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081 打ち上げ

 サングレイスのお城に戻った私たちを待っていたのは、眠たそうに欠伸を繰り返すロベリア様だった。デュオさんと支え合うように寄り添い歩く私たちを見て「浮気してんじゃねぇよ」なんて軽口を叩いてくる。


「ご心配をおかけしました。とりあえず、カレナとは話が出来ました」

「そうか。詳しい話は明日でいいか? もう眠くて眠くて、仮眠しようにもそこの糞王子様が寝かせてくれねぇんだよ」

「だから王になったと何度言えば分かるのだ! ……しかし、その様子なら確かに休んだ方がいいだろう。部屋を用意してある。ゆっくりと休むといい」


 カリオス様は頬の傷を気にしてくれているみたいだ。まだズキズキと痛むし、それだけ目立つのだろう。完徹での聴取を覚悟していたから、気遣ってくださる言葉はありがたかった。


「それではお言葉に甘えて……。またお時間を頂けますか?」

「夜遅くになってしまうと思うが、構わないだろうか」

「はい、お忙しいのに本当にありがとうございます」

「同じ異世界人とはいえ、最低限の礼儀を備えているだけでこんなにも違うものなのか。おい、お前も見習え」

「うっせぇ、ばーか」


 カリオス様の軽口を罵倒で返したロベリア様は、「俺はここでいい」と言って、訳アリ貴賓室にそのまま居座った。移動するのも面倒くさいらしい。

 

 私とデュオさんは秘書官に正式な貴賓室にそれぞれ案内され、部屋に誰もいなくなるや豪華なベッドにダイブした。ようやく、体を休めることができる。本当はお風呂にも入りたいところだけれど、それも明日に回すことにした。疲れ果てているし、日はとっくに跨いでいる。むしろ、もう夜も明けるころだろう。濃厚な一日だった。


 ――あ、ハウンド、心配しているかなぁ。魔塔にいるはずだったのに、私の座標がサングレイスのお城になっているのを見て、混乱しているかもしれない。

 重たい体を引きずり、デュオさんから返してもらった鞄からエコーストーンを取り出した。着信はいくつか来ているけれど、ハウンドからは来ていない。「任せる」と言ってくれたし、有言実行で連絡を控えてくれているのかもしれない。

 もう夜明け近いし、連絡は起きてからでいいか。文字でメッセージが残せたら便利なのに――そんな提案も今度してみようか。


 用意された寝巻にもそもそと着替えて、明かりを消した。体が重たい。それなりに魔力を使ったせいか、体全体が疲れを訴えていた。


 デュオさんがあれほど早く助けに来てくれたのは、サングレイス内で隠れ家になりそうな場所をいくつか把握していたからだという。

 私の転送魔道具を使ってお城からすぐに移動したはいいものの、結界の影響でカレナの居場所は特定できなかったようだ。でも、私が結界を壊したことで反応を掴めるようになり、身体強化の魔法をかけて駆けつけてくれたという。ロベリア様は城で待機し、シシル様と連携を取りつつ、いつでも動けるように準備してくれていたらしい。

 

 転送魔道具を使う負担や慣れない魔法や呪具の扱いもあったから、デュオさんもさすがに疲れが溜まったのだろう。彼は顔色が悪かったけれど、別れ際にはいつものように優しい笑顔を見せて、「ごめんね」と何度も謝ってくれた。何も非はないのに、彼は私に謝ってばかりいる。

 

 ……根はやさしい人なのに、また酷い選択をさせてしまった。私も止めようと思えばできたはずなのに、カレナへの呪具の行使を止めることもできなかった。

 カリオス様にはどう説明するつもりなのだろう。カレナを拘束できず逃した形になってしまったけれど、何か咎められることはあるのだろうか。


 少しばかりの不安は残るものの、カレナとの件はひとまず決着がついたと言えるだろう。

 目を閉じると、すぐに深い眠りに誘われる。起きてからも忙しくなりそうだと予定を思い浮かべようとした途端、意識が遠のいていった。



 

 疲れ果てた私たちは、夕方までぐっすり眠り込んでしまったみたいだ。

 そして夕食後に私たちはカリオス様と面会し、今回の件について全てを報告することになった。


 まず、カレナがジュリアに扮したシモンに騙され、執拗に私を狙っていたこと。

 城内を含め、各地にジュリアやシモンを信奉するミュゼのシンパが潜んでいるらしいこと。

 シモンは現在、魔力を蓄える期間にあり、すぐには行動を起こさないであろうこと。

 そして詳細は伏せるが、カレナが今後、公の場に現れることはないだろう、ということ。

 

 カレナの音声を記録したエコーストーンを確認しながら、一連の報告を神妙な面持ちで聞いていたカリオス様は、しばし考え込んだ末、サンドリア王国としての対応方針を明らかにされた。

 

 それは、振りかかる火の粉には対処するものの、国としての積極的な介入は避け、シモンの件については旗頭をロベリア様として私たちに対応を委ねるという方針だった。

 シモンの生存が広く知れ渡れば各地に潜む信奉者を刺激しかねないことと、一人の魔導士を追うために国を動かすのは現実的ではない、との判断だ。


「表向きはお前たちに任せることとするが、我が国に被害が及ぶようであれば即刻王立騎士団をフォウローザに滞留させる。いいか、定期的な報告を忘れるな」

「へいへい、分かってるっつーの。そっちこそ備えを怠るんじゃねぇぞ? 俺もしばらくはフォウローザにいることになんだから、せいぜい魔獣討伐も自分たちで頑張れよ?」

「分かっている。幸い今は戦時中というわけでもない。……娘、貴様に関しては追って沙汰を出す。シシルの庇護下にあるからといって、その力をのさばらせるわけにはいかないからな」

 

 カリオス様に念を押されつつも、王城を後にした私たちは、フォウ騎士団が滞在する宿舎でレオさんと合流した。そして、地下の酒場でひとときの休息を楽しんでいる。

 デュオさん、ロベリア様、レオさんだけという見知った人たちだけの貸し切り状態。ようやく緊張の糸が解けた気分だ……!

 

 今晩はこの宿舎で過ごし、明日には転送魔道具を使ってフォウローザに戻る予定だ。解放された奴隷たちは、体力の回復を待ってからレオさんたちとともに馬車でフォウローザに向かうことになっていた。


「――正直、捕まる覚悟もしていました。私たちがいない間に交渉でもしてくれてたんですか?」

「あん? 最初はお前を城で拘束してその力を徹底的に調べ上げ、軍事利用できないかなんて鼻息荒く語ってたぜ?」

「ひぇ、容赦が無い……」

「馬鹿だよなー。だから聞いてやったんだよ。『爺さんを敵に回す覚悟はあるのか?』ってな」


 その一言でカリオス様は完全に気勢を削がれたらしい。確かに、シシル様は言っていた。私に危害を加えるようなことがあれば、シシル様自身が相手になると。

 

 サンドリアは各国との戦争でシシル様に多くの魔道具を作らせ、それにより数々の戦で勝利を重ねてきたそうだ。だからこそ、彼らはその魔道具の脅威と、シシル様自身が持つ力を誰よりもよく知っているんだろう。そして、そんなシシル様が認める私の未知の力にも、警戒しているはずだ。


 実際にカリオス様が確認した音声も、私に逆らうことができず、カレナがあらゆる真実を暴露する様子を収めていた。それは聞く者にとってはあまりにも異様で、カリオス様の中に新たな警戒心を植え付けてしまったに違いない。

 

 とはいえ、本音はどうであれ、シシル様にとって明確な敵対行為と見なされるようなことはしないはずだ。私はデュオさんと顔を見合わせ、ふっと肩の力を抜いた。


「さすがに間近にまで危険が迫るようになればあいつも動くだろうが、とりあえずは俺たちに任せておけって言い含めておいたよ。昔だったらそれでも駄々をこねてただろうが、十年も経ちゃ人の上に立つ人間らしい振舞いが身につくもんだな」

「本当に良かったです。シモンのことで手一杯なのに、この国のことまで気が回りませんから」

「後ろから撃ってくるような真似さえしてこなきゃ放っておいていいだろ。……ふん、すっかり丸くなりやがって。知らんかったが、あいつももうすぐ父親なんだとよ」


 ――ああ、子どもが産まれるのか。頬杖をついていたロベリア様は、どこか感慨深げに透明なお酒を煽っていた。円テーブルの隣に座るデュオさんが、「それはめでたいね」とカクテルを傾けながら軽い口調で返す。


「君もジュリアも王妃争いから退いて、結局他国から妃を迎えたと聞いたけど、案外うまくやっているようだね」

「『この尻軽男が』って言ってやったら、『貴様は私にどうしろと言うのだ』ってキレられたけどな」

「それは……君が国王の立場をもう少し思いやってあげればいいだけの話だと思うよ……」


 一国の王ともなれば妃を娶らないことなどありえないのだそうだ。そりゃそうか。選挙で王が決まるわけではなく、この世界の大半の国は世襲制だ。跡継ぎがいなければ国は成り立たないし、この国の長い歴史を見ても、カリオス様の結婚はかなり遅い方だったらしい。


「和解できたみたいで良かったです。一緒に来てくれてありがとうございました」


 最初はどうなることかと思ったけれど、ロベリア様が来てくれたおかげで助かった。これで後顧の憂いがなくなっただけでなく必要があれば協力も得られそうだ。

 改めて感謝を伝えると、ロベリア様は居心地悪そうな顔をしながらお肉を頬張っていた。

 

「別に喧嘩してたわけじゃねぇんだけどな。相手が素直に折れるんだったら、俺だってそれなりの態度を示すさ。……まぁ、そういうわけで、頼めばシモンとの戦いに兵を出してくれはするだろうが、どこにシンパが潜んでるか分からない以上は戦力には含めない方がいいだろうな」

「まず、どこでシモンと戦うかを決める必要があるだろう」


 これまで黙って話を聞いていたレオさんがおもむろに口を開いた。彼はお酒は嗜まないのか、お茶を手にしている。一方のロベリア様はお酒のペースが異常に早く、次々と注文を重ねていた。


「隠れ家がいくつかあると言っていたな?」

「はい、カレナは部屋に地図を置いていると言っていました。押収品の中に含まれていないか確認してもらっているので、見つかればそれを基に王立騎士団が調査するそうです」

「そうは言うけど、今このタイミングでサングレイスにいるとは思えねぇけどな。何より転送魔法が厄介すぎる。こっちから奇襲を仕掛けるよりも、相手が来るのを待った方が良いと思うんだよな」


 確かに、いくら用意周到に奇襲を計画しても転送魔法で逃げられてしまえばそれで終わり、鼬ごっこになってしまう。待ち構えて迎撃するのも一つの案かもしれないけど、フォウローザの被害が大きくなる恐れがある。そして、その案にはもう一つ大きな懸念がある――。


「迎え撃つのは反対だ。フレデリカに危険が及ぶ」


 やっぱり、最初に反対を表明したのはデュオさんだった。きっとハウンドも同じ考えだろう。

 二人とも、基本的には私を危険に晒したくないという行動原理で動いてくれている。かたやロベリア様はいざとなれば私を囮として使うだろう。私もどちらかといえばロベリア様の意見に賛成なんだけれど……。


「ロウラン家に奇襲を仕掛けた結果はどうだった? 結局シモンがこっちに来ちまっただろ。それに爺さんが言ってただろう、嬢ちゃんの居場所は把握されているから逃げ場はないって。……そろそろ諦めて認めろよ。こいつはもう立派な戦力だ。ぶっちゃけ、お前より強ぇだろうが」

「それでも……これ以上のケガをしてしまうかもしれないだろう……」


 そう、デュオさんはカレナに打たれた私の頬に目を向けた。ようやく痛みは引いてきたけれど赤いみみず腫れができてしまっていて、メイクで隠しきれないそれが、彼にやるせない気持ちを抱かせてしまっているようだった。

 

「ある程度のケガは覚悟するしかねぇよ。生きてりゃなんとでもなる。それよりもシモンをどうにかしないと……ジュリアの姿で厄災を撒き散らされるのはごめんだぜ」

「迎撃に備えるのであれば、旧ランヴェール領付近が良いのではないか? あそこなら領民もいないし、邪魔な建物も無い。戦うには最適だろう」


 旧ランヴェール領付近、というのはこの間シシル様たちと魔法実験をしたところだ。本当に何もなく、まさに荒野と呼ぶに相応しい場所だった。監視塔もあるし、レオさんの言う通り決戦場としては悪くないかもしれない。


「国同士の戦争じゃねぇんだよ。いつ来るかも分からない相手をあんなところでずっと待ってるつもりか? 時間指定した果たし状でも送りつけるんか?」

「それもそうだな。撤回する」

 

 鋭い指摘にレオさんはあっさりと意見を引っ込めた。ロベリア様は何杯もお代わりしているのに酔いが回っている様子もなく、むしろ顔色一つ変えずにまともな意見を述べている。


「……デュオ殿、少し飲み過ぎではないか?」

「ちょっとふにゃふにゃしてきてますよねぇ……」

 

 一方で、レオさんの指摘通り、つられて杯を重ねたデュオさんは薄明かりの照明でも分かるくらいに顔を真っ赤に染め、少し呂律も怪しくしていた。飲むたびに上半身がテーブルにしなだれかかっていき、明らかに自棄酒に近い飲み方だった。

 

 これ以上の意見も出てこなさそうだし、そろそろお開きにした方がいいかもしれない。私が締めのデザートを注文していると、ロベリア様が酔った勢いでデュオさんに絡み出した。

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