎え入れられました。王族不在の中での彼の帰還は、民を大いに喜ばせたことでしょう。彼の治世下からはサンドリアとも表向きには良好な関係を築いていたようです」

「ということは……その時代に、その、近親婚は途絶えたということですよね?」

「ええ。皮肉なことに、サンドリアの血も引く第四王子と王女はそこそこの魔力を有していた。つまり、近親婚に拘る必要が無いと分かったのですが――やはり、慣習を捨てることは出来なかったのでしょうね。こうして一度は外部の血を受け入れながらも再び近親婚が繰り返され、そしてシモンの代へと至るのです」


 ここでフレデリカの父、シモンが登場するのか。家系図の末尾にはジュリアの名前だけが記されている。フレデリカの存在は、書類上でも秘されていた。


「シモンは、サンドリアの宮廷魔導士として招かれるほどの強大な魔力を持っていました。彼がミュゼの大公でありながらも宮廷魔導士となったのは、サンドリアの前国王がシモンを掌握する意図もあったのでしょう。しかし、シモンは当然ミュゼの歴史を知っていて、サンドリアに対し深い恨みを抱いていた。……そして十年前に、戦が起こりました」


 ここから先はご存じですね? と問われ、私は頷いた。ジュリアやフレデリカの力を利用して戦を起こし、この大陸全土に厄災を撒き散らそうとしたシモンを、ロベリア様が阻止したことで、ミュゼはついに滅びを迎えたのだ。

 

 何度もの危機を乗り越えながら、国として存続していたはずのミュゼ。大人しくしていればそれは続いていたはずなのに、シモンは、復讐心を押さえることができなかったのだろうか。

 たしかに侵略や奴隷の歴史を知ると、私も複雑な感情を抱く。それでも私は、過去に囚われるより未来に目を向ける方がよっぽど前向きだと思う。……もっとも、これは私がただの転生者で、ミュゼの出身ではないから抱く感想なのかもしれない。


「……概要とはなりますが、これがミュゼの歴史です。知りたかったことは分かりましたか?」

「はい、ありがとうございます。とても勉強になりました。正直、何を考えているのか良く分からない一族ですね……」

「素直な方ですね。魔力至上主義が招いた悲劇とも言えるでしょう」


 家系図のシモンの隣に「シモーネ」という名前が見える。これがジュリアとフレデリカの母親なのだろうか。


「このシモーネという方の記録は残っているんですか?」

「シモンの妹ですね。彼女はシモンに匹敵するほどの魔力を持っていたと伝わっていますが、体はあまり強くなかったようで、ジュリアを出産後しばらくして病没したと聞いています」


 なるほど、その二人の子どもならジュリアもフレデリカも豊富な魔力を持っていても不思議ではない。

 そう考え込んでいると、マーカスさんがじっと私を見つめていることに気がついた。何か気になることでもあるのだろうか。もしかして何か勘づかれたかと少し不安になりつつ、「どうかしましたか?」と尋ねると、彼は言い淀みながらも、決意を固めたような表情で尋ねてきた。


「つかぬことを伺いますが……ギルド長のその瞳は、何かで色を変えてらっしゃいますか?」

「瞳、ですか? いえ、特にそんなことはしていませんけれど……」


 突然の質問に驚きながらも、私は正直に答えた。穏やかな春の空を思わせる美しい青い瞳は私のお気に入りだ。――ただ、もしかして彼は"紫の瞳"のことを言っているのだろうか? ミュゼの血筋の証と言われる、あの紫色の輝きを……。


 どう返せばいいのかと迷う間、短い沈黙が訪れる。気まずさを紛らわせるように家系図に視線を落としたものの、マーカスさんの言葉が気にかかり、頭の中で堂々巡りを始めていた。


「……なるほど、不思議ですね。ミュゼの血筋を持つ者の瞳は、元から紫色なのです。ちなみに、私もこの魔道具で色を隠しているのですよ」

「――それは……! つまり、ええと……」


 思わず顔を上げた私の視線の先で、マーカスさんが静かにモノクルを外した。その奥に現れたのは――薄い菫色の瞳。マーカスさんが真剣な面持ちでこちらを見つめている。その目には私を試すような意図はなく、ただ事実を告げる学者の冷静さがあった。


「この家系図にはありませんが、私はこの女当主の血を継いでいます。……魔力を持たなかった、哀れな彼女の」


 そう言ってマーカスさんは女当主を指差し、ゆっくりと指先を家系図の外に滑らせた。セレスの顔に緊張が走った。


「女当主は子を生せなかったと……」

「表向きには、そうです。しかし彼女は秘密裡に子を産み、その子をミュゼの外へ送りました。魔力を持たない子どもなどミュゼにとっては不幸の象徴にすぎません。……彼女はそれを理解し、血を細々と繋ぐ選択をしたのです」


 マーカスさんの言葉は淡々としていたが、その裏にどれだけの感情が潜んでいるのかは分からない。彼もまた、ミュゼに深く関わる人物だったんだ……。


「では、マーカス様がミュゼに詳しいのは……」

「そうです。私自身、その血筋を持つ者です。ただし誤解しないでください。私はミュゼを信奉しているわけではありません。一人の学者として、その歴史を探求しているだけです」


 その言葉に、どこか距離感を感じた。自身の血筋に振り回されず、ただ知識を探求してきたのだろう。その冷静さがむしろ信頼に足るものだと感じさせた。


 だからこそ辿り着いたのだろうか。――私の正体に。

 

「私のことも、知っていると……?」

「……歴代の写し絵は何度となく見てきました。シモーネとジュリアのことも知っています。だからこそあなたのその瞳の色には興味を惹かれるのです――いったいどこからきたものなのか、と」


 私の瞳は、呪詠律を行使するときだけ紫色に輝く。それが普通の紫色の瞳とは何が違うのか。まさか、私がフレデリカとは違う魂だから? そんなこと、彼に言えるわけがない。


「……ごめんなさい。そう言われても、私にはよく分からないです」


 私の曖昧な返しを咎めるでもなく、マーカスさんは穏やかに目を細める。

 すべてを見透かすような瞳に居心地の悪さを覚えながらも、私は再び家系図に視線を落とした。

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