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066 運命の告発動画

『――以上が、わたくしたちレーベル家が実施した調査結果です。協力してくださった方々には心より感謝申し上げます。……皆様の目にこのような惨状を焼き付けることとなり、心苦しい限りです。しかし、これは紛れもない現実なのです。国によって正当に管理されるべき奴隷が、一個人の手で所有されるなど、断じて許されるべきではありません』


 エコーストーンから映し出される動画の中で、セレスは凛とした表情を崩さずにじっと前を見据えていた。彼女の背後に映っていた奴隷たちの疲弊しきった姿がフェードアウトすると、次にロウラン家と奴隷の違法取引に関わった貴族や商会の名前がリストとして表示される。それはスイガ君が逃げ道を与えぬよう綿密に調査したもので、裏付けの取れた動かぬ証拠だった。


『なんと嘆かわしいことでしょうか。公正かつ清廉であり、模範となるべき者たちがこのような卑劣な行為に手を染め、何を目論んでいるのでしょうか。これはもはや、王家に対する反逆と捉えても過言ではありません』


 彼女の言葉は鋭く、動画を通じて見る者の胸を強く打つ。

 そのリストに載る貴族たちがサンドリア国内でどれほどの権力を持つのか、私には詳しいことは分からない。けれども、スイガ君によれば国家の中枢を担う名家も含まれているという。セレスの言う通り、国王の目には裏切り行為と映るはずだ。


 告発動画は――配信された。セレスとレーベル家当主による上申は受け入れられ、今まさにロウラン家の屋敷にはレオさん率いる騎士団が突入しているはずだ。ハウンド、スイガ君、そしてデュオさんもその作戦に参加している。

 

 一方で、私はといえば――足手まとい認定されてフォウローザのお屋敷に留まっている。


「はー、よくできてんな~。配信動画はこれまでも見ちゃいたけど、ここまで編集が凝ったもんが見られるようになるなんてなぁ」


 そう感心しながら私のベッドの上で小型の人ダメクッションに身を沈めているのは、真紅の髪を持つお姉様。

 

 この領地の主、ロベリア・フォウ様と一緒に。


 

 ……どうしてこんな状況になっているのか、少し時間を遡る必要がある。



◆ ◆ ◆



 あれから数日かけて動画を完成させたものの、魔力を完全に使い果たした私はしばらくの間ベッドから起き上がることができなかった。

 その間にハウンドがレーベル家と調整を進めてくれていたらしい。国王への上申日も決まり、動画配信のテストも無事に終了した。あとはお屋敷で事の成り行きを見守るだけ――そう思っていた。


 ただ、ここにきて問題が浮上した。違法奴隷たちの処遇についてだ。


 私は彼らをこのフォウローザに招き入れるつもりだった。ハウンドも同じ考えだったのだろう。彼は屋敷近くに彼らのための新しい住居を建設する準備を進めてくれていた。

 

 でも、セレスとデュオさんの認識は異なっていた。彼らは、違法奴隷は国の財産として没収され、その後は国の管理下で扱われるだろうと考えていたのだ。


 そんな考えに猛反発したのは、やはりソルだった。ようやく奴隷から解放されると思ったのに、国の管理下に置かれることで再び奴隷のように扱われる可能性がある。自由を知ってしまった今、それは到底受け入れられるものではないのだろう。

 相変わらずソルに冷たいスイガ君は「命があるだけありがたいと思え」と突き放すように言うけれど、私も彼らが辿る過酷な運命を見過ごすことは出来なかった。


 奴隷の不当所持が禁止されて以来、これほど大規模な違法奴隷の摘発は初めてのことらしい。しかも相手は奴隷商ではなく、サンドリアの貴族だ。彼らの処遇がどうなるかは最終的に国王の判断に委ねられており、誰にも先が読めない状況だった。


 だから私は急遽、完成した動画に新たなメッセージを加えることにした。それは、違法奴隷に対する人道的な配慮を訴える内容だった。


『改めまして、このチャンネル主のリカちぃです。長らくお休みをいただいてしまってごめんなさい。皆さん、たくさんの応援をありがとう! ……さて、今回の動画はいつもとは違うテーマでお届けしました。違法奴隷の実態についてです。皆さん、この現状を見てどう感じましたか? 私は……とても悲しかった。罪を犯したわけでもないのに人間扱いされない彼らの姿を、見過ごすことなんてできませんでした。同じように心を痛めた方も多いのではないでしょうか』


 背景は深い黒で染まり、リカちぃも黒を基調とした衣装を纏っていた。画面の向こうの私は悲しげに目を伏せ、静かに語りかけるその姿が画面に映し出される。


『私は彼らを助けたい。でも、今のままでは彼らの居場所がありません。彼らは不当に扱われた被害者であるはずなのに、なぜこれ以上の苦難を強いる必要があるのでしょうか? ……だから私は、彼らをフォウローザに招き入れたいと思っています。食事を、服を、住居を、そして安らぎを与えたいんです。私たちはすでにその準備を整えました。あとは皆さんの後押しだけが必要です』


 これは非常に危険な賭けだった。国王の逆鱗に触れる可能性もある。でも、声を上げなければ、解放されたはずの奴隷たちが国の管理下に置かれ、どうなるかも分からない。

 もちろん彼らが親元に戻れるのならそれが一番だ。でも、もしも帰る場所が無いというのなら、そのための支援をするのが私たちの役目だと思う。彼らのことを、知ってしまったから。


 幸い、フォウローザは各地から人が集まり形作られた地で、元奴隷だった人々も今は市民として生活している。彼らを迎え入れるための環境は十分に整っている。だからこそ、今このタイミングでフォウローザが声を上げることに意義があった。

 

 私たちなら、貴族の既得権益に縛られることなく、彼らを温かく迎え入れることができるのだ。サンドリアが彼らを単なる"資産"として扱ったとしても、どうせ結局は持て余すだけなんだから。


『どうか、この提案を寛大な心で受け入れ、応援していただけるよう、みんなにもお願いしたいんです』


 国王に対して挑発的な表現は避けつつ、サンドリア王国に非があると受け取られないよう慎重に言葉を選んだ。同時に、視聴者の同情を引き出すことを狙った構成だ。

 これでもしフォウローザへの受け入れが実現したなら、それは国王の寛大な処置によるものであるとリスナーは認識するはずだ。国王にとっても悪い話ではないはずだった。


「ふむ……。一度国に徴収されてしまえば、容易には引き渡されないだろう。それに、動画の配信を見たロウラン家が証拠の隠滅を図る前に、協力者という立場で俺たちが奴隷を救出する必要がある」


 私、ハウンド、スイガ君、シシル様、そしてデュオさんを交えた最後の作戦会議で、ハウンドはそう提言した。最大の課題は、『誰が』救出に向かうのかという点だった。


「爺は確定だ。結界は壊したわけじゃないんだろう?」

『あの時は一時的に解除しただけじゃ。壊してしまえばすぐに怪しまれるからのう』

「そうか。次は結界を壊しても構わない。ただ、見張りは地下には配置されていないが、屋敷内には騎士が常駐している。それと、魔導士らしき人物が出入りしているという情報もある。結界を壊したところで奴隷を密かに救出することは簡単ではないはずだ」

「それならシシル様の転送魔法で全員を連れ帰るってのは?」

『無理じゃな。それだけの人数を転送する力は私にはない。そもそも、弱り切った奴隷たちが転送の負荷に耐えられるとも思えん』


 そうか、セレスのように健康状態の良い人ですら、転送魔法の負担に耐えるのは難しかった。それが衰弱しきった状態ならなおさらだ。救出しても命を失わせてしまっては元も子もない。そのため、転送による一斉帰還案は早々に却下された。


「ロウラン家そのものの拘束は王立騎士団に任せるとして、俺たちの目的はあくまで奴隷たちの確保だ。道案内はスイガに任せるが、俺とデュオだけでは数が足りない」

「わ、私は……」

「次に口を開いたら追い出すぞ。黙ってろ」


 一蹴されてしまった。どうやら私は戦力には数えられていないようだ。仕方ないので邪魔にならないようにできるだけ小さくなっておくしかない。いや、でも呪詠律を使えばロウラン家の騎士くらい――と思いかけたところで、私の考えを見透かしたように、ハウンドから殺気が込められた視線を浴びせられてしまった。


『レーベル家の騎士を借りるかい?』

「国王への上申でそれどころじゃないし、違法奴隷に関わった貴族どもの反発も受けることになる。矢面に立たされる以上、身を守るので精一杯だろう。……だから、本国の騎士団長殿に力を借りるしかないという結論に至った」


 そう言ってハウンドはスイガ君に目配せし、スイガ君は自身のエコーストーンを操作した。しばらくして、鎧を纏ったレオさんの姿が映し出される。久しぶりに見る彼の顔に思わず身を乗り出すと、レオさんも私に気づき、目を細めて軽く頷いてくれた。


『……む、君もいたのか。それにデュオ殿とシシル殿とは、珍しい顔ぶれだな』

「遠征帰りのところ悪いが事前に話していた件だ。金の日の午前十時、サングレイスのロウラン家付近に来られるか?」

『問題ない。何人の騎士が必要だ』

「十……いや、念のために二十頼む」

『それではロベリアの警護が手薄になる。さすがに聞き入れられない』

「うるせぇ、あいつにはこっちに戻ってきてもらう。……おいロベリア、どうせ聞いてんだろう?」


 ハウンドがそう呼びかけると、少しの沈黙が続いた後、『相変わらず鼻が利くなぁ』と女性の声が響いてきた。その声に、私の胸が高鳴る。この声って……もしかして、ロベリア様!? 長い間会いたいと願っていたフォウローザの領主様。ついにその瞬間が訪れたのだと、私は画面にぐっと顔を寄せた。


『なんだよハウンド。まさか俺に面倒事を押し付けるつもりじゃないだろうな?』


 ――あれ? あれあれ? ロベリア様だよね? そう思いつつも、画面に映っているのはレオさんの顔だけ。判断材料はその凛と響く美しい声しかない。え、待って、おれ? 今、「おれ」って言った? あの名門フォウ公国の公女様が?


「お前には何も期待していない。だからロウラン家には俺が向かう。その間こっちの守りが手薄になるから、お前が屋敷でこいつを守るのが一番合理的だと判断した。苦渋の決断だ」

『おいおい、こちとらロベリア・フォウ様だぞ? 守られる側の俺に誰を守らせようってんだ?』

『すまない、彼女には何も説明していなかったんだ。最初から教えてやってくれ』

「チッ、面倒くせぇな……」

『へー、今のエコーストーンはテレビ会議なんてのまで出来るんだな。お、爺さんじゃん。そっちにいんのはデュオか? うわぁ、でかくなったなー。俺も歳を取るわけだ』


 レオさんの隣からひょっこりと顔を出したのは、写し絵で見たことのある真っ赤な髪が印象的なロベリア・フォウその人だった。画面の中に薔薇が咲き誇るような錯覚を覚えるほどの圧倒的な存在感。そしてレオさんが言っていたとおり、とても美しい。求心力を感じさせる真っ赤な瞳と挑発的な笑みは、一瞬で心臓を鷲掴みにするほどの魅力を放っていた。


 だからこそ思う。なぜ、俺っ娘……!?


 ロベリア様が言葉を発するたびに、頭の中に描いてきたロベリア様像がガラガラと音を立てて崩れていく。私の戸惑いをよそに、彼女の存在感は画面越しにますます強烈なものとなっていた。


『んで、そっちにいんのがフレデリカか。あー……なるほどなぁ。面影があるな、確かに』

「おい、とりあえず話を聞け」

『はいはい、分かったよ。簡潔に、三行でまとめてくれよ?』

「……サンドリアの貴族の家に急襲をかけるから、お前の騎士を貸せと言っている。その間はこっちが手薄になるから、お前がこいつを守れ」

『なるほどなー。で、なんで貴族の家に急襲なんかしかけるんだ? 一応フォウ家の人間としちゃあ、好き勝手されちゃあ困るんだが』

「お前は、どの口でっ……! はぁ……まぁいい。こいつがその貴族の恨みを買って、危害を加えられそうになったんだ。その過程で、その貴族が違法奴隷を取り扱っていることが分かったから、合法的にぶっ潰すことにしたんだよ」


 ハウンドがここまで振り回されるなんて、ロベリア様が相当な人物であることがよく分かる。自由奔放で、唯我独尊――そんな言葉が自然と浮かんでくるようだ。『なるほどなー』と気の抜けた返事を繰り返しながらも、彼女の目はどこか鋭さを秘めていて、この短いやり取りで全てを掌握しているかのようだった。


 ロベリア様は再び私の顔に視線を向け、しばらく観察するように見つめた後、『仕方ねぇな』と頷いた。


『分かった。ちょうどこっちも手掛かりが途絶えて久しいからな。たまには我が領地の様子でも見に行くとすっか。レオ、聞いていたな。俺はフォウローザに向かうから、お前らはサングレイスでハウンドと合流しろ。んで、終わったら迎えに来い。分かったな?』

『承知した』


 ロベリア様のざっくりとした指示に、レオさんは迷いなく二つ返事で応じる。そのやり取りからも二人の間にある確かな信頼が感じられた。でも、なんだろう、この強烈な違和感は。


 ロベリア様はニヤリと笑みを浮かべ、私の方をじっと見つめている。悪戯を企む子どものようなその表情に、嫌な予感しかしなかった。

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