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055 『不審者』はある日突然に

 アレクセイ商会フォウローザ支店。

 開店日こそ立ちあえたもののその後は何かと忙しくて、今日は視察がてらようやく訪れることができた。


「こんにちは! うわぁ、賑わってますね~!」

「リカ様、お越しいただきありがとうございます」


 ピークタイムは過ぎたと思っていたのに店内にはまだ多くの客が訪れている。裏口からこっそり入らせてもらうと、店長のドムさんが忙しそうに品物のラッピングをしながらも私に挨拶をしてくれた。


 カレナ嬢の件でこそごたごたがあったものの、さすがは大陸全土にその名を知らしめるアレクセイ商会。あんな騒動など無かったかのように従業員の皆さんはてきぱきと仕事をこなしている。


「売れ筋は何ですか?」

「相変わらず銀食器が好調です。そして意外なことに、無地のハンカチも売れています。この領地では刺繍が盛んなのでしょうか?」

「あぁ、確かに手仕事で刺繍をしている人が多いですね」

「それであれば、自身で刺繍を入れて売りに出す人もいるのかもしれないですね」


 なるほど。質の良い商品に手を加えて、さらに付加価値をつけて売るわけか。

 刺繍の仕方やパターンを動画で配信すれば――ゆくゆくは大きな産業が生まれるかもしれない。配信の強みは何度でも繰り返し見られることだから勉強用にも最適だ。問題は私が刺繍なんて出来ないってことだけど……誰か得意な人いないかなぁ?


「リカ様、先日は申し訳ございませんでした」


 お店の片隅で考え事をしていたら背後から声をかけられた。ひまわりのように明るい黄色い髪が印象的な、私と年の変わらない少女――確か、モニカという名前だ。


「ううん、こちらこそ。せっかくの歓迎会だったのに台無しにしちゃってごめんね。あれからカレナさんはどうしてるか知ってる?」

「サングレイスで謹慎生活を送っているそうです。あの日、あの人を止められなかったことが本当に申し訳なくて……」

「気にしないで、あれはあなたのせいじゃないもの。そうだ、今度またゆっくり食事でもしない? ほかにも美味しいお店をたくさん知ってるから、ぜひ紹介させて!」


 私がそう言うと、モニカは先ほどまで曇らせていた表情を一変させ、ぱっと明るい笑顔を見せた。まるでひまわりの花が咲いたような、表情豊かで可愛らしい子だ。


「ぜひ! 実は私も配信ギルドのスタッフとして庶務を担当させていただく予定なんです。週明けにはお伺いできるかと思うのですが、職場はお屋敷でよろしいのでしょうか?」

「そうなんだ、よろしくね! 連絡用のエコーストーンさえあればここの二階でも大丈夫だよ。もちろんお屋敷に来てもらってもいいし、都合のいい方を選んでね」

「ではしばらくはお屋敷に通わせていただきます。アレクセイ様から追加の人員も送られてくる予定なので、その方たちにも教えられるように、精一杯頑張りますね!」


 そういえばデュオさんもそんな話をしていた気がする。彼自身も来月にはフォウローザに引っ越してくると言っていたし、先行して派遣したスタッフも各所で活躍してくれている。スタッフの層が厚くなればやれることも増えていくだろう。

 それに見習いだけど本国から文官さんが来る予定らしい。これで事務仕事も減るはずだから……うん、今から楽しみだ。


「――あれ? あれってリカちぃじゃない?」

「本当だ! リカちぃ、昨日の動画も見たよ! モアナのパンケーキ作り、面白かった!」


 お店に長居し過ぎたせいか、『リカちぃ』に気づく人たちが現れ始めた。モニカに「またね」と声をかけた後、私はすぐに配信者リカちぃとしての顔に切り替える。


「どもどもーリカちぃでーす。見てくれてありがと~! えへへ、美味しそうだったでしょ?」

「アハハ、焦がしてたじゃん! 今度俺も作ってみるよ!」

「私もいつも楽しみにしてるんです! ……握手してもらえませんか?」

「もちろんだよ! でもここだとお店の邪魔になっちゃうから外でね? 外で待ってるから、まずはお買い物を済ませてきてくださーい!」


「はーい!」という元気な返事とともに、みんなは急いでお買い物を済ませようとレジに押し寄せる。「慌てないでね!」と声をかけながら、私はお店の外に出ることにした。

 外で待っていると、やはり通りすがりの人々に注目され、気付けば即席の握手会が始まってしまった。


 このままじゃ店の外でも人だかりができてしまいそうだ……。そう思っていると、ギルドの衛兵さんたちが駆けつけ、いつもの広場に誘導してくれた。これは――おそらくまたスイガ君が気を利かせて応援を呼んでくれたんだろう。


「あら、リカじゃない。こんなところで握手会?」

「サントスさん! お買い物ですか?」

「ええ、お客さんが増えてね。夜の分のおつまみが足りなそうだったから」


 握手の列が途切れた頃にたまたまサントスさんが通りかかった。私と握手を終えた女性が目を輝かせてサントスさんにも握手を求めている。


「サントス様の恋愛相談、いつも参考にさせてもらっています……!」

「あらあら、ありがとう。何か困ったことがあったらいつでもお便りちょうだいね。もちろん、顔出ししてくれるならギルド内でもお話を聞くわよ」

「ありがとうございます! お二人とも、これからも頑張ってください!」


 最後のリスナーを見送った後、私たちは顔を見合わせて、どちらともなく吹き出してしまった。


「……生活が一変するってまさにこのことね。今までギルドに来なかったような人たちまで顔を出すようになったのよ」

「そうですね。サントスさんのチャンネル、大人気ですから」

「今の場所も気に入っているけれど収録には不向きなのよ。だからいっそのこと店を出そうかと思っているの。商業区にね」

「わ! そうなんですね!」

「こんな計画を考える気になったのもインセンティブのおかげよ。あなたには感謝してもしきれないわ」


 サントスさんがニカっと白い歯を見せて微笑む。――インセンティブ制度はすでに始動している。リスナーの再生回数や、最近追加された広告の視聴数に応じて、配信ギルドから報酬が支払われる仕組みだ。

 それにサントスさんには個人的にスポンサーもついたらしい。配信者としての成功者がついに一人、生まれようとしていた。


「リリーさんも凄い人気ですよね。この間の魔獣との戦い、あれは本当にかっこよかったなぁ……!」

「あの子も装備を新調できたと言っていたわ。モアナの実を集めて必死に食いつないでいた頃がまるで嘘みたいね」

「冒険者も憧れの職業になってきましたね」

「そうね。この領地では日陰者のイメージが強かったけれど、リリーのおかげでずいぶん変わったわ」


 配信という文化が、ついにこのフォウローザで大きな花を咲かせようとしている――。

 今日のリスナーの反応やサントスさんとの会話を通じて、私はそう確信した。



◆ ◆ ◆



 お屋敷に戻り、商会の様子やサントスさんとの会話をハウンドに報告すると、彼は微かに笑みを浮かべた。


「――なるほど。あいつがついに自分の店を出すのか。ずっとやりたがっていたからな」

「今のギルド内の酒場は雇っていた人に任せるみたい。商業区もまた、新しいお店が増えたよね?」

「商人が増えたからな。アレクセイ商会の支店が出来たことで、この領地は成長する見込みがあると判断されたんだろう」


 ハウンドは、今日も書き物をしながら私の話に耳を傾けてくれている。――そういえば、前にあげたチャーム、毎日使ってくれているのかな。彼の顔に浮かんでいた隈はだいぶ薄くなり、最近は朝もすっきりとした表情をしていることが多くなった。


「今日の中央区はそんな感じ。今度は教会の周辺に行ってみるね。取り壊しがもうすぐ始まるんでしょ?」

「ああ。ガキどもの一時的な預かり先も決まった。工事自体はひと月もあれば終わるだろう」

「了解。それじゃ、部屋に戻るね。トーマ君とも話したいし」

「おう。ご苦労だったな」


 あら珍しい、労いの言葉なんて貰っちゃった。どうやら私のあげたプレゼントは相当お気に召したらしい。


 部屋に戻って夕食を終えた後、私はトーマ君に連絡を入れた。

 エコースポットの量産は最終段階に入り各世帯への設置もほぼ完了している。これが終われば、次は各国からの受注生産を強化することになるだろう。今日はライブ配信の仕様について説明することになっていた。


『……それはつまり、リアルタイムでリカちぃの姿を見られるということですか? 今やっている動画配信との違いはなんでしょう?』

「うーん、リアルタイムでリスナーがコメントを送れるってことかな。例えば、リスナーが手元のエコースポットで文字を入力すると、それがライブ中のリカちぃのエコーストーンに表示されて、リカちぃがそのコメントを読み上げて返事をするの。リスナーと会話できる、って感じ?」

『……つまり「手を振ってください」って言えば、すぐに手を振ってくれるってことですか?』

「そうそう、コメントを拾えればね。質問にもすぐ答えられるし、会話がリアルタイムでできるってこと!」

『それは……死人が出ませんか?』

「だから出ないってば……!」


 勝手に人殺しにしないでほしいのだけどトーマ君の声は真剣そのものだ。一体彼の目にはリカちぃがどう映っているんだろう。


『そのコメントというのが問題ですね。決まったパターンがあるわけじゃなく、リスナーが自由に言葉を送れるということでしょう?』

「そうだねぇ。最初は定型文にしてもいいかもしれないけど、やっぱり自分の言葉を配信者に届けたくない?」

『色々と懸念があります。リアルタイムだと検閲ができないですよね? 卑猥な言葉や、傷つくようなことを言われる恐れがあるんじゃないですか?』

「そこなんだよね~~~」


 それは日本でも配信者をやってた私が一番よく分かっていることだ。NGワードの登録やブロック機能もあったけど、相手もあの手この手で嫌がらせをしてくるから完全には防ぎきれないことが多かった。


 フォウローザには良い人が多いけれど、一人でも悪意ある行動を取る者が出てくれば一気に崩壊するだろう。悪意は瞬く間に伝染する。呪いの手紙だってまだ解決していない。だからこそ、コメント機能の導入は先延ばしにしてきていた。


「エコースポットと使用者は紐づけているし、もし変なことを書き込んだらすぐに利用停止にして追放もできる……けどね」

『それでも抜け道は多いですからね。例えば、誰かの家のエコースポットを使って悪意あるコメントを送れば、問題が複雑になりそうです』


 それも日本でよく聞いた話だ。でも、動画投稿サイトが誕生した頃はコメント機能のおかげで爆発的な人気になった。そして何よりも初めてのライブ配信でコメントをもらえたときの嬉しさ――あの瞬間は、何にも代えがたいものだった。


 私が思案を続けていると、トーマ君が気を遣って言ってくれた。


『コメントの問題は後回しにして、まずはライブ配信の開発を優先しましょう』


 確かに、今すぐに答えを出せる問題ではない。私は感謝を述べ、通信を切ることにした。


 今日はもう寝ようかな、と思ったけども、ちょっぴり小腹が空いている気がする。昨日焦がしたパンケーキがまだキッチンに残っているはず。誰かに食べられる前に私が責任を持って処理する必要があるだろう。


 そんな言い訳をしながらキッチンに向かえば、もう夜も遅いせいか誰もいない。

 私は勝手に魔道具の冷蔵庫を開けて中を探したけれど――あれ、パンケーキがない! 誰かが食べたか、処分してしまったのだろうか。


 がっくりと肩を落とし、仕方なく自室に戻ることにした。焦がしたパンケーキを処理する口実を失ってしまった今、何かをつまむ気もなくなってしまった。

 

 部屋に戻る途中、どこかで物音がした気がしたけど、それよりもお腹がぐぅと鳴った。


「――あれ? おかしいな……」


 先ほどまで確かに閉まっていたはずの執務室のドアが少し開いている。中を覗き込むと、いつもの場所に彼の姿がなかった。

 もう仕事を終えたのだろうか? それとも、何か別の用事で席を外しているのだろうか?


「不用心だなぁ……」


 ハウンドの机の上には書きかけの書類がそのまま放置されている。細かいことにも口うるさい癖にいったいどこに行ってしまったんだろう。

 なんとなく嫌な予感がして、私は少しその場で待つことにした。


 マーカスさんの配信を聞きながらしばらく待っていると、廊下から重々しい足音が近づいてきた。少し騒がしい気もする。戻ってきたのだろうか。


 エコーストーンをしまってドアに近づこうとすると、向こう側から乱暴に開け放たれ、誰かが部屋の中央に倒れ込んできた。険しい表情のハウンドがすぐに続いて部屋に入ってくる。


「――リカか? なんだってここに……」

「あ、えっと、ドアが開いていたから……。その人、誰……? 怪我しているの……?」


 床に蹲る男は、まるで黒い闇に包まれているかのような異様な雰囲気を漂わせていた。

 左足には鈍く光る銀色のクロスボウの矢が深々と突き刺さり、じわじわと赤い血を垂れ流している。男は痛みに耐えかねたように呻き声を上げ、必死に足を押さえていた。


「気にするな、戻ってろ」

「で、でも……」

「いいから早く戻れ!」


 ハウンドの怒鳴り声に驚いて私は身を震わせた。彼の鋭い目線は倒れた男をしっかりと捉え、クロスボウを男に向け続ける。

 血だまりに足を取られないように慎重に後退していると、いつの間にか背後にいたスイガ君がそっと私の肩を支えてくれた。


「スイガ君、何があったの……? あの人、死なないよね?」

「大丈夫です、殺しはしません」


 話を聞き終えるまでは、とスイガ君は目を細め、静かに、そして短く呟いた。

 

 廊下には騎士たちが次々と集まり、ざわめきが広がっていた。メイドさんたちも遠巻きに様子を伺っている中で、シアさんが私に気づき「お嬢様!」 と大きな声で呼びかけた。


「シア、お嬢様を頼む。私は他にも紛れ込んだ者がいないか確認してくる」

「分かったわ。気を付けてね、スイガ。……お嬢様、お部屋に戻りましょう、ここは危険です」

「どうしたの? いったい何の騒ぎなの?」

「……侵入者です。見慣れぬ男が屋敷の中をうろついていたようです」


 侵入者? こんな田舎の領地に一体何の目的で? エコーストーンを狙っているの? それとも……まさか "フレデリカ" を?


「お嬢様、大丈夫です。ハウンド様たちがすぐに対処なさいますから、心配なさらずに」

「う、うん……。でも、あの人、殺されちゃうの……?」

「お嬢様のお気になさることではございません。だからどうか、今日はお休みください……」


 シアさんに肩を抱かれながら部屋に戻る途中にも、騎士たちが次々と私の前を通り過ぎていく。私の部屋の前にも数名の騎士が厳戒態勢で待機していて、その異様な雰囲気に胸がざわついた。


 部屋に戻っても、シアさんにお茶を淹れてもらっても、胸の鼓動はなかなか落ち着かない。


 私は布団にくるまり、目を閉じて、眠気が訪れるのをただ待つことしかできなかった。

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