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083 シシルとシモン

 フォウローザに帰還して最初に出迎えてくれたのは、しかめっ面のハウンドだった。

 何度か経過報告を入れていたから、そこまで心配はさせていないはずなのに、どうやら「ロベリア様と一緒に行動している」という事実が、彼のお気に召さなかったらしい。

 さらに、まだみみず腫れが残る私の顔を目にした瞬間、深々と重たい溜息をつかれてしまった。


「任せると言った途端にこの有様か、お前は」

「あはは……私もこんなことになるとは思わず……。……ごめんなさい」


 素直に謝れば、むすっとした顔のまま、ハウンドは私の頭を軽くぽんと叩いた。……そういうの、ずるいと思うんだよね。

 

 スイガ君はだいぶ元気になったようだ。ただやっぱり怪我の心配をされてしまったので、早急にこの顔をどうにかする手段を考えることにした。簡単だ。直すのではなくて、誤魔化しちゃえばいい。以前デュオさんから貰ったブレスレットに取り付けられた魔晶石に、デュオさんから認識阻害の魔法を教えてもらって吹き込めばいいのだ。ちょっとアレンジすれば別人に見せることだって出来る、はず。


 問題は、当のデュオさんがまだ部屋から出てこないことである。


「アイツ、何があったんだ?」

「死ぬほど飲ませたら死にかけてた。最近の若者は軟弱だよなー」

「…………」


 無言のハウンドだけれどその顔には『聞くんじゃなかった』と書いてある。私ももっと強く止めれば良かったかなぁ。でもデュオさんは立派な成人男性だ。自分の酒量を見誤ったのは彼の責任だろう。たぶん、一割くらいは。あとの九割はそう仕向けたロベリア様が悪いと思う。


 食堂で昼食を取りながらサングレイスでの顛末をハウンドとスイガ君に説明し、最終的には王様から協力を得られたと話すと、二人ともどこかほっとした表情を浮かべていた。どうやら私たちが捕えられることも覚悟していたらしい。


「まぁ、ロベリアと爺の名前を出せば何とかなるとは思っていたが……それにしてもお前たちは本当に考え無しと言うか……」

「お嬢様、今回はたまたまうまくいっただけに過ぎません。どうか、今後はもう少し冷静な行動をお願いします。……それと、ロベリア様とは少し距離を置かれたほうがよろしいかと……」

「スイガ、聞こえてんぞぉ?」


 シアさんと話していたはずのロベリア様がすかさずスイガ君に突っ込みを入れる。びくっと肩を跳ねさせるスイガ君とは、なかなかレアなものを見た。


 ――いつシモンがまた動き出すのか、タイムリミットは分からない。ただ、カレナやシモン自身の口ぶりからすぐに行動を起こす様子はなさそうだった。それならば今の私たちにできることは、その日に備えて万全の準備を整えることだ。


「ねぇシアさん。配信者にマーカスさんっているでしょう? あの人と会いたいんだけど、手配をお願いしてもいい?」

「マーカスさん、と仰いますと、考古学者の方でしたよね。急にどうされたのですか?」

「あの人、歴史に詳しいからちょっと話を聞いてみたくって」


 そう、時間に猶予がある今だからこそ、シモンについて新たな視点から調べてみようと思ったのだ。なにせこのフォウローザにはミュゼについて詳しい人が極端に少ない。ハウンドもミュゼのことになると急に口数が減るし、歴史に詳しいわけでもないらしい。デュオさんやシアさんも詳しい情報は持っていないし、ロベリア様は論外だ。

 

 そこで思い出したのが、配信者であり考古学者でもあるマーカスさんの存在だった。彼の歴史解説チャンネルは面白くて欠かさず見ているけれど、更新頻度が少ないし、時折ミュゼに触れることがあっても話が他国に移ることも多い。だから直接話を聞いてみるのが一番だと思ったのだ。


「連絡先は控えていますから、今週中には手配できると思います」

「ありがとう、よろしくね。そういえばソルはどうしてる? 元気?」

「仲間が解放されたことをとても喜んでいました。今は体力強化のために、騎士たちと一緒に訓練に励んでいますよ」


 姿が見えないと思ったらそんなことをしていたのか。自ら訓練に参加してくれているなんてとても良い傾向だ。解放された仲間たちの希望となる存在として、彼には元気でいてもらわないと困るから。


 各自で準備を進めることが決まり、私はすっかり綺麗になった自室に戻り、シシル様に連絡を入れた。あれからどうしているのか気になっていたけれど、画面に現れた彼はすっかり元の子どもの姿に戻っていた。もうそれだけで心の中は喜びでいっぱいだ。大人のイケメン姿も悪くないけれど、やっぱりシシル様はこの姿が一番だもん。


「すっかりお子様に戻りましたね?」

『昨晩にはな。ところでお主、魔力をまたコントロールできるようになったようじゃな。トーマに送られた動画を確認させてもらったぞ』

「動画? 音声だけにしてたはずですけど……」

『魔力を使って編集をしたのじゃろう? そんなもの、元の状態に巻き戻すのは簡単じゃ。特に昨日までの私ならばな』


 元の状態に巻き戻す……? そんなことが出来るなんて想像もしていなくて、さぁっと血の気が引いていく。――あの私を、見てしまったんですね? 察したシシル様が愉快そうに大きく頷くものだから、思わず枕に顔を埋めて「うわぁぁぁぁ!」と叫んでしまった。

 

『お主、少し私に似てきたんじゃないか? 澄ました顔でなかなか非道なことをしておったな』

「ひえぇ、忘れてください……! えっ、まさかトーマ君も見ちゃったんですか?」


 見てないと言ってくださいお願いします。そんな願いも虚しく、『そりゃ見るじゃろ、あやつに送ったのはお主じゃろうて』と返ってきた。失敗した。ついバックアップのつもりで送ってしまったけれど、だってまさか、シシル様がそんな暴挙に出るなんて思わないじゃん……!


「なんか言ってましたか……?」


 リカちぃってあんな性格だったんですね。解釈違いです。推し変します。――なんて言われてたらどうしよう。

 焦燥感で胸がいっぱいになっていると、シシル様が珍しく視線を逸らし少し言い淀んでいた。あああ、やっぱり嫌われてしまったんだ。どうしよう? 挽回は可能? どうにかして記憶を消す? 涙目であれこれ考えていたら、『あやつはもう手遅れじゃな……』とシシル様がぽつりと呟いた。


「て、手遅れってなんですか!? ひょっとしてエコーシリーズの開発から降りるとか……」

『まさか。あやつ、お主のあの映像を見て興奮のあまり卒倒しおったんじゃ。「新たな扉が開きました」とかほざいておったが……人の弟子に妙な性癖を植え付けるんじゃない』


 っっセーーーーーーーフ! 本当に良かった、トーマ君が守備範囲の広いオタクで助かった……! 次に会うとき気まずいけれど、リカちぃの新しい顔、ってことで押し通すしかない。大丈夫、私ならやれる、はず。


『そんなことよりも、シモンめはどうするつもりじゃ?』

「どうするって……もちろん何とかして消滅させるつもりです。あんなの放置してたら危険じゃないですか。それで、こっちではシモンが力を取り戻す前に急襲すべき、という意見と、待ち構えて迎撃すべき、という意見で割れているんですけれど、シシル様はどう思いますか?」

『ふむ……。あやつも良く分からん魔力の成長を遂げているからな。下手にこちらから手を出すよりは万全の態勢で待ち構えるのが良いと思うが……』


 シシル様も私と同意見か。本当はハウンド達もその方が合理的だと分かっているはずだけど、どうしても私の存在がお荷物になってしまっている。……守られるだけなのは嫌なんだけどな。とはいえ、戦闘経験がほとんどない私が足を引っ張る姿も容易に想像できる。なにか、シモンに弱点でもあればいいのに……。

 

「……シモンって、どんな人だったんですか?」


 シモンとはそんなに話をしていないからどんな奴なのかよく分からない。傲慢で陰険で、おそらくシシル様をライバル視している、というのがなんとなく伝わってきたくらいだ。

 歴史についてはマーカスさんに頼むとしても、シモン自身のことを知っているのはシシル様しかいないかもしれない。何かヒントでも得られればと思って聞いてみたけれど、シシル様は「ふむぅ……?」と唸った後に視線をあちこち彷徨わせ始めた。……もしかして、この人、あまり覚えていないのでは……?


「あの、あんまり知らないとか言わないですよね……?」

『いや、さすがに知ってはおるぞ? 呪術はエルフの中でも嫌われておって、この大陸に来てから初めて目にしたものじゃからな。ただ、シモン自身のこととなると……。ええと、サンドリアの宮廷魔導士として招かれたときに会ったのが最初じゃったと思うが……』


 ……この反応を見るに、シシル様は呪術自体には興味があっても、シモン個人にはさほど関心を持っていなかったのではないだろうか? そんな疑念が湧くほど、彼の口からシモンに関するエピソードが全く出てこない。


「長い付き合いって聞いた気がするんですけれど……」

『私は早々に宮廷魔導士を辞めておるから実際にともに過ごした時間は少ないんじゃよ。それでも顔を合わせるたびに何かと突っかかってきた覚えがあるな。それまではあやつが宮廷での権威を気取っておったから、突如現れた私の存在が気に入らなかったんじゃろう』


 学年トップを誇っていたのに留学生が来てあっさり抜かれた、みたいな状況だろうか。サンドリア王国の宮廷魔道士というくらいだから、やはり魔力量が重要視される世界なんだろう。

 

『まぁ、呪術使いらしくねちっこい性格じゃったよ。研究熱心ではあったが常に誰かを妬んでおったな。「私もエルフだったなら」「私にも聖力があったなら」と、無いものねだりばかりしておった。当時の王からの依頼が私に集中したことも余計に気に食わなかったんだろう。その執着心自体は呪術との相性が良いようじゃったがな』

「なるほどー……」


 今はジュリアの姿を借りているから元の姿は知らないながらも、なんとなく、シシル様にちょっかいをかけては相手にされないシモンの姿が浮かんだ。


『呪術は人の心の弱さに付け込み、相手が弱っているほど効力を発揮する。性格がねじ曲がっていないと務まらんから、そういう意味では呪術の扱いに関しては右に出る者はいなかったな』

「それならシシル様も適性があるのでは……?」

『――ほう。この私の性格が悪いと申すか? よし、ならば呪術を本格的に極めてみるのも良いかもしれんな。当然、お主も付き合ってくれるんじゃろう?』


 しまった、余計なツッコミを入れて墓穴を掘ってしまった。でもこちらも負けじと無言でじとりと見つめていると、シシル様は怪訝そうに『なんじゃ、言いたいことがあるならはっきり言え』と促してきた。

 

「いえ……シモンの性格が歪んでいるの、シシル様のせいだったりしませんか?」

『知らん。この際だから正直に言うが、お主が生まれたときにわざわざ呼び出されて自慢されるまではあやつ自身には一切興味がなかったし、呪術の知識に優れている以外は取り立てて見るべきものもなかった。魔道具の扱いも下手くそじゃったし、今のあの魔力もジュリアによるものが大きいじゃろう』


 一定以上の魔力を持たないものには毛ほども興味を示さない彼らしく、すっぱりと言い切った。どうやらシモンに関しての情報はこれ以上は期待できなさそうだ。話を整理していると、ふと、ある考えが浮かんだ。


「……私の魔力はシモンよりも上なんですよね? なら、呪詠律でシモンに『ジュリアの身体から出て行け』って命じたらどうなるんでしょう?」

 

 魂を追い出す方法さえ確立できれば、その後のことは大体考えてある。もし呪詠律が効くならばそれが一番手っ取り早い解決策な気がしたものの、シシル様は少し考え込んだ後に軽く首を振った。


『呪詠律は肉体を通して精神に作用するものだ。今の肉体はあくまでもジュリアのものじゃろう?』

「うーん……じゃあ、ジュリアに直接呼びかけて、シモンを追い出してもらうとか?」

『それも無理じゃろう。ジュリアの魂は抑圧されている状態に見える。その娘の魂が表に出ているなら可能性もあるがな』


 なるほど、そうなるとジュリアの魂を呼び起こす方法が一番の難題だ。ううん、せっかく手繰り寄せた糸がぐしゃぐしゃに絡まってしまった気分だ。


『じゃが、着眼点は悪くない。ジュリアの魂を表に引きずり出すことができれば、その後はどうとでもなるじゃろう』

「引きずり出す……」

『ショック療法なども有効かもしれんが、何がジュリアにとってのショックになるかまでは分からんな』


 ジュリアのこととなると……鍵を握るのはロベリア様だろう。ただ、あくまでも私の予想だけれど、ジュリアはロベリア様のこと嫌いなんじゃないかなぁ……? だってあの性格だし、俺様タイプが好きなら可能性はあるかもしれないけれど?


『まぁ、何か進展があったら教えてくれ。研究日に来るのも忘れるでないぞ』

「それなんですけれど……。研究っていつまで続くんでしょう?」


 もう何度も研究だの実験だのに付き合っている気がするけれど、シシル様の要求は高くなる一方だ。そろそろ一区切りつけてもいいんじゃないかな、と少し期待を込めて言ってみたら、返ってきたのは冷たい視線だった。


『お主……。何の見返りで私が手を貸しておるのか忘れておらんじゃろうな?』

「あ、忘れてないですごめんなさい。いつまでもお付き合いします」

『どうやら少しばかり甘やかしすぎたようじゃな? まぁ理解したのならよい、次に会えるのを楽しみにしておるぞ』


 シシル様は薄ら寒い笑顔を張りつけたまま通信を切った。余計なことを言ったばかりに冷汗をかく羽目になってしまった。次にお会いした時に私はいったい何をさせられるんだろう。今度こそ、腕の一本や二本くらい覚悟しておかないといけないのかもしれない。

 

 ……今から考えても仕方ないか。なんだか現実逃避がしたくなったので、私は日課のチャンネル巡回をして気を紛らわせることにした。

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