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076 王様との非公式謁見

 きっとこの人がサンドリア王国の現国王、カリオス様なんだろう。金色の髪がきらきらと煌めきまさに太陽のようだった。その堂々とした立ち振る舞いには、まだ年若そうながらも王者の風格が漂っている。


 デュオさんはカリオス様の姿を認めると、すぐさま膝をつき、臣従の姿勢を取った。私もその様子を見て慌てて椅子から立ち上がり、デュオさんの隣で膝をつく。……いつ顔を上げたらいいんだっけ。シアさんから貴族的なマナーも一通り習ったはずなのに、もう頭から抜け落ちてしまっていた。


「楽にして構わない」


 お許しの言葉が振ってきたので、ようやく私はゆっくりと頭を上げた。カリオス様の視線はじっとロベリア様に向けられ、彼女はその視線すらも鬱陶しそうに顔を逸らしている。


「知らせを聞いた時は半信半疑だったが、まさか本当にお前が現れるとはな。この十年間逃げ回っていたくせにどういう風の吹き回しだ?」

「別に。用があったから来た。それだけだ」

「隣、失礼するぞ」


 カリオス様はそう言うと、ベッドに横たわるロベリア様の隣に腰掛けた。そして膝をついたままの私とデュオさんに椅子に座るように顎で示してくる。デュオさんが小さく頷いたので、私はあまり物音をたてないように椅子へと移動した。こんな状況での謁見になるなんて、まるで想像していなかった。


「それで、用件は何だ?」

「俺じゃねぇ。おい、お前さんから説明してやんな」


 この二人の会話に割り込むのか……! でも確かに用があるのは私なのだ。仕方ない。一度小さく息を吐いてから、カリオス様の方に向き直り背筋を伸ばした。彼は私を品定めするように眺めながら、自身の中指に填められた赤い指輪をこれ見よがしに弄っている。


「これは『真実の瞳』と呼ばれる魔道具だ。嘘や偽りを見通す力を持ち、魔道具師シシル手ずからが作り献上された一品でな。我が前で嘘をつけばすぐに分かる。心して発言しろ」


 尊大な口調でわざわざ見せつけるように告げるカリオス様に、ロベリア様は小さく鼻で笑う。へぇ、シシル様が作ったんだ。嘘発見器みたいなものだろうか。ちょっと欲しいかも。……いや、やっぱりいらないか。誰かと会話をするたびに、あんなものをいちいち気にしたくない。


「必要な手続きを踏まず、突然のご訪問となりましたことをお許しください。ロベリア様とは旧知の仲と聞き、どうしてもお話したいことがあり参りました」

「突然のご訪問、な。報告によれば、お前たちの行動で被害を受けたのは一部隊に及ぶと聞いている。随分と手荒な訪問だな」

「それは……大変申し訳ございませんでした」


 心の中で付け加える。「でも、それをやったのは貴方の隣で横になっているお姉様ですよ」と。カリオス様もそれを理解しているはずだ。彼の皮肉は、ただの戯れに過ぎないのだろう。

 ともあれ、王様には嘘は通用しないのだから私はすべてを正直に話さなくてはならない。ここからが正念場だった。


「名乗るのが遅れ申し訳ございません。私はフレデリカ・ミュゼ。滅びたミュゼ公国の生き残りでございます」

「――ふむ。配信とやらでお前の顔を見た時、あの女の姿が浮かんだ。……ジュリアの妹、ということか」

「その通りです」


 やっぱり、見る人が見ればすぐに正体を見抜かれてしまうのか。以前、アレクセイさんも私を見て「面影を残す人を知っている」と言っていた。ジュリアはフレデリカと違って普通に生活をしていたから、その顔は広く知られているはず。そう考えると、フレデリカの正体を隠し通す、というのは無理な話だったのかもしれない。

 

「ロベリア。かつてはこの魔道具が無かったためお前の嘘を見抜くことができなかったが、今はそうもいくまい。ミュゼの一件について、隠していたことをすべて話すがいい」

「別に嘘をついたわけじゃねぇよ。ただ、都合の悪いことは話さなかっただけだ」

「お前のその性格も嫌いではないが、ミュゼが関わる以上、放っておくことはできない。その話さなかったことも含めてすべてここで明らかにするんだ」


 カリオス様の口調は穏やかだが、決して言い逃れは許さないという強い圧力が込められている。ロベリア様はしばらくカリオス様を睨みつけた後――大きなため息をついてから、もぞもぞと姿勢を整えた。……胡坐に。


「すべてって言われても、大体は話してたはずだろ。誰かさんのせいでジュリアがミュゼに帰っちまった。迎えに行こうとしたら、そこの坊ちゃんからランヴェールとミュゼが王家に対して反乱を計画しているってタレコミがあった。それをお前らにも話してやったら戦になったから、俺はフォウ騎士団を率いてシモンを倒した。それくらいのことは知ってんだろ?」

「その部分までは知っている。その中にどれほどの虚偽が混ざっている? そもそも、その娘の存在自体を私は知らなかったのだが」

「おい、お前さんが説明してやれよ。俺も詳しいことは知らないんだ」


 突然話を振られて、私は思わず「えっ」と声を漏らしてしまった。十年前のことなんて私自身も何も知らないのに。困惑しているとロベリア様が「お前の力のことだよ」と補足してくれた。ああ、フレデリカの力についての説明か……。急にハードルが高くなった。

 頭の中で必死に言葉を整理していると、カリオス様は中指に填めた指輪をちらちらと確認していた。


「ええと……。まず、大前提として私の中に宿っている魂はフレデリカではありません。もともとは別の世界に住んでいた人間で、ある日突然フレデリカの身体に宿っていました。そのため、私自身もフレデリカのことについては詳しくなくて、周囲の人から聞いた情報だけをもとにしています。それが嘘か真実かどうかの判断もつきません」

「……別の世界だと?」


 カリオス様は指輪に目を向ける。指輪は何の反応も示さない。つまり、私が嘘をついていないことが分かったとはいえ、信じがたい話なんだろう。その顔には困惑の色が浮かんでいた。

 

 ロベリア様に「お前と同じということか?」と問いかけるカリオス様に、ロベリア様は面倒くさそうに「そーだよ」と返事をする。どうやら、彼はロベリア様が異世界出身であることを知っていたらしい。それなら話は進めやすいかもしれない。


「ふむ……お前の魂はフレデリカのものではなく別人だということは理解した。その上で、フレデリカ自身について何を知っているのか話してもらおう」

「……フレデリカは、生まれつき膨大な魔力を受け入れることができる体を持っていました。そして、その力を利用してシモンが過去にミュゼの領民の魔力をマナに変換し、フレデリカに譲渡する禁術を施したと聞いています。それが約十年前のことですが、当時のミュゼの住民大量失踪事件についてはご存じでしょうか……?」


 隣で聞いていたデュオさんも禁術については初耳だったのか、顔を強張らせていた。


「神隠し、自然災害、サンドリアの先遣部隊による大量虐殺――いくつもの噂が囁かれていたが、真相は当主シモンの仕業だったのか……」

「あの事件のおかげで我がサンドリアは痛くも無い腹を探られ、諸国に謂れのないそしりを受けることとなった。まさか、あれがある種の自作自演だったとはな。……つまり、ミュゼのほぼ全領民の魔力が、今お前に宿っているということか?」

「はい。その後、フレデリカはフォウ公国に救出され、ロベリア様の保護のもとでフォウローザに匿われていたのです」

「ロベリア、なぜその事実を黙っていた? 私がジュリアもろともこの娘を処刑するとでも思ったのか?」

「ジュリアのことはちゃんと言っただろ? 俺のところで匿うから手を出すなってさ。フレデリカについては……聞かれなかったから言わなかっただけだ」

「膨大な力を持った娘の存在をその一言で片付けるつもりか? その力がどのように作用するか分からず、サンドリアのみならず全世界に災厄をもたらすかもしれないのだぞ!」


 それまで比較的穏やかだったカリオス様の態度が一変し、鋭く睨みつけられる。あまりの圧に息を呑み、無意識に身を引いた拍子に、椅子ががたりと音を立てた。

 ――どうしよう。何か、弁明しなければ。

 頭の中が真っ白になり、適当な言葉すら浮かんでこないでいると、デュオさんの手が、そっと私の手を包み込んだ。


「落ち着いて」


 優しい声色が、不安でいっぱいの心に染み込む。

 すっかり落ち着きを失っていた私は、その温もりに縋るように、ぎゅっと握り返した。

 

「カリオス様、発言をお許しください。……確かにフレデリカの力は並外れていますが、彼女にその力を悪用する意思はありません」

「どうしてそう言い切れるのだ。娘、その力で具体的に何ができるのか、詳しく説明せよ」

「……言葉を使って、人を操ることができます……」

「あとは魔晶石をぽんぽん作ってたなー。シシルの成長を飛躍的に促すほどの魔力が込められた、特別な魔晶石とかな」


 ――そんなことまで言わなくてもいいのに! カリオス様の表情を窺うと、指輪が反応していないことに苛立ちを隠しきれない様子だった。もしかしたら、彼にとっては嘘の方が安心できたのかもしれない。


「そんな危険な人間を十年も放置していたというのか、お前は!」

「放置だなんて失礼だな。ちゃんと信頼できる相手に託してたっつーの。現にこの十年間、フォウローザで何か起きたなんて話は無かっただろ?」

「娘、その魂が入れ替わったのはいつだ?」

「あ、えっと、一年も経っていないくらいです……?」

「ほら、フレデリカの時もこの十年間は大人しくしていたんだ。今はちょっと変わった魂が入ってきたから表舞台に出ることが増えはしたが、今までもこれからも害はないだろ?」


 その瞬間、カリオス様の指輪が突然赤く輝き始めた。「あ、やべっ」てロベリア様が焦った顔を見せると、カリオス様の表情はさらに険しくなる。


「……本当に害がないと断言できるのか?」

「……たぶん?」

「ロベリア様! 害なんてありません、そこはちゃんと否定してください!」

「いやだって、人を操る力なんだぜ? 間違った使い方をすれば、そりゃ害はあるだろう」


 んんん、こんな時に正直にならなくてもいいのに、カリオス様の疑念がますます深まっていくのが目に見えて分かった。ハウンドなら、この場面でどう言い返すのだろう。一番頼りになる人物の不在を悔やみながら、私は心の中で歯噛みするしかなかった。


「カリオス様、私はこの力を悪用するつもりはありません。今日もただ、カレナ・ロウランとの面会をお願いするために伺っただけです。もし何か企んでいるなら、こんな堂々と王都に姿を現すことなんてしません」

「お前の父、シモンの所業を忘れたか。臣従の誓いを唱えながら、裏ではジュリアを王妃に迎えさせ、サンドリアの崩壊を目論んでいた。到底信用できるはずがないだろう!」

「だからそいつはそんなこと知らないんだっての。この世界に来て始めたことだって、配信事業だぞ?」

「それだって、無知な民を煽り立てる手段かもしれないではないか!」

「そんなことしません!」


 指輪の光は消え、私の言葉が嘘でないことが証明された。それでも、カリオス様の疑念は完全には晴れない様子で冷たい視線が私に注がれ続ける。本当に配信を政争の道具にするつもりなんて全くない。私の目的は、ただ皆に楽しさと癒しを届けたいだけなのに……!


 私はカリオス様と睨み合ったまま、視線を逸らさなかった。こんな態度は不遜と受け取られるかもしれないけれど、配信事業にまで話が及んでは、ギルド長として、一歩も引くわけにはいかない。

 左手が強く握りしめられる。デュオさんが静かに首を振り、冷静さを促しているようだった。


「落ち着いて、フレデリカ。……カリオス様、フレデリカの力を危惧するお気持ちも分かりますが、まずは話を聞いていただけないでしょうか。どうしても、ロウラン家で取り逃がした魔導士に関する情報が必要なのです」

「……魔獣を放った魔導士か。報告は受けているが、その正体を知っているのか?」

「ジュリアだよ」


 間髪を入れずにロベリア様が告げ、さらに「中身はシモンだけどな」と肩をすくめた。カリオス様が言葉を失っている。目線が揺れ動き、そしてようやく嘘ではないと悟ったのか、手で額を押さえた。


「……何故だ。どうしてそのようなことになっている」

「ミュゼの禁術とやらのせいだとよ。ラスボスのくせに死んでも復活するなんて、糞ゲーにも程があんだろ」

「シモンが、今度はロウラン家を利用してサンドリアを脅かそうとしていたというのか?」

「それを知るためにロウランの話を聞きたいんだよ。別に親父でも娘でもどっちでもいい。正式な面会でなくてもいいから、手続きを飛ばすくらいお前には簡単だろう?」 


 ようやく本題に入れたことに内心ほっとしていると、カリオス様は苦虫を嚙み潰したような顔で、「テイラー・ロウランは自害した」と静かに告げた。テイラー――それが当主の名前なんだろうか。自害だなんて、一体どうして……?

 

「何も情報は吐くことなく、地下牢に収容された直後に血を吐いて倒れたそうだ。毒物は持ち込まれていなかったと確認済みだが、シモンが関わっているならそれも不自然ではないな」

「チッ、娘の方はどうだ?」

「長女は他国に嫁いで長いから今回の件とは無関係だろう。次女と三女はこの城の地下に繋がれている。カレナと言ったな。三女の方に用があるのか」

「フレデリカの名誉のために配信では伏せていましたが、彼女は違法奴隷に襲われそうになりました。幸い未遂に終わりましたが、襲撃を指示したのはカレナだと、捕らえた奴隷からの証言があります」


 デュオさんが代わりに説明してくれている間も、ロウラン家当主が自害したという衝撃がまだ頭から離れない。カレナとの騒動の際に私は彼と直接言葉を交わしたし、画面越しだがその姿も見たことがある。知っている人が死んだという現実に、少なからず動揺していた。当主という立場からしても処刑は避けられなかっただろうけれど……まさかシモンの手にかかるなんて。


 今日という長い一日は、まだ終わりを迎えそうになかった。



本編での紹介を忘れてましたが、ロベリア、ジュリア、カリオスの登場する短編「ロベリア様は我慢の限界です!」を投稿済みです。10年前の話となります。

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